第0話 プロローグ
敵の弓から放たれた鋭利な刃物のような雷撃が、私の長く伸び揃った黄金色の髪を掠め、不揃いにした。
人間の毛髪が燃えた時特有の異臭が私の鼻を突いてくる。
月明りよりも映え、透き通った輝きを持つなどと周りの連中に称された、私自身も自慢の金髪ではあるのだが、今はその被害状況を確認していられるほどの余裕すらない。
背の高くて太い木々がうっそうと生い茂り、視界が狭く薄暗い森の中、どこに潜んでいるかも定かでない刺客を相手に命のやり取りをしているからだ。
不用意に足を止めればまず間違いなく、先程のような必殺の威力の籠った一撃が、今度は私の頭や胸を貫いてくるだろう。
だから私は愛弓である「蹂躙する女王」を構えたまま文字通り獣よりも速い速度で森を駆け走る。
周りの風景が、一瞬にも満たぬ合間に後方に流れていくのが視界の端に映っている。
それは尋常ならざる者の動き。
弓術士と言う、人の身にありながら霊力を己が支配下に置く者のみに許された身体強化の力。
だがその力を持っているのは私だけではない。
敵も同じ。
このまま駆け抜けて視界の開けた場所に出よう、あわよくば振り切ろうと目論む私に追い縋り、こちらの死角を狙って炎や雷撃を射掛けてくる。
私はそれらのことごとくを不規則な動きで回避し続けながら、飛来してきた方向から敵の位置を予測し、時折振り返って有利な属性の弓術を撃ち返すが手ごたえは得られない。
舌打ちをしながら前方に視線を戻すと、再び敵の弓術が飛んでくる。
「いい加減、しつこいわね……っ!」
こちらの思うように戦えない状況が続き、溜まりに溜まったフラストレーションが私の許容出来る限界を超える。
最近雨が降ったのか、やけにぬかるんでいる地面の湿り気のある泥土をはね散らしながら両足にぐっと力を加えて急停止、その場でぐるりと後ろを振り向きながら、弓を携える左手と、弦に添えられた右手に霊力を込める。
「光の爆発!」
「……なっ」
「光属性か!?」
まるで矢を射る時の如くピンと張られた弦を引き放つと、私の両の目で見通せる限りの空間に、爆発を伴った閃光が放射状に射出される。
それと同時に微かに聞こえてきた敵のものと思われる複数の声。
だがその声は、直後に巻き起こった視界が一時的に消失するほど白く眩い光と鼓膜が張り裂けんばかりの轟音によって掻き消された。
自ら放ったとはいえその派手で威力の高過ぎる一撃によって思わず目を瞑っていた私が再びその瞼を開いた時に映ったのは、敵の刺客は愚か、恐らく数百メートル程先までの木や草などの森を構成していた一切合切が吹き飛んで、自分の付近だけが荒野のように変わり果ててしまっている異様な光景だった。
「流石に……やり過ぎたかしら。
もう少し加減が出来るようになると使い勝手が良い術なのだけれど」
その光景を前にしながら思わず独りごちる。
それと同時に襲ってくる、両肩にのしかかる様な重たい疲労感と倦怠感。
霊力を一度に使い過ぎたのだろう。
おかげで鬱陶しい連中は纏めて一掃出来たが、もし第二第三と同じような手合いが襲ってきた場合のことを考えると不味かったかもしれない。
ついかっとなって冷静さを欠き、後先考えないのはユニスの――私の悪い癖だとお母様にいつも言われていたっけ。
その度に「そんなことない」と言い返していたが、今の有様を顧みるとなるほど確かにその通りだと納得せざるを得ない。
最近では光属性の弓術を習得し、北の国きっての上級弓術士、などと持て囃されるようになったりもしたが精神面ではまだまだ未熟のようだ。
その光属性の弓術――習得すればその時点で即上級弓術士と認定される高難易度の術であり、基本五属性の上位とも言える二大属性の内の片方、それ自体も習得こそすれ完全に使いこなしているとは言い難い。
現在私が使える弓術の中では最も強力な術である、中級光弓術「光の爆発」。
効果の程はご覧のとおり、威力も申し分ない……と言いたいところだが、正直私の行使したそれは無駄が多かった。
今回の場合、敵は複数いたとはいえ使ってきた弓術から察するに恐らくは格下、効率を考えたら同じ弓術でも威力は精々六割程度に抑えて、消費する霊力を節約すべき場面だった。
もっとも効率を極めるのならあの場面で出力を抑えた上でも霊力を馬鹿食いする光の爆発を撃つべきではなかったのだがそれは置いておく。
だとしても、私が放った一撃は威力が九割程度、対して消費は十二割、即ち百二十パーセントと言ったところだ。
その数字は、今の私がまだまだ未熟であることを明確に具体化していた。
「これを手放せば微調整ももっと上手くいくのでしょうけれど……
そういうわけにもいかないしなあ」
これとは即ち、「蹂躙する女王」のことである。
この弓のように大層な銘が付けられた弓は一様に、それ相応の名弓とされている。
暴竜の群れの頂点に立っていた雌竜の肋骨を素材として設えられた我が愛弓は特に、七大霊弓と称される世界で最も優れた七つの弓の内の一つなのだ。
その名と眠っているでろう竜の魂に相応しく、この弓は通常の弓よりも遥かに大量の霊力を私から持っていこうとする。
今はそれを御しきれていないが、この暴れ弓を従えた暁には同じ弓術を使うのでも全く質の異なった、別次元の攻撃を放つことが出来るとされている。
とそこで、戦闘中だったこともあり一時的に忘却の彼方へと追いやられていたが、自慢の金髪に敵の弓術を受けてしまったことを思い出す。
「あーん……私の髪がー」
腰の辺りまで垂れ下がる、戦いには不向きだとよく言われる長い髪を一房摘み、眼前へと持ってくると、一部が焼け焦げて他の半分ほどの長さになっており、その毛先は熱のせいで若干縮れていた。
それを見た私は思わず悲嘆に暮れる。
「……こうなったら思い切ってばっさりやっちゃおうかしら」
北の国で起きたとある騒乱を境に追われる身となった私としては、このトレードマークは目立ち過ぎるため少々問題がある。
不揃いだと見栄えも悪いし、短くすれば確かに戦闘中に邪魔になることもないだろう。
「それもまずはどこか落ち着ける場所に着いてから、ね」
いつまでもここにいては新たな追手が表れる可能性がある。
それにこれだけ派手にやらかしたのだ、私の命を狙いに来た、というわけでなくとも様子を見に来た兵士にでも鉢合わせれば面倒な事態に巻き込まれる可能性もある。
ならばさっさと立ち去るに限る。
ここは私の愛した故郷、北の国から海を挟んで遠く離れた島国、和の国。
流石に海も越えて纏まった敵も倒したし追撃の手もそろそろ緩まらないかななんて希望的観測を抱きながら、道中すれ違った行商人より買い求めた粗雑な地図のみを頼りに、私は大きな街を目指してゆっくりと歩き始めた。
初めまして、ぐりーてぃあです。
この小説は初めて書いた小説ですが、同時にカクヨムにも投稿しています。
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