EP1 英雄達のその後、英雄団地物語 ①
「おぶぉあ!?」
分史世界転移魔法で別の分史世界に飛んでいったルイコ
飛んでいった先にはダンボールが山の様においている倉庫で、ルイコはお尻からダイブしてしまい尻餅をついてしまった。
「街中から急に人が現れるのが、まずいのは分かるけど、もう少し良い場所を選べなかったのかな…」
転移先に不満を言いつつ、リュウジから渡された携帯端末を取り出すルイコ。
世界によっては人間が存在しない世界や文化や風習が一つしかない世界も存在しており、その世界に合わせた姿や服装になる機能が携帯端末についており、分史世界に飛ばされると自動的に使われるようになっている。
一先ずは鏡の機能で自分を見るルイコ。何時も通り腰まである長い黒髪もある。自慢と言っても良い胸もある。獣耳もはえていない、服装も特に変化が無い
「よかった。」
高度過ぎる文明を持っているわけでもなく、かと言って、独自の文明が築き上げられた世界じゃない。
話の通じる人とかが多くすんでいる世界だなと安堵するルイコ。
「なにが良かったんだ?」
「!?」
安堵するのも束の間、平賀電器店と書かれたエプロンを着たルイコとアンデルセンを襲った青年そっくりな男性に声をかけられた。
「お前は!」
「お、俺の事を知ってるのか。いや~嬉しいな。何時も源蔵の取り巻きだと思われてるんだよな。」
ルイコは青年を見て直ぐに戦闘態勢に入るが、青年は襲い掛かってこず自分の事を知っているのを喜んだ。
それを見て、ルイコはあの時の青年とは違う。分史世界は平行世界でもある。この人はこの世界の私達を襲ってきた青年だと解釈し、警戒心をといた。
「おいこら、馬鹿北斎!倉庫には俺が作った発明品もあるから、ドンぱちするんじゃねえ!」
自分が何者なのかを説明しようとすると、青い電気を纏った巨大な光線銃を持った、茶髪の青年が倉庫に入ってきた。
ルイコが居るのを確認した青年は、光線銃についているボタンを一つ押し、機械で出来た鎧に身を包んだ
「ま、待ってください!私は敵じゃありません!」
「いや、敵とか言ってる時点で、なぁ。」
「落ち着いて話し合いましょう!」
光線銃と鎧を見てヤバイと判断したルイコは、自分はなにもしないと言う意思を示すために両手を上げて降伏をした。
「なんか、エロ同人的な展開になってきたな。」
「お前ちょっと黙れ。取り敢えず、俺の部屋に連れていくから店番頼んだぞ。」
「はいよ~」
北斎と呼ばれる男は倉庫から出ていく。
出ていったのを確認した後、青年は入ってきた場所とは違う方向にルイコを歩かせる。
「お前、何処系?北欧?ギリシャ?ケルト?普通の服を着ているって事は、高天原か?」
壁にある隠しボタンを押してエレベーターを待っている間にルイコに質問をする青年。
北欧、ギリシャ、高天原、ケルト、どれも聞いた事のない言葉ばかり。どう答えようか悩んでいると隠しエレベーターが開いて青年と一緒に入った。
「自己紹介だけしておく。俺は平賀源蔵、土曜の丑の日には鰻を食そうと発案した平賀源内の子孫だ。」
「土曜の丑の日?」
「なんだ、知らないのか?コレでも結構メジャーな英雄なんだが」
外の奴等には信長や竜馬、小次郎とかがメジャーかと落ち込む源蔵。
「にしても、俺の命を狙いに倉庫に来るか?監視カメラがあるって言うのに」
「いや、だから命は狙ってませんって!私は、異世界から来たんです!」
「アレだろ、冥界とか桃源郷とかだろ」
「違います!」
この世界にも異世界と呼ばれる世界は結構あるらしく、自分の素性を説明しても勘違いをする源蔵
どうすれば分かって貰えるのだろうかと考えていると、源蔵がすんでいる部屋についた。
「口を開けろ」
「え?」
鎧姿を解除した源蔵は、ルイコの唾液を採取し、試験管に入れる。
直ぐに解析結果が出るから、逃げるなよと源蔵が試験管を小さな機械に入れながら言う。
「何処でもない、だと?」
ルイコの唾液を採取した綿棒を入れた機械は、ルイコが何処の国の人間なのか、何処の勢力から送られてきたのかを調べる物だ。
解析方法はDNA鑑定と呼ばれる鑑定と似ており、何処の勢力の人間はともかく、何処の国の人間かわかる高性能な物で、人間以外の生物も解析できる源蔵が作りし優れもの。
なのに、解析結果が何処の国の人間でもないと言う答えに源蔵は戸惑いを隠せなかった。
「それ、私の唾液で何処の国の人間かわかる機械かもしれないけど、無駄だよ。」
この世界の人間じゃないんだからとルイコは言うと、「まさか」と源蔵は口元に手を置いてぶつぶつとなにか言い出した。
「…お前、本当に異世界から来たんだな?」
「だから、そう言ってるじゃない!この世界じゃない世界、分史世界、平行世界、異世界、言い方は色々とあるけれども、こことは違う世界から来たって。」
「マジかよ…」
源蔵は苦笑いをした。
「先に言っておく、この英雄団地以外でお前が異世界から来たとか言うんじゃねえぞ。人体実験の材料にされたくなければな。」
現実逃避を少しだけしたあと、源蔵はルイコを茶と菓子でもてなし、先に注意すべき事を伝えた。
「人体実験の材料って、大袈裟な!」
ただ異世界から来ただけで魔法とか凄い科学技術がある、この世界じゃ普通の人間だよと笑うルイコ。しかし源蔵が無表情のままジッと見つめてきたので、ヤバイのかと聞いた。
「時空転移が出来る時点で異世界の魔法が、この世界の魔法より優れている事が分かり、他にはどのような魔法が出来るのか、血液は、毒の免疫は、とにかく上げたらキリがない。一番最悪なケースがお前がこの世界に来た方法でお前の住む世界に侵攻だな。」
ヤマトを救うために分史世界で仲間や技術を手に入れる旅をしていると言うのに、次元を越えてきた事を他者に教えた場合、ヤマトとアークの戦争がもっと酷くなるのが分かると顔を青ざめるルイコ。
これからは無闇に異世界から来たとか言うなよと源蔵に注意されると首を何度も何度も縦に振った。
「それで、異世界から遠路遥々この英雄団地になんのようだ?」
「英雄団地ってなに?」
「読んで字の如く、此処等の団地には過去に武勇でその名を歴史に刻んだ者達や、俺の様になにかを作ったり描いたりして歴史に名を残した偉人の末裔や生まれ変わりが住んでいる団地だ。」
世界有数の霊地である場所を使っている、世界で最も安心安全じゃない団地とか、さっきの奴は葛飾北斎と言う絵師の末裔だとか色々とルイコに教えてくれる源蔵。
「で、お前がなんでこの世界に来た?」
「私は自分の国を救うために来た。仲間が、技術が、武器が必要なの!ここは英雄の子孫や生まれ変わりが沢山住んでいるんでしょ!紹介してよ!とびっきり凄い魔法使いとか剣士とか!」
「あ~…どう言えば良いんだろう。」
ルイコが自分達が住む世界に来た理由を知った源蔵はどう対応をすれば良いか悩んだ。
この英雄団地には古今東西、様々な英雄が住んでおり、紹介できなくはない。この団地に住む絶対の条件として宗教概念を全て捨てなければならず、異世界とか異教徒とかの揉め事も先ず無い。
「俺、こう見えても英雄の子孫の中間管理職をしていて顔が広いから、紹介できるにはできるが」
「中間管理職?」
「ああ、武勇で名を残した英雄にも種類があるだろう。」
邪悪なドラゴンや妖怪を退治した英雄もいれば、天上の神々から試練を与えられたりちょっかいをかけられたりして武勇伝が出来た英雄もいれば、天下統一を目論み名だたる武将を倒した英雄もいる。
武勇で名を上げた英雄には、基本的に倒す側と倒される側が存在しており、倒された側と倒す側の英雄の子孫と生まれ変わりは仲が悪く、源蔵や北斎のような武勇以外の英雄の子孫が間に立ち、殺しあいに発展させないようにしている。
「意外に凄い立場なのね。」
「お前、俺の事を舐めてんだろ?いやまぁ、所詮は平賀源内の子孫だからそう見られても当然だけども。」
やっぱエジソンとダ・ヴィンチの知名度には勝てないのかと言いつつ、ノートパソコンを立ち上げる源蔵。
「どういう種類の英雄を紹介してほしい?」
「そりゃあ、強いのを」
「もっと細かく、出来る限り範囲を狭く、敵の情報を教えろ。でないと、中途半端な英雄を紹介してしまう。」
龍殺しの英雄に化け狸退治に行かせるわけにはいかないと言われると、それもそうかとルイコは自分の住んでいる世界について説明をした。
「ふむ、まずいな。非常にまずいな。お前達の世界では科学技術が余り進んでおらず、魔法などの神秘の技術が発達している世界。本当にまずいな。」
源蔵は顔をしかめてルイコに3度もまずいと言った。
「そんなにまずいの?」
「ああ、まずいな。お前に紹介するのに相応しい英雄はいない。魔法使いと剣士を合わせた、所謂魔法剣士と言う存在が、この団地には居ない。探せばいるが、恐らくお前の力になれる強さではない。」
「魔法剣士とかの両立できる人は私達の世界にも少ししかいないから、良いよ。普通に強い剣士とか魔法使いでも」
「それでもまずい。」
今自分達がいる英雄団地は日本と言う国にあり、日本にはかなりの数の武勇で名を残した英雄が存在し、日本人なら大抵知っている英雄の子孫が住んでいる。
そして、その子孫達は歴史に名を残した英雄と同様、尋常じゃないほど強く、時代が時代なら歴史に名を残すと言ってもいいほど。
しかし、彼等は一切魔法や霊術、道術などが使えない。代わりに自力で魔法でしか起こせない事を出来る。
「武勇伝を持つ剣士系…いや、侍系の英雄の子孫は大抵魔法に弱い。そしてそれと同時に魔女と呼ばれる英雄や妖魔やドラゴンを聖剣や魔剣などの神秘の力を持つ武器で退治した英雄は、神秘を使わず神秘と同じ現象を引き起こす奴に弱い。簡単に言えば、伝承や伝説の英雄は歴史に武勇伝を残した英雄に弱く、歴史に武勇伝を残した英雄は伝承や伝説の英雄に弱い。互いに相性が悪いと言う奴だ。」
「つまり?」
「お前の求めている戦士はいない。なにせ、蒸気機関車が作れるレベルの科学と時空転移が出来るレベルの魔法が存在している世界だ。一芸特化の侍や魔法使いを紹介し、お前の仲間にしてみろ、ある程度の大群は蹴散らせるが、一度でも弱点を突かれてあっさりと死んでしまう。」
英雄の最後なんて、大抵はしょうもなくあっさりしているが当然と言えば当然だがなと嫌み笑う源蔵。
魔法と近距離戦闘を両立をしている人じゃない限り仲間にしても意味がない、紹介できないと言われたも同然で、ルイコは落ち込んだが、源蔵は安心しろと言う。
「無いのならば作る。遥か昔から人間はそうやって進歩してきた。話を聞く限り、お前はこの世界以外の世界も旅をするんだろう?2、3週間ほど隣の部屋を借してやる。その間にこの団地の住人と仲良くなり、一人選べ。そいつをお前と一緒に旅して、様々な世界の技術を学び、理想の戦士に育て上げればいい。」
英雄の子孫だから才能の塊。ただ強いだけでなく、人間関係的にも相性の良い人を選べる。ルイコにとっては良いことづくめだ。
数週間後には首都に侵攻してくるアークの部隊もルイコ一人でどうにでもなると、ルイコは源蔵の案を受け入れ、隣の部屋に住まわせて貰うことに。
「俺は国の人間に連絡して、お前の戸籍を作って貰う。今の間に4階以外の住人に挨拶をしてくるんだ。」
「なんで4階は無視するの?」
「中間管理職兼管理人である俺でも相性の悪い人間がいる。4階の住人は特にそれだ。一癖も二癖も強い奴等は住んでいる」
どんな人が4階に住んでいるかは不明だが、4階の住人は無視しようと挨拶をしに行くために部屋を出るルイコ。
ほんの数週間とは言え、済ませて貰うし、近所付き合いは大事だよね!なにかを持っていった方が良いのだろうかと悩む
「ありゃ、解放されてる。記憶でっち上げ装置でも使ったのか?」
悩んでいても仕方ないと源蔵の部屋の隣、503号室の部屋から挨拶しようとすると北斎と出くわした。
「えっと…北斎!」
「名前を教えたのか?いや、源蔵が俺の名を呼んでたな。この英雄団地は命が幾つあっても足りない位に面倒な事が起きるから、死ぬ前に帰れ。」
特に女性関係で。と右の脇腹にアン・ポニー、左の脇腹にシュバリエと読める傷跡を見せてくる北斎。
「あいつら、人が優しくしたらコロッと落ちて、口説いてないのに。…あ、503号室は俺の部屋な。」
「女性関係を焦らすのは駄目ですよ。諸事情により3週間ほど501号室に住むことになったルイコです。」
ルイコはペコリと一礼をし、隣の504号室に挨拶に行くが住人は不在で、505号室に行っても不在だった。
「不在が多いな~」
「ここに住んでる連中は大体は社会人で、真昼間からゴロゴロしてねえよ。」
「あ、それもそうね。…北斎と源蔵は?」
「俺と源蔵は高校生。今は夏休みで、源蔵と一緒に源蔵の親父さんが経営する下の電気屋でバイト中。」
英雄と言っても末裔。葛飾北斎や平賀源内は死後に凄い人物だと認められたから何処にでもいる一般人と大差変わらないと言い北斎は部屋に戻った。
「英雄も大変なんだな…」
死んではじめて周りから理解されたり評価されたりする英雄を目のあたりにしたルイコは気を引き閉め直して、沖田総司、源義経、宮本武蔵、伊達政宗などの日本を代表する英雄や、ロビン・フッド、ブーティカ、ビリー・ザ・キッド等のマニアックな英雄の子孫や生まれ変わりに挨拶をする。
時折、史実上は子供が殺されていたり殺していたりする英雄や結婚をしていない英雄の子孫が居たが、全員に魔法の言葉を教えてあげる。”諸説あり。”と言われてしまいこの世界の歴史は結構曖昧なんだなと思った。
「…なんか、多くない?」
残すは一階の住人への挨拶のみになり、おかしな事に気づくルイコ。
「新居者か、どうかしたか?」
「!?」
音もせず、気配もせず、誰かが自分の後ろから声をかけてきた。
「あ、すまない。21世紀になっても抜けなくてな…」
声をかけてきたのは、買い物帰りで両手いっぱいに雑貨品や食材が入ったエコバックを持つライオンの耳と尻尾を生やした、黄褐色の長髪の女性だった。
「えっと…」
「私はアタランテ…いや、平賀アタランテだな。」
「平賀?…あ、もしかして!」
「ああ、妻だ。」
「でも、源蔵って学生じゃ」
「それを言えば、私は数千を超えるババアだ。」
アタランテはギリシャ神話に登場するアタランテ本人で、死後、前世の記憶を持ったまま転生をした。
動物の姿で精行為をすれば浮気じゃない!毎日人間を1000人殺すよ!なら、こっちは1500人生むよ!その鎧を貰うから代わりにこの槍を!等々自身の死後に発覚する各国の神々や英雄の酷さに呆れ、神を見限り、色々とあり英雄団地に住み源蔵の妻になった。
「色々と苦労していたんですね。」
「気にするな。それよりも、なにかおかしな事に気づいていたみたいだが。」
「この団地に魔法使いとかが居なくて、源蔵みたいに武勇以外の英雄の子孫が住んでなくて」
「この団地は葛飾家と平賀家以外は全員武勇で歴史に名を残した英雄の子孫しか住んでいない。裏側に見えるマンション、西の団地と呼ばれる所に武勇伝以外で歴史に名を残した英雄の子孫が住んでいて、向かい側に見えるマンションが東の団地と呼んでおり、実在した魔法使いや、神話や伝承に出てくる登場人物の子孫が住んでいる。」
カテゴリーごとに分けられている事を教えて貰い、一緒に挨拶回りに行こうか?と誘われるが、夫の事を放っておいたら駄目ですよと断り、ルイコは向かい側のマンションに向かった。
「あら、あんたは?」
「私はルイコ。諸事情であの団地に少しの間住むことになりました。」
向かい側のマンション、通称東の団地と呼ばれる場所に行くと管理人室から筋肉ムキムキのオレンジ色の髪の女性が出てきてルイコに声をかけた。
「そう、中央の団地に住むの。向かい側ってだけなのに、挨拶だなんて」
「近所付き合いは大事ですよ。集合住宅の向かい側の人とも仲良くしないと。」
「今時見ない出来たこだねぇ~。私はアキレウス。アキレス腱の元ネタであるアキレウスの生まれ変わり。」
「アタランテさんと同じ…なんですか?」
「まーね。」
まじまじとアキレウスを見るルイコ。
アキレウスはアタランテと同じと言っているが、かなり違う。
纏っている覇気はとても静かだが、とても強く感じる。普通に笑っているだけなのに隙を見せない。
2メートルほど背はあるが、肉体は細く胸やお尻が小さい。なのに、物凄いまでの筋力を持っている。
ルイコはアキレウスの隠している凄まじい強さに反応し、構えてしまった。
「そう身構えんなって。」
「あ、すみません。」
「防衛本能がちゃんと働いてる証拠だから気にしないさ。それに、この英雄団地じゃ隠してるけど、しょっちゅう揉め事や事件が起きてるから逆に出来ない方が駄目だしね。」
「しょっちゅう事件が起きまくってるって」
「英雄の子孫は個性的な人が多いから、中間管理職の源蔵でも…!」
「あ、煙が出てる。」
源蔵の部屋から黒煙が出ている事に気付くアキレウスとルイコ。
さっきアタランテさんが源蔵の部屋に帰っていったから、きっとなにかあったんだろうなとルイコは東の団地の住人に挨拶に行こうとするとアキレウスに抱えられる。
「ちょ、私、まだ東の団地の人に」
「後にして!」
東の団地から源蔵の部屋がある中央の団地の5階に跳んで来たアキレウス。
ルイコはアキレウスに放して貰い、5階の現状を確かめた。
「部屋が…」
501号室から503号室までの部屋のドアが吹き飛び、中から煙がモクモクと出ている。部屋の奥は煙で見えないが、玄関周辺は木っ端微塵だ。
501号室はルイコが住む予定の部屋で誰もいない。502号室は源蔵の部屋だ。503号室は北斎の部屋だ。
この煙の原因は、北斎か源蔵、どちらかが起こしたものだろう。
「ルイコ、貴女は北斎の部屋を。」
「アキレウスさんは源蔵の部屋ですね。」
二手に分かれて、部屋の住人が無事か確認をしに行った。
「お、お~い。」
北斎の部屋に入ると、タンスと瓦礫の下敷きになっている北斎がいた。
「助けてくれぇ~。俺は絵師の偉人の子孫だから、肉体労働に向かない。一般人と大して変わらない!」
「北斎、大丈夫!」
瓦礫とタンスを片手で持ち上げ北斎を助け出すルイコ。
北斎は割と大丈夫じゃないと脇腹を押さえながら立ち上がる。
「きゅ、急に源蔵の部屋が爆発して、ギリギリの所で絵を実体化させる紙兵の術で壁を作ったから、命の問題はないけど…骨ヒビ入ったな。」
「ヒビぐらいなら直せるよ。」
ルイコは北斎が押さえてる手に触れ、修復魔法でヒビを直した。
「…ん、回復じゃねえな。」
「折れてるとかじゃないから、修復が一番!…で、なにがあったの?」
「源蔵の部屋が爆発したんだよ。」
「実験の失敗…かな?」
機械が故障して爆発を起こすと言うギャグ漫画的展開が起きたと考えるルイコ。
北斎はルイコの考えてる事がわかり、違うと言った。
「彼奴の発明品が爆発したなら、三つの部屋の大破だけじゃすまない。この中央団地は木っ端微塵だ。」
「じゃあ、いったい」
なんでこんな事になったの?と言おうとすると、源蔵の部屋から鬣だけが黄金色の毛で、他は全身真っ黒のライオンが殺気を放ちながらルイコ達の前に現れる。
「オマエモ、テキ…イトシイヒト、マモル」
「アタランテさん?」
鬣以外が黒いライオンは喋った。声はアタランテと同じ声だ。
ルイコはプルプルと指を震わせて恐る恐るライオンに聞くが、返事をしてくれず、代わりに北斎が頷く。
「あの子は結構面倒な子なのよ」
「源蔵!!」
「る、せぇ、ょ…」
刀を手に持ったアキレウスが血塗れの源蔵を抱え、ルイコ達の前に現れた。
源蔵は今にでも死にそうな声で大声を出したルイコを睨む。
「ゲンゾウ…源蔵!…大丈夫か、源蔵!」
源蔵の微かな声を聞いた黒いライオンの姿のアタランテは、先程まで放っていた殺気を消し、側に近寄る。
先程まで理性が無いような目をしていたが、今は源蔵を心配し、何かに怯えているアタランテは源蔵の傷跡を舐めだした。
「…は!医者だ、医者!白澤さんとこに電話してくる!」
「私は警戒体制を敷いてくるわ!!」
源蔵の無事とアタランテの行動を見て、冷静を取り戻したアキレウスと北斎は動きだした。
ルイコはとりあえず止血をしようと源蔵に近付くがアタランテに威嚇をされる。
「北斎から爆破って聞いたんだけど」
源蔵の止血が出来ないと分かったルイコはアタランテから事情を聞き始める。
「爆弾だ、時限式の高性能な爆弾が源蔵宛に送られていた。」
「俺が解除できない時限式の爆弾を送ってくるとは…今までとは違う」
「今まで?」
「俺はこう見えても命が狙われているんだ。」
ゾロアスターに薔薇十字団、自分の命を狙いに来る奴はかなり心当たりがある。
しかし、自分が解除する事の出来ない時限爆弾を作れるやつはその中には該当しない。
「いったい、なにが目的か…少し、寝させて貰う。」
「ああ、おやすみ。源蔵」
アタランテに目を閉じてもらいゆっくりと眠る源蔵。
「ルイコ、鳳凰が来た。桃源郷に行くぞ!」
「相変わらず君と北斎は、ここをよく利用するね。」
北斎が呼び出した鳳凰に乗り、桃源郷と呼ばれる異界にやって来た源蔵、アタランテ、ルイコ。
桃源郷につくと、直ぐに万物に精通する神獣である白澤の住む家に向かい、源蔵の治療をしてもらった。
「発明家には発明家の戦いがあり、俺は負けた。…まさか、赤と青、どちらのコードを切っても切らなくても爆発するとは…」
「もう忘れろ。」
「無理だな、この俺が解除できなかったものだ。忘れる方が難しい」
「源蔵が解除できない時限爆弾って、そんなに凄いの?」
「当たり前だ。俺は平賀源内の末裔、平賀源蔵。日本政府最高の技術者すら俺の足元にも及ばん。」
お前に向かって撃とうとした銃を見てなかったのかと呆れる源蔵。
「傷の治療は終わったけど、一週間は入院だね。」
「っち」
源蔵は舌打ちをしながら、白澤に日本の10000円札を十数枚渡す。白澤は毎度ありと言い、お金を数えると部屋から出ていった。
「暫くは入院って」
源蔵の傷は白澤が作った薬によりあっという間に完治した。
顔色もよくなり、血も輸血したし、検査以外で入院する必要があるのだろうと疑問に思うルイコ。
「良薬口に苦し。薬は毒を消すものであるが、同時に毒でもある。白澤が作りし薬はとても強力であっという間に傷が治るが、毒性が強く解毒に時間がかかる。」
ライオンの姿から人の姿に戻ったアタランテは入院の意味をルイコに教える。
体内に毒があるならば解毒すればいいとルイコは源蔵の毒を解毒しようとするが、免疫をつけられなくなると断られる。
「にしても、お前がライオンの姿になったのを見た時はビビったぞ。」
「ああ、そうだ。アタランテはどうしてライオンの耳と尻尾がはえてるの?」
この世界には一応、ケンタウロスやドラゴン等の幻獣がいるが、桃源郷のような異界にしか生息していない。
アタランテもミノタウロスやケンタウロスとかの人と動物を合わせた獣人かと、ルイコは出会った当初から気になっており、今なら聞けると聞いた。
「私は過去に神の怒りをかってライオンにされてな。どうも、生まれ変わってもライオンの部分が抜けなくて、赤ん坊の時からはえているんだ。」
例え親が龍であろうとライオンの尻尾と耳がはえてくる、感情が高ぶったりすれば完璧なライオンになってしまうと教えてくれるアタランテ。ルイコは気になっていた事を聞けて、少しスッキリした。
「本当に、誰がお前に爆弾を送ったんだ…」
「俺が解除できない爆弾を作れるのは世界に数人、エジソンやダ・ヴィンチなんかの同じランクの英雄。」
「だが、エジソン達との仲は良好で、同じく魔法使い達に命を狙われていて、兵器開発も嫌っている。」
「…となると、デカい組織か…面倒だな。」
「あの、そろそろ英雄団地の皆に報告しない?」
鳳凰の定員が3名までだったので、置いていった北斎やアキレウス。二人は英雄団地全体に非常警戒体制を発令し、今も源蔵の心配をしている。
爆弾を送りつけた犯人を考えるよりも自身の安否を報告しなよと言うと、源蔵は無事で入院することになったと連絡を入れようと電話を掛けようとするが、途中でやめた。
「どうした、後は発信するだけだぞ」
「俺が一週間入院と言うことは定例会なんかが一切出来なくなる…まずいぞ。」
中間管理職をしていると自らで言っている源蔵は、割と中間管理職らしい仕事をしている。
入院することになり一週間もまるまる桃源郷に居ないといけなくなり、一切出来なるのに気付くと顔を青くする。
「ただでさえ俺宛に時限爆弾を送られてきたんだ。非常警戒体制を取ったりしないと、今度の英雄運動会が出来ない。」
「代理を用意したら良いんじゃないの?」
とルイコは言う。
「無理だ。何処も手がいっぱいだ。アタランテにさせるわけにもいかないし…」
「じゃあ、私がやろうか?」
どうしようもないと諦めかけた時、ルイコは手を差し伸べた。
「良いのか?」
「大丈夫だって、私こう見えても、商会の会計士やってたから中間管理職は得意だよ!」
「…アタランテ、サポートを頼んだぞ。」
「ああ、任せろ。」
アタランテはコクりと頷いた。
源蔵が桃源郷の白澤の家に一週間御世話になる間、ルイコは源蔵の代理で英雄団地の管理人兼中間管理職務を勤めることになった。




