思わぬ伏兵
「ただいまぁ・・・」
家だ。
家に帰ってきた。正確にはヒロインの家・・・・。
前世を思い出した私にとって、ここが家って感じはしない。
私の家はここよりももっと狭くて汚いアパートの一室で、こんな綺麗な一軒家じゃない・・・。
どんなに他人の家に近くても、家は家。
帰る場所があるという事は、こんなにも安心するものなのかと、初めて知った。
「つ、疲れた・・・」
そんな声が、思わず漏れる。
病院からの帰り。タカユキさんはうちに泊まるようにと何度も勧めてきた。
うちの方が何かあったときに対応できるから、と。
どんだけ過保護なんだ。
最初の方は「少し疲れちゃっただけなんです、大袈裟ですよ」と断っていたのだが、それじゃあ断り方としては弱かったらしく、何度も何度もしつこく家に泊まるように誘われた。
最終的には「私たちはそんな関係じゃないですから。嫁入り前の娘が、男の人の家に泊まるなんて、そんな疑われるような事はしたくないんです。」というタカユキさんと「ヒロイン」の微妙な関係性を武器に取り・・・勝利した。
あのままだったら確実に・・・・考えたくもない。
第一に、まだ私は状況を整理出来ていない。そんな中であのタカユキ・シンの家に行くとか・・・冗談じゃない。
今確実に分かっていることは、「私」が前世の記憶を思い出し、ここが乙女ゲームの世界だという事だけだ。
まずはじっくり、状況を整理する時間が必要だ。
「はぁ・・・・」
とりあえず、ヒール脱ごう。
「おかえり、サツキ」
その声は・・・・
「イオリ!?」
「はっ、何だよ、その幽霊見た、みたいな顔。」
目の前にーーー攻略対象ーーーもとい。
「な、なんでここにいるの!?」
「"弟"がここにいたら悪いのかよ?」
「わ、悪くない、けど」
ーーー私の弟は、天才なの。
いつかの「ヒロイン」が言った言葉が蘇る。
あーーーーッ!忘れてたーーーーーッ!!
攻略対象にはーーーー彼もいたんだった。
嘘だ・・・・。
目の前の年下美青年は、その生意気な台詞とは裏腹に哀しそうな顔になる。
「・・・・・ごめんなさい」
今の、さすがに失礼だった。表情に出し過ぎ。今のは忘れて・・・
俯いた。そのこめかみに、ちゅっ、という音。
ーーーーキス。
は?
いきなりすぎて、お姉さん、状況についていけない・・・。
「今日は、これで許してあげるよ、サツキ」
え?
状況が飲み込めていない私。
"弟"は、振り返り。
「今日はお姉さんって呼んでって怒らないんだね、サツキ」
ひらひらと手を振ると、二階に上がっていった。