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君の涙に匹敵するのは海かあの桜か。

作者: 嬋

僕はあの坂の上で君を見つけた。

あれは、僕がずっと行きたかった高校に受かった暖かな春の日。

僕の家から学校までの道には一本の緩やかな坂道がある。

そこからみる景色は春になると桜が満開に咲き乱れている。

高校に受かり希望に満ち溢れていた僕の目にはその景色はとても美しく聡明に見えた。

「今日も綺麗だ。」自転車を止めた僕の視界は一面桜色で心が緩んでいく。

「ん?」桜を中心にとらえている僕の視界の縁に一人の女の子が見えた気がした。

坂の上に視線を移すとやはり女の子が立っていた。

服装からして高校生だろう。

彼女は坂の縁ぎりぎりにある少し低めの柵に手をおいて桜を見ていた。

僕は自転車を押しながら彼女に近ずいていった。

桜を見ている彼女の髪は春風にゆられ潤んだ瞳は僕には見えない世界をそれほどに遠くを見ているように静かだった。

僕は彼女に近ずくほどに心臓が高鳴っていき心は空に浮かんだ。

僕が彼女の後ろにさしかかったころ、ふと彼女の足が熱をおびたコンクリートを蹴った。

柵の根元が折れ曲がり枯れ枝を踏んだように軽くでも鼓膜の奥に響き渡るなんとも滑稽な音と共に彼女の短い悲鳴が聞こえた。

考える時間はなかった。

条件反射のように僕は彼女に飛び付いた。

ゴッ!!大きな鈍い音が僕が人生で最後に聞いた。

最後に鼓膜を奮わせた音だった。

「あの…子は」彼女は僕の上で丸くなっていた。

かすり傷はあるがきっと無事だろう。

「よが…った…」彼女の安否を確認したのを最後に僕の景色は色を失った。

次に目を開くと僕は病院にいた。

身体は動かなかった。

手には数本の管が刺さっている。

視界がぼやける。

思考が働かない。

頭の奥がヒリヒリと焼ける。

「ぼぐ‥は…がのじょは…?」

声を発したはずがなにも聞こえない。

もう喉も奮えない。

まぶたが落ちていく。

僕の景色がまた色あせ消えていく。

僕の世界に。僕の景色に色をつけたのは隣のベッドによこたわった彼女の存在だった。彼女は綺麗な顔でとても幸せそうに目を閉じていた。

僕の目からはとめどなく涙が流れた。

涙を流しながら僕は笑った笑った笑った。

めが覚めると周りには母さんと父さんが立っている。

母さんは号泣している。

父さんも僕に説教をするときのしわの多い顔で静かに泣いている。

母さんの隣には彼女が立っているしたを向いているせいで顔はよく見えない。

彼女は膝から倒れ僕の手を握り泣いている。

握られた僕の手には感覚はない。

みんなに声をかけているつもりだがみんな聞こえていない。

僕は彼女に必死で声をかけた。

「ねぇ…どうして泣いてるんだい?」

「笑った顔を見せてよ」

「ねぇ…笑ってくれよ」

「君は見つけた時から暗い顔だったね。」

「あのとき身体が動いたのは君に笑顔になってほしかったから」

「暗い顔したまま一生が終わるなんて悲しすぎるじゃないか」

「これからの君の人生に満ちた幸せをそこから生まれた笑顔があそこで終わるなんてむなしすぎるじゃないか」

「嬉しかったら笑えばいい。悲しかったら泣けばいい。」

「あの時初めてあったなんの関わりもない僕のためにそんなに泣かないでくれよ」

そんなんじゃ僕もいくにいけないよ。

「なが…ないで。笑って…」

彼女は僕を見つめ涙と鼻水でくちゃくちゃになったかわいらしい顔でとてもあどけない笑顔で笑った。

「ありがとう。でも本当にごめんなさい私のせいであなたが…」

「ぞんなごと…言わないで…」

「笑って生きて。笑顔でいで…」

「ぼぐごそ…ありがと…。笑って笑って笑っていぎて…」

僕を包む暖かな春の木漏れ日。

この世界の奇怪で美しく。グロテスクで耽美なこの世界の色が。

あの坂で見た満面の桜の色が。

僕の存在が。

君の暗かった瞳の君の生きていく道の」

「燈し火になれたらな…」



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