8 悩む同期の新人社員
「第一事業部に配属される天宮聡です。宜しくお願い致します」
エレベーターを降りた聡は、第一事業部のドアを開けて挨拶した。ズラッとブースが並び、何人もの目が一斉に聡の方へ向けられた。
「新入社員が来る季節なんだなぁ」
役立たずのヒヨッコを一人前の社会人に育てなくてはいけないのだ。全員がそんな面倒なことを押しつけられた教育係の前田に同情したが、忙しいので仕事に戻った。
目線だけ上げて、すぐに仕事をし始めた第一事業部の先輩達の様子に、黒龍は何故こんな部署を聡君は希望したのだろうかと溜め息をつく。
「ええっと、天宮聡と天宮黒龍だね。私が君達の教育係の前田といいます。正式に辞令が降りるのはゴールデンウイーク後になるけど、部長に挨拶しておこうか」
聡が入り口で固まっていると、若手の前田が席を立ってやってきた。「天宮黒龍です」と一応は挨拶したが、前田は威圧感のある新入社員だなぁと少し不安になった。
聡と黒龍は前田の後ろに続いて、第一事業部の部長に挨拶に向かう。部長室へ向かった後で、第一事業部の部屋では今年の配属された新人は凄いハンサムだわ! と女子社員から押し殺した嬌声があがった。
聡と黒龍は部長に形式通りの挨拶をして、もとの新入社員教育を受けている会議室に帰った。
部長室には教育係の前田が残され、部長から驚く命令を受けた。
「前田君……天宮聡様と黒龍様に丁寧に仕事を教えてくれたまえ。それと、くれぐれも失礼の無いように」
一流商社の東洋物産には、時折凄いコネを持った新入社員が入社してくることもある。前田はそれでも『様』は大袈裟だろうと、内心で面白くないと思ったが、部長には逆らわないことにした。
『まぁ、新人の教育期間は、あと2ヶ月だから……』
3ヶ月の教育期間のうち、1月は過ぎているのだからと、前田は嫌な予感を押さえ込んで仕事に戻った。
「はぁ~! 何だか緊張したね」
他の新入社員もそれぞれの配属先に挨拶に行き、夕方の飲み会まで時間があるので会議室に集まって印象などを話し合っていた。
「やはり、第一事業部はエリートの集まりだから緊張しただろ?」
聡の言葉に、どんな様子だったかと質問が飛ぶ。
「挨拶した途端に、目線があがったけど、すぐに仕事に戻ったんだよ」
ひぇ~え、それは厳しそうだと、他の部署では歓迎されたとの声もあがる。
「不景気なので新入社員が配属されない年もあったみたいだ。今年は増員されて嬉しいと喜ばれたよ」
聡は「良いなぁ」と、溜め息をついた。
「そりぁ、第一事業部は厳しいと思うよ」
慰められたり、激励されたりと、和気藹々のムードに、黒龍としては面白くない。飲み会は聡が参加すると言い張るので渋々認めたが、それまでは喫茶店で二人で過ごしたいと思っていた。
「聡君、ちょっとコーヒーでも飲みに行こう」
他の新入社員達とどんな教育係だったかと話している聡に声を掛けるが、黒龍だけ行けば? とつれない言葉が返される。黒龍の冷たい視線に曝された新入社員達は、思わず身震いした。
「天宮さん、コーヒーでも飲んでくれば?」
凍った空気に堪えられず、そうだね! と口々に声がかかる。
「じゃあ、お言葉に甘えて 聡君行こうよ!」
さっきまでの不機嫌な雰囲気は消え、上機嫌な黒龍がにっこりと微笑むと、パァッと空気が華やかになる。
「もう! いつも黒龍は俺が他の人と話したり、仲良くしていると邪魔をするんだから」
流石に他の同期の前では文句を言わなかったが、エレベーターホールできゃんきゃんと叱りつける。生憎、会議室には丸聞こえで、全員がどういう関係なんだろうと疑問を持った。
「天宮って、あっ、聡は兎も角……」
勇気を持って口火を切ったものの、非常識な内容に言葉を濁したが、全員が黒龍は聡がこの会社に入社したから付いて来たのでは? という疑惑を抱いていた。
「親戚と言ってたけど……普通、親戚でもあれほど過保護じゃないよな」
入社式から1ケ月、聡が同期の自分達と話していても、黒龍がすぐに邪魔をするのだ。
「そ・れ・は、二人がスィートな関係だからよ」
女子社員達がキャア~! と嬉しそうな嬌声をあげるのを、男子社員達は腐女子め! と醒めた目で見る。
「普通は黒龍さん程の美形なら、争奪戦が起きそうなものだけど……まぁ、聡も美形だけどな。今期の女子社員はおかしいんじゃないか?」
女子社員達から大きな溜め息がもれる。
「黒龍さんみたいな人間離れした美形の横に、誰が並べる勇気を持てるというの? 街ですれ違う女達に、ブス! と罵倒されるわよ!」
「黒龍さんは聡君と一緒が良いの! それなら、全員が納得できるもの」
男子社員はそういうものなのか? と、自分達には理解できないと肩を竦める。