16 黒龍は水神様なの?
アクアプロジェクト会議で聡や黒龍は、他の社員達の意見の交換を聞いているだけだった。新入社員に発言を求める者はいなかったので、聡はホッとしていた。
『前田さんが資料を読んでおくようにと言ってくれたから、会議で話している問題は理解できるよ』
どうやら、今度売り込みを掛ける先は中国と中南米とに別れているみたいだ。他にもそれぞれが名前を挙げたが、治安が極端に悪かったり、支払い能力に疑問があると却下された。
『そういえば……天宮家は龍神様をお祀りしていたんだよね。ってことは、黒龍は水神様なのかな?』
楕円形の会議机の末席に座っている黒龍の整った横顔を聡はチラリと眺める。視線に気づいた黒龍はにっこりと笑って、何? と尋ねた。会議中に尋ねる話題じゃないと、聡は「何でもない」と誤魔化したが、黒龍にとっては退屈な売り込み先選びより、気に掛かった。
『こんな会議くだらない! それより、聡が私を見ていたのは何故なんだろう?』
頭に花が咲いた黒龍は会議など聞いてもいない。
「ねぇ、ちょっと外で話そうよ」
どうせ自分達には発言も求められないのだから席を外そうと言い出した黒龍に、聡は何を考えているんだと、小声で叱りつける。第一事業部の部長は下座の天宮二人をなるべく見ないように、自分を制して会議に集中していたが、何やら揉めているのに気づいた。
『拙い! 原課長は天宮様の件をあまり詳しく伝えていない。龍だなんて極秘だからな! 教育係の前田君も強いコネを持っている程度にしか思ってない』
案の定、原課長は新入社員が会議中に私語をしたのに腹を立てた。
「そこ、うるさいぞ! それとも、何か意見があるのか?」
部長は社長から二人の正体を聞いていたので、思わず原課長を「無礼者!」と怒鳴りそうになった。黒龍は叱りつけた原課長と、あたふたしている部長を見て、自分の正体を知らない者と、知っている者とを瞬時に判断した。
『私の正体をバラしたら命は無いぞ!』
キッと睨みつけられた黒龍から、頭の中に短いメッセージを送られた部長は、金縛りにあっていた。
「すみません、以後、気をつけます」
素直に謝る聡に原課長は頷いたが、黒龍は馬鹿げた会議に付き合わされて苛ついていた。
「中南米の方は丸菱商事がほぼ内定しています。政府の高官を抱き込んでいるから、今更プレゼンに参加しても無理ですよ。まぁ、それは中国でも同様ですがね」
新入社員の無礼な発言に会議室は騒然となった。
「黒龍、お前! 失礼だろう!」
教育係の前田が叱る前に、聡がビシッと黒龍を叱りつけた。
「だって本当の話だ。ほら、此処に書類がある」
バサッとテーブルの上に投げ出された書類には、丸菱商事のマル秘のハンコがおしてあった。
「黒龍! コレって!」
聡が慌てて隠そうとしたが、パッと前田君が取り上げた。
「これを何処で手に入れたのだ?」
ハッキングしたのかと問い質されたが、黒龍はさあねと肩を竦める。
「それを聞いてどうするのですか? 無駄な中南米は諦めて、まだ見込みのある中国にしますか? それも、かなり先行されてますから、早く手を打たないと駄目ですよ」
黒龍がどうやって手に入れたかを詮議するより、聡以外の全員が極秘資料を読む方を優先してしまった。
「黒龍、ズルい手を使ったな」
会議室なので小声で叱る聡に、無駄な売り込みを掛けるのを黙っていた方が良かった? と笑って取り合わない。
「それに、パソコンを信用し過ぎるから、こんなマル秘の書類が流出するのさ。手書きで机の引き出しに入れてたら、無事だったのにね」
ハッキングは良くないと聡はぶつぶつお説教をしたが、黒龍は素知らぬ顔だ。教育係の前田は、何処から説教すれば良いのかわからなくなったが、次の売り込み先は自分が推していた中国に決定したので複雑な気持ちだ。第一事業部の部長は、黒龍の能力なら出来ない事は無いのだろうと溜め息をついた。




