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悠里17歳  作者: xxx
第一章 「破」の巻。 打ち破れ、自分を――。
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7 QUACER RECORDS

 神戸の中心、でも路地裏にある小さなライブハウス「QUACER」は今から10年ほど昔、ここを拠点として活動していたバンドが一応の成功を収めて以来、時代のシーンを代表するバンドやミュージシャンを輩出してきた。私の兄と、現在はソロで活動しているキングMMこと宮浦基彦、そして私の担任である千賀郁哉先生の三人で組んだバンド「ギミック」もこのライブハウスから誕生した。大地震で一時は壊滅の危機に瀕したこともあったが、不屈の闘志で力強く生き残って来た。

 現在では設備も整い、インディ・レーベルであるが「QUACER RECORDS」という会社が併設され、ここでレコーディングもできる。ギミックが出した最初で最後のアルバム『strawdoll』もここでレコーディングされた。

 いつものように私とサラ、晴乃の三人は土曜の午後ここに集まって練習に勤しんでいた。

 ただし今日はちょっと雰囲気が違う。MMの計らいでいつもとは違う、一つ大きなスタジオで練習している事ではなく、録音の本番でもない。私たち三人の眼前にはMMだけでなく、かつてのギミックのメンバー、千賀先生もいて二人並んで座り、脚を組み腕を組んでこちらを厳しい目で見ているからだ。

 今や神戸の伝説の高校生バンドとなったギミック。元メンバーの二人が揃っているだけでも珍しいことなのに、私やサラはともかくとして、彼らに強く影響を受けたという晴乃なんかは緊張してベースの音がどことなく固い。MMは相変わらずいつもの調子と言いたいところだが彼が言う「怖い先輩」がいる事でちょっと真剣な様子が垣間見えるし、先生の方も普段着であることも手伝い、学校で見る表情とは少し違う。気持ち私も縮こまっているのだろうか――。


   何もせずに後悔するくらいなら

   何かをして後悔した方がいい

   


   *


 サラのドラムで一曲をしめるとMMの頭が横を向いて先生に何か話しかけている、先生もそれに頷いて時折笑顔を見せていた。先日MMが言ってたように立場的には先輩後輩の関係のようだ、見た目は完全に逆なんですけど。

 二人の会話の内容が聞き取れないのでとても気になる。

「よーし、OK」MMが立ち上がった。

「どうスか、郁さん?」

「ああ、思った以上だわ。まだ日があるしええんとちゃう?」

「それって、やっぱり……」

 答えたのはサラだ。

「皆まで言うな、わかっとうやろ?」先生も立ち上がり、晴乃の肩に手を置いた。

「牧、ちょっとベース貸してみ?」

「は……、はい!」

晴乃の裏返った返事に一堂が笑った。

「もっと、こう――、グリグリと深くだな……」

 先生は晴乃からベースを借りると調子よく演奏を始めた。ノリノリで弦を弾くその姿は学校ではおそらく見ることができない23歳の若者で、弾くほどにこの場の雰囲気に馴染んでいくから不思議な感じだ。

「何か別人みたいやね?」

「――うん」

先生が晴乃にベースを教えている光景を見て、ドラムから下りて来たサラが後ろから英語で私に話し掛けた。

「案外『こっち』の方が本来の姿やったりしてね?」

「そういう謎めいたキャラ、あたしは好きよ」

 お互いに笑っているとその声を聞いてか、先生は私たちの方を振り返った。

「ちゃんと聞こえとうで」

 先生には英語のないしょ話は通じない、いや、通じるのだった。私とサラで話していた内容はしっかり理解しているようだ。

「どっちも本来の姿だ。でも職場ではまだ二年目やし、外すハメがないねん」

ベースを構えたまま私たちの方を向いた。

「あれば外すんですか?」

「エエとこ突くなぁ、サラは」先生だけでなく、横にいるMMも笑った「あったり前やろ?ハメは外すためにあるんや。なんでもギリギリまでやってみんと可能性は広がらん」

 無茶苦茶な理論ではあるが一応筋は通っているように聞こえる。学校での真面目な姿を知る私たちは笑うしかなかった。 

「ちょっと言い過ぎたけど、とにかく、だ。」先生は晴乃にベースを返した。「日はあるからもうちょっと練習するとええんちゃうか」

 先生は必ずしも合格点を与えた感じではないのは雰囲気でわかる。

「ぶっちゃけ、郁さんどう思うよ?」

「倉泉の声とサラのドラムの弾数の多さはいいと思った、お世辞抜きで。兄ちゃんが教えたんやなあって感じがする」

 ちょっと聞いただけでそれが分かる先生ってすごいなと思ったのは私だけではなかった。 

「ああ、やるんやったらトコトンやったらええやんか。教師の俺が言うのも何やけど……」

「でしょ?俺もそう思うねんけど」

 二人は向き合ってハイタッチ。この辺のテンポのよさは付き合いの長さを思わせる。

「あとは、アイツだけやな……」先生は椅子に座って脚と腕を組み、斜め上を眺めた。

「そやな、一番やっかいな――」

MMは振り向いて私の顔を見た。

「それって……」自分の胸を指差した「お兄ちゃん?」

 ギミックのメンバーは三人。ギター、ボーカルのMM、ベースの千賀先生、そしてもう一人――、ドラム兼作曲、私の兄だ。

「ああ、倉泉には言うたか?この話」

首を横に振る。遊びなら何でも付き合ってくれるけど、私がそんな大それた事をしてると言ったらダメ出しするのは請け合いである上にわかに信用してもらえない雰囲気があるからだ。

「ある意味あいつのハードルが一番高いぞ」

「知ってますよぉ……」

 兄の音楽歴の長さと実績は眼前の二人よりもよく知っている。中途半端なものには文字通り聞く耳を持っていない。

「いずれにせよ、自分たちは『ギミックの妹』なんや。倉泉抜きにして進められんなぁ」

「……そうですよね」

 私という存在はこのシーンではそう呼ばれることは不文律だ。大きな後ろ楯がある半面、とるに足らない存在であればかける迷惑も大きいことは人前で音楽活動をするに辺り認識しておかなければならない。

「まぁ、とにかくアイツに連絡してみろよ」

「……はい」

 元気ない返事、自信とリンクしている。

「OK、それなら前向きに検討する。とにかく徹底的にやってみることだ」先生は立ち上がり背中を向けて扉に手を掛けた。

「それと……」突然何かを思い出したのか、先生は急にこちらを振り返った「学校ではいつも通りな。ほいでここでは『先生』と呼ばない。オーライ?」

 先生は去り際に私たちの胸の真ん中を指差した。私たちの間での「挨拶」だ。本来の意味は「ロックオン」、最後の言葉について約束を確認するというものだ。この挨拶の意味を知っている事で私たちと先生との距離が少し近づいた気がした――。

「りょーかい」

「郁さんまだ二年目やしね」

「学校じゃまだぺーぺーやもんね」

 私たちもそれを理解して、三人一度に先生の胸元を撃ち抜いた――。

「何か言ったか?」

「空耳とちゃいますか?」

緊張が解けたスタジオでこの日一番大きな笑い声が聞こえた。

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