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悠里17歳  作者: xxx
第一章 「破」の巻。 打ち破れ、自分を――。
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6 もう一人のギミック

 私の学校では三年生の頭に親を交えての面談をする。

 担任は英語の千賀先生、二年目の若い男の先生でこの高校のOBだけあって学校の事情には詳しい。初対面の先生であることに間違いないが、先生は私を間接的に知っている。先生は高校生の頃、一学年下の私の兄とMMとの三人で「ギミック」というバンドを結成し、ベースを弾いていたらしいのだが、今の様子ではとてもそんな感じに見えず、どちらかと言えば指導に厳しく道のそれた事は嫌いな感じだ。


   「郁さんならやってくれるよ」


とMMは言うけれど、本当かどうかはちょっと疑わしい。

 三年のクラス決定後の面接で先生は「自分が倉泉の……」と言うからとりあえず「妹です」と答えたら「そうか……」としか答えなかったので、結局先生がどんな人なのか私には読めないのがホントのところである。ギミックが解散したのは先生の大学受験が理由であるのはファンの間では有名な話だ。でも、それからどうなったのかは私も知らないし、直接聞くほどそんな大それたことができる訳もなくそんな雰囲気もない。

 私たち S'H'Y が密かに計画している「文化祭ゲリラライブ」、先生はその味方となってくれるのか?もしくはその逆か?今のところは全くの未知数だ――。


   * * *


 私は面談の時間が来るまで道場で稽古していた。その合い間に桜の木が見える戸の外に目を遣ると、お母さんが木の下で私を見ているのに気付いた。時計を見ても面談の時間までまだちょっと時間がある。私は慌てて戸のところまで面を付けたまま駆け寄った。

「お母さん」

「あら、気付いた?」お母さんは普通に授業参観にでも来たかのような様子で、あっけらかんとして微笑んでいる「せっかく来たから悠里が稽古してるの見ようかと思って」

「でも今日はそういう日とちゃうから……」

 予定外に来られると何だかこっちもしっくり来ない。結局稽古に戻ったけど今日は満足なものにならず時間が来たので先生に礼をして中抜けさせてもらうことにして、とりあえず防具は外して道着のままでお母さんと三年五組の教室に向かった――。


「入りまーす」

「おや、部活の途中やったんか。悪かったな」

私の格好を見たあと先生は母に視線を移し、丁寧に挨拶して私たちに着席を勧めた。

「えー、と……」先生は手元の資料に目を通す。目を細めて眉間にシワを寄せて資料を見る表情に私は緊張してその眼差しを見ていた。

「倉泉さんならどの大学でも挑戦はできると思います。あとは何を専攻するかですね」

 自分的には成績は真ん中らへんだと思っていただけに、先生の意外な見解に私とお母さんは同時に「うそぉ」と言う口の形になり、先生は鼻で笑った。

「倉泉は大学で何の勉強をしようと思う?」

「敢えて言うなら『自分』について勉強してみたいです。けど、抽象的ですよね……」

 いきなりの質問に答えを準備する間もなく、結局正直なことを漏らした。

「具体的な目標がまだ無い人は多いよ。それも夏までには方向性決めようか」

見た目の真面目さとは違って言う事が案外軽い。そのギャップに私はつい問い掛けた。

「そんなんでいいんですか?」

「曖昧に行きたい学部決めるよりは、今は基礎学力上げた方がいいと思うぞ。文系なら科目はだいたい同じだ。とにかく倉泉の場合英語がわかるのが大きい。TOEICは?」

「……730です」母やきょうだいのレベルを知っているので自然と答える声が小さい。

「730かぁ。高校レベルなら申し分ないけど、もっといけるんとちゃう?800くらいは欲しいな」

同じ調子で淡々と答えた。そういや私だけでなく先生は兄のレベルを知っているのだった。

「まあ、そのレベルならば国内の学校にこだわらなくてもいい、海外の大学はどないだ?」

「興味は、あります。でもそれも曖昧なんです」

 先生は私がクォーターであることを知っている。私も自分自身について勉強するのであれば留学するということには興味がある、だけどイメージの無いものにどう向かえばいいのか分からないし、もちろん金銭的な事もある。

「そうか」先生は嫌な顔一つせず話を続ける「それも夏ごろまでに決めたらいい。どっちにせよTOEFLは受けておいた方がいいな」

 先生は資料をまとめた、これで終わりということか?

「先生」

 そこで話に入ってきたのはお母さんだ。

「何でしょう?」

「面談ってもっと、こう――、プレッシャーを与えて奮起させるようなものでは……?」

 心配そうな母の顔を見て先生は声を出して笑った。

「倉泉さんの場合は自分で勉強してるようですし、伸びしろが多いから気を詰めてするより伸び伸びした方がいいと思います。ガチガチになって失敗する人も多いですからね」

 そういえば目の前の先生は高校三年生の年末までギミックのベースとしてお兄ちゃんたちと活動していた。それでもしっかり第一志望の大学に合格し、そして今は英語の教師として後輩の指導をしている。私はそれを知っているけどお母さんは知らないから、先生の言葉に驚くのも無理はない。

「まぁ、部活も勉強もどれも一生懸命打ち込めばいいです。というかどれも悔い残らんように目一杯すればその内自分でシフトするようになるでしょう。ただし――」先生の眼鏡が光ると私の目を射抜いた

「手は抜くな。やるんやったらトコトンまでやれ」

 先生の顔が一瞬だけ怖くなった。私もお母さんも圧倒され、横を見るとお母さんの疑問の表情が納得の表情にみるみる変わっていくのが見えた。先生はどんな質問でも受け付ける様子で私たちの方を向いていたが、取り立てて質問する事もなく、最初の面談は何でも一生懸命すればいいということで締め括られた。


   *


「いい先生やんか」

 私たちは教室の戸を閉めると、吹奏楽部の演奏する音や、運動場から元気な声が聞こえてきた。

「お兄ちゃんがよく知っている先輩らしいよ」

「そうなの、確かにあの子と似たとこあるわね。ふーん……狭いもんやねえ、社会ってのは」

 お母さんはたぶん先生の「やるんやったらトコトンまで……」を指していると思う。お兄ちゃんもよく言う言葉だ。それからその先については何も言わないことにした。外郭の情報はいっぱいあるけど、本当の先生の姿は詳しく知らないからだ。

「じゃあ、お母さん帰るね」

「うん、ありがと」

 階段の踊り場でお母さんと別れた。私はもう一度教室の前を通って道場に戻るのでここで見送る事にした。


   * * *

 

 時計は五時を回っている。稽古はまだ終わっていない。私は袴の裾を持ち上げて足早に廊下を走り出した。自分の教室、三年五組の前に差し掛かったところで、私の足音に気付いたのか中から人が出てきた。

「倉泉……」出てきたのは千賀先生だ。さっきまで私もそこにいたのだから当たり前なんだけど。「ちょっと、いいか?」

「何ですか?」

 足を止めて先生の顔を見上げた、さっきと表情が違う。根拠はないけど雰囲気が少し柔らかくなったような気がする。

「バンド、組んでるんだって?」

 私はビックリして照れ笑いをして、眼鏡を掛けていないこめかみをポリポリかいた。いつもの癖だ「やっぱり、兄ちゃんの影響か?」

「まぁ、たしなむ程度に……。って誰から聞いたんですか?」この様子では話のソースはサラでも晴乃でもなさそうだ。

「宮浦から聞いたぞ。自分達の間ではMMと言うた方がわかるか?」

 思ったことを包み隠すという概念がないMMの事だ。私たちの計画についても絶対耳に入っているだろうと思った。

「でも、私たちの活動はホントに『ゴッコ』なんで、ハイ」

「それなら宮浦から話聞かへんよ」

ほら、やっぱり。腕を組んで高笑いをするMMの黒い顔が頭の上に浮かび上がった。

「……段階踏んでよね」私は心の中でその姿に言ってやるとMMは生返事をして帰って行った。

「しかし……、メンバーがサラと牧でしょ。サラはともかく、おとなしい倉泉と牧とでやってるのは……」

「やってるのは――?」

「意外やな」

「はぁ、意外……ですか」

「倉泉も兄ちゃんと同じか?」

「どういうことですか?」

「アイツも楽器持ったらキャラ変わるからなぁ」

 メディアで見られる兄はとんだ荒くれ者にしか見えない。ギターは叩き壊すし、観客席に何の躊躇もなく飛び込む。雑誌やテレビのインタヴューでも支離滅裂な事言ってMCを困らせるのもしばしばだ。だけど実際はものすごく内気で、誰もいないところでは小さな事でも考え込んではクヨクヨしている。そしてそんな一面を他人に見せるのを人一倍嫌うような人だ。

 先生の言葉から推測できることは、先生は兄の両面を知っているほど近い存在ということだ。

「わ、私はギター壊したりしませんよぉ」

「そうか、ちょっと安心した」

 先生の顔から自然な笑顔がこぼれた。

 伝聞で知られる部分ではなく、実物像としての兄を知る先生を見て、私はこの人を信用してもいいと思った。

「仲間の大切な妹だ。悪いようにはしない」

「それ、MMも言ってた」

「だったら話は早い、そういうことだ」

「そういうこと、ってどういうことですか?」

学校(ここ)では言いにくいな」

英語(これ)なら聞かれてもわからないですよ」

 私は英語で問い掛けた。

「well……」先生は眉間に指を当てた「今度 QUACER に行くわ」

 先生もつられて英語に変わった。この切り替わりはきょうだいと話しているようで、何となく距離感が近くなったような感じがした。

「今のオレには立場があるねん。まだ二年目やし……」先生は視線を逸らした。ちょっとだけ見えた本音に私はクスッと笑った。

「って何を言わせるねん。部活の途中なんやろ?早よ帰りいな」

「はいっ!」怒られると思った私は素早く三歩摺り足で離れて振り返り礼をした「よろしくお願いします、郁さん」 

「ふふっ、調子乗るなよ……」

 最後まで聞きおわらない内に私は先生に背を向けて廊下を走り道場を目指した。

 正体のわからなかった「最後のギミック」は自分たちに近い存在であることを知って、さっきの面談の内容を振り返るよりも嬉しかった――。


「倉泉ぃ」

後ろから聞こえる声に足を止めて振り返った。

「廊下は走ったらあかん」

「はーい!」先生の言う事は聞いているのに、私はしっかり廊下を走り抜け道場に戻った――。

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