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悠里17歳  作者: xxx
第三章 「離」の巻。 何にでもなれる。そして、自分らしく-―。
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10 S'H'Y on stage

 文化祭当日、学校はところどころで綺麗にデコレートされ、運動部の部活も勉強もみんな一休みしてそれぞれが学校の中の出し物を見て回っている。

 文化系の部員は今日が本番と言う人も多い、そして私たちも秘密裏に進められた活動は本番を迎える。本番前の緊張感、捉え方は人それぞれだろうけど、自分的にはこのドキドキ感が好きだ。いざ始まってしまうとあっという間に終わるのでもったいないくらいだ。


 ステージ発表も予定通り行われている。実行委員のサラは舞台裏で司会進行の役を勤めている。これも計画のために彼女がゴリ押した。私も千賀先生もこの恩恵に預りサラと一緒に舞台裏にいる。

「緊張、しとう?」

先生は目の前で今現在ステージで演奏している晴乃に代わって先生が同じようにベースを合わせながら、同じく幕の内側で既にギターを用意してチューニングを始めている私に問い掛ける。

「少し。でも、試合前の雰囲気に似て気持ちいいです――」

と答えたら横にいるMMと一緒に顔がほころんだ。それも同じタイミングで。

「やっぱおまえ、『ギミックの妹』やわ」

MMが私の肩を笑いながらバシバシと叩く。何で笑いだすのかは聞かずともわかるが先生が補足してくれた。

「おんなじ事をいってたよ、倉泉は」

緊張を楽しいものと思う。それは自分のお兄ちゃんも確かに言ってた。やっぱり兄妹って似るのだろうか。そのあと二人は揃って、

「ここでそれが言えたら問題ないよ」

と言っていたが聞こえていなかった。とにかく気持ちが気分よく高ぶっていた――。


   * * *

 

 吹奏楽部の演奏が終わり幕が降りた。私とサラ、そしてギミックの元メンバーの二人は誰もいなくなったステージに立ち、シュミレーションした通りに機材のセットを始める。それから、幕が下ろされた向こう側のモニターを見ていると、帰って行く者が少し、一部の生徒はひょっとしたらあるかもしれないライブに期待して隣どうしで雑談をしているものも多い。

「MM、どうしよう。帰っていく人がいるよ」

私はギターを掛けながらちょっと不安になってMMの黒い頭を見上げると、隣にいた郁さんが晴乃のベースを持って学校では絶対に見せないような表情でニカッと笑っている。

「心配するな、こうしたら帰って来るよ」

郁さんはそう言ってアンプに繋いだベースを数回弾いた。すると幕の向こうからざわめく声が少しだけ聞こえてきた。

「ライブ直前のこの雰囲気――、うーん、たまらん」

 自分に痺れる郁さんを見たあと、それから私は後ろにいるMMの方を見ると仕切りに右手を上下するジェスチャーをしている。


   ジャーーーン……


 一回だけ開放で全弦を鳴らした。そしてそれに答えるように後ろからバスドラムとスネアの音が聞こえた。振り返ってサラの顔を見てお互いが笑顔になった。

 すると幕の向こうがにわかに騒ぎだしたのだ。足音が確実にこっちに向かって来る音がする。

 MMは「気持ちいいだろう」と聞くような顔で腕組みをして頷いている。後は先ほど大役を終えた晴乃が来れば幕は上がり本番が始まる。私は胸にぶら下げた「守破離」を握り、下がった幕に向かってもう一度ギターを鳴らすと今度は確実な喚声が向こうから聞こえてきた。

 私の後ろからベースの音が聞こえ出した。この音の入り方は見なくても分かる、晴乃がステージに来た。私は振り返り、その顔を見るとこれから始まる大騒ぎにも物怖じしない、しっかりとした彼女の顔が私に力と自信、そして安心を与えてくれる。

 ちょろっとだけイントロを奏でると幕の向こうの歓声が否応なしに大きくなってきている。私は前を向いてMMに幕を開ける合図をした。

 そして力一杯ギターを掻き鳴らすとベースもドラムも続いた。

「さあ、行くよ!……みんな、そして私。自分の殻を打ち破るのだ!」

 自分にもう一度檄を入れ、テンションが溢れだす瞬間に幕が開かれた。


   アァーーーーーーッッ!


 乱雑に打ち鳴らされるドラムとベースに混じって私は前に向かって剣道で鍛えてきた声にも歌にもならない声で叫んだ。席を立ち、ステージの目の前に集まった生徒たち。ここにいるみんなは誰もが毎年「来るぞ、来るぞ」と期待して現れなかったこの場面を期待してた者たちだ。みんなも私の叫びに応えてくれて、叫び声や指笛が開場にハウリングして会場は上を下への大騒ぎになった。


 サラがシンバルを鳴らす。私と晴乃は続いて弦を弾き、観衆が盛り上がるのを見ながらスタンドマイクに口を当てた。



   欲しいものがあるのなら

   自分の手でつかめばいい

   与えられるものよりも

   勝ち得たものの方がいい

   ずっといい  

   絶対に 


   行きたい所があるのなら

   自分の足で進めばいい

   伝えられるものよりも

   その目で確かめた方がいい

   ずっといい

   怖れないで


 緊張のステージ。だけど不思議に周囲が見えている。クラスメート、剣道部の後輩、そして篠原君もいる。みんなステージの最前列に寄ってきて私たちの演奏を盛り上げてくれている、というよりも全体が一つになっている。スタジオで練習するよりも、ずっとずっと気持ちがいい。二曲目、三曲目と私たちは間髪入れずに続けて演奏を続ける。会場は疲れるどころか、逆に勢いが増してくるのが上から手に取るように見えた。



 最後は個人的に今までの感謝を込めてギミックのカバーでしめると決めていた。私はステージの左脇にいる郁さんとMMの方を向いて、イントロのリフを少しだけ鳴らしてみせた。

 ドラムから始まる曲なのに後ろから予定にないベース音が続く。ここはアドリブを入れるところでないと思った私はビックリして後ろを向いた。

「誰……?」

振り返ると明らかに晴乃と違う人がベースを弾いている。顔は……、うつむいていてわからないけど同じ制服を着ている。ステージが眩しくてこの距離では個人の判断ができない。

 私がベースを弾く彼女に近づこうとしたその瞬間、晴乃にはまだ出来ないレベルの高速ベースが見事なラインを刻み出すと、会場はさらに大騒ぎを始めた。

「もしや……」

聞いたことのあるサウンド、冷静になってベーシストの容姿全体を見ると、彼女……じゃない。この人は?


「お兄ちゃん!?」

 ここがステージの上であるのも忘れ大声で叫んでしまった。だってそうでしょ?こんなところで、そしてそんなカッコで。

「よっ」

 顔を上げると疑問は確信になった。ステージに立っている女子高生「風」のベーシストは私の兄にして若者の間で少しは名の知れたバンド・NAUGHTのボーカル兼ギター、倉泉陽人ことGreg Kuraizumiであることがわかると会場からドッと笑う声と大歓声が聞こえた。

「『よっ』ちゃうよ。何で?」

「心配やから見に来てん」 

 お兄ちゃんは慌てる私を無視してステージ前に立つと観客席がにわかに騒ぎ始めた。  

「どーも、妹がお世話になってます」

沸き起こる大歓声。さすがにステージでの観客の煽り方を知っている。

「こいつね、俺も高校ん時出来んかったことやりよるねん。それが悔しくて来ました」


「後輩の皆さんに一曲、演奏したいと思います」

 会場が騒いでいるのも気に止めずお兄ちゃんがベースでイントロを弾き始めると騒ぎは一気に収まり歓声に変わる。サラのドラム、そして晴乃もいつのまにか自分のギターを持って、ギミックの曲を演奏し出した。長いイントロが流れ出すとからだは条件反射的に何をするのかわかっているうえ、お兄ちゃんの厳しい目線が私にそれを促す。

「歌うねんで、悠里が」

「わかっとうよ」

 何が何だかわからない、だけど今だからできることを思いきりできることは楽しい。単なる自己満足ではなく。少しでもそれが伝わればと思い私はマイクの前に立った。目の前に見える生徒たちは私が歌い出すのを待っている。それを感じることが出来る自分がとても幸せだ。

 それから私たちはお兄ちゃんのアシストもあってアンコールが続き、持ち歌を次々とマイクに向かって叫び続けた。何曲歌ったか、どこかで音を飛ばしたこととかそんな細かいことはどうでもよくなっていた。ただ、私たちはステージの上でその気持ちの良さに我を忘れて歌い続けた――。

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