2 異郷のきょうだい
出発からおよそ半日、目が覚めると飛行機はアメリカ・LAの空港上空をゆっくりと飛び、着陸の準備を始めていた。昨日出発したのに、
同じ日のほぼ同じ時刻に到着するのだから時差っていうものは不思議だ。もう一回3月24日を繰り返すのだ。窓から見える街並みはテレビや
映画で見るアメリカの街そのものという感じで、来るものを広く受け容れようとする雰囲気がある。私にはこの国の血が流れているはずなの
に、私の目に映るものは懐かしさでも憧憬でもなく、テーマパークのような単なる別世界だ――。
10年前、最後にここへ来た時の事を思い出す。当時はまだ小学校二年に上がる前だった。横にいるお兄ちゃんも中学に上がる前で、お姉ち
ゃんが今の私の年齢の頃だ。あの時は家族五人での大移動で、きょうだいに付いて行くだけで言葉がわからなくても楽しかった。今もきょう
だいの背中を追いかけているのに違いはないけど、あれから家族はバラバラになった。
* * *
「悠里、覚えとうか?」
入国のゲートが見えたところ、前を歩くお兄ちゃんの足が止まった。今度は学習したので私も足を止めた。
「うん、入国は一緒でしょ?お兄ちゃん」
「そうそう」
入国のゲート、アメリカの入国審査はとても厳しいというのを日本で聞いたことがある。多くの人に門戸を開いている半面、良くない者も
少なからず侵入する現状がある。だから入ってくる者には容赦しない。
私は延々と続く行列に並び審査を待とうとすると、お兄ちゃんが私の肩を叩いた。
「おいおい、うちらはあっちのゲートだって。行く時言うたやんか」
私は兄の差す先を見た。ゲートには「U.S. citizens」とある。そうだ、私はここでは「合衆国の国民」ということになるんだった。全く実
感がないけど。
普段は冗談も交えて話す兄もここでは雰囲気が真面目になる。出入国というものはそれだけシビアなものであることを無言で教えてくれる
。出国は別だったけど入国は一緒だ。私は阿吽の呼吸で兄の調子に合わせ、おとなしく合衆国のパスポートを胸の前に出した。
厳しいのは外国人の入国のことか単独の帰国かハッキリしないが、私たちは簡単に入国(正しくは帰国?になるのかな)できた。それから私
とお兄ちゃんは軽く食事をしたあと、ここから乗り継ぎでワシントン州の方へ行ってしまう兄を見送った。あとで聞いたことだけど、身内で
ゲートを通ると審査は比較的楽に通るらしい。
「じゃあな、悠里。LA着いたら連絡するよ」
「うん、ここまでありがとう」
お兄ちゃんは帽子を高々と上にあげトランジットの方へ行ってしまい、私は本当に異国で一人ぼっちになってしまった。
よくよく考えてみれば、私はこの国のパスポートでこの国の国民として入国した身分なのだ。正しく言えばここは異国じゃない。法的には
ここは「自国」ということになる、アメリカ生まれのお兄ちゃんにとっては帰郷と言えるかもしれないけど、はっきりいって私にとってここ
は異郷だ――。
予定では出発前から一人だったところをここまでお兄ちゃんが一緒にいてくれたのは本当に心強かった。本当ならメンバーの輝さんとジェ
フリーの三人でシアトル入りするところを海外の雰囲気になれていない私のためにバンドには無理言って合わせてくれた。
「仕方ないやん。母さんもお姉も悠里に付き合ってあげてって言うんやから」
って飛行機の中で突き放した言い方をするのを何度も聞いた。でも本当は私のことを一番心配してわざわざお母さんの手配に相乗りして便を
変えたのを知っている。
「ありがとう、お兄ちゃん」
私は姿の見えなくなった兄にもう一度感謝して後ろを向き、出口の方つまり、倉泉悠里のもう一つのルーツである国、アメリカ合衆国の街
の方を向いた。
「ビビったってなんにもでけへんぞ、悠里!」
自分に強く言い聞かせ、両手で自分の頬を叩いた。そして力強くカートを握りしめ前に一歩突きだした。
*
私の眼前に往来する人の大きさと人種の多用さと聞こえてくる言葉の種類はすざましい。視覚と聴覚だけでなく、日本にはない匂いも感じ
る。私はこのなんとも言えないごちゃ混ぜな雰囲気に圧倒され、不安が自信に襲い掛かる。日本で私はたまに日本人扱いされない時があるが
、この国ではいろんな種類の人がいて、それに加えてみんなサイズが大きいので私なんか全然目立たない。
日本から持ち込んで来た荷物をカートに乗せて押しながら、あらかじめ聞いていた出口の番号を空港の職員に教えてもらいゲートを目指し
た。徐々にではあるが耳も舌も段々と慣れてきて、私の英語が理解されている実感が出てきたと同時に自信が不安に反撃を始めた。
出口の通路、到着を待っている家族、友人、旅行会社の人、それぞれが通り過ぎる人の顔を確かめている。そのどれもが目的の人物を発見
すると急に電灯がついたようにパッと表情が明るくなる。待つ人も来る人も、その顔で旅の疲れが癒される――この風景が好きだ。
私も待っている人を探した。日本人は少ないからすぐ見つかるだろうと思っていたら大間違いだった。確かにアジア系は少ないが、どの人
も身体が一回り小さいので、大柄な白人と黒人の姿ばかりが目立つ。それだけに私はさらに不安になってきた。
そんな沈みかけたところに、人混みの中でひょろっと銀色のバルーンが浮かび上がった。子供が風船を飛ばしてしまったのかと考えながら
ただそれを見ていると、その足に何か書いてあり、見慣れた文字に自然に目が止まった。
「えっ?あーっ!」
私は思わず声を出して風船を指差した。
ようこそ ゆーりねーね!
ここアメリカでこれを見てホッとするのはごく少数の人間だけだ。なぜならひらがなで書かれているから、日本語を理解できる人にしか読
めないのだ。こういった場合は縦書きの日本語が分かり易い。私はアドバルーンのようにロビーに浮かぶ風船に向けて、カートをめいいっぱ
い押した。
「きーちゃん!」
「ゆーりねーね!」
私は駆け寄って来た、黒髪の日本人の小さな男の子を抱き締めて、すぐに抱き上げた。
私を風船で迎えてくれたのは西守聖郷、3歳になる私の甥っ子だ。つまり、私はこの年にしてもう「おばさん」とい
うことになる。
「きーちゃん、元気してた?」
「ねーね、大好き」
聖郷の唇が私の右頬に到着を歓迎してくれた。私も彼の柔らかい頬にお返しをすると、両手をバタバタ振って喜んだ。
「悠里、長旅お疲れさん!」
「お姉ちゃん」
聖郷の後ろからヨタヨタと歩み寄ってきたのは西守朱音、11歳年の離れた私の実のお姉ちゃんだ。
「悠里ちゃん、よく来たね」
「篤信兄ちゃん」
お姉ちゃんの横には旦那さんである篤信兄ちゃんもいる。私は篤信兄ちゃんに抱きついたあと、お姉ちゃんの大きなお腹に耳を
当てた。すると叔母の声が聞こえたのか、お姉ちゃんのお腹は内側から元気よく動くのが感じられた。
お姉ちゃんのお腹には今、新しい命がある。
「この子も悠里を出迎えてるみたいよ」
「あはは、こんにちは」
私はお姉ちゃんのお腹に耳を当てたまま手でお腹を擦ると、またまた元気な挨拶が帰ってきた。
義兄に当たる篤信兄ちゃんは、誕生日と干支がが私と同じなのでピッタリ一回り年上だ。去年まで日本の病院で医師として働いていたが、
昨秋に思うところがあって病理の研究をするためアメリカの大学に行くことになりここに移り住んだ。そして私が剣道を始めたのは、高校の
大先輩でもある篤信兄ちゃんが道場で稽古しているのに憧れたのがきっかけだ。生まれる前から私の事を知っている義兄はもう一人のお兄ち
ゃんみたいな存在で、お姉ちゃんだけでなく私にも本当の妹のように優しくしてくれる。
二人は幼馴染みで、物心ついた頃から一緒だった。西守家の実家は西守医院という診療所で私の家の近くにあって、外縁ではあるが親戚筋
なので家族ぐるみでの付き合いが今もある。これまでお姉ちゃんが小さい頃アメリカに住んでいた時、篤信兄ちゃんが東京の大学に行ってい
た間二人は離れていたが、その遠距離を乗り越えてゴールインした。
まるでこうなることを運命付けられていたかのように二人はお似合いのカップルだと思う。私もこんな恋愛ならしてみたい、そんな幼馴染
みもいないのだけど。
私は三人に歓迎され、長旅の疲れも一人の不安も吹き飛んだ。外へ続くゲートの向こうには私のルーツがある。
「さぁ、行こうか。疲れたろう、悠里ちゃん?」
「大丈夫。お兄ちゃんに言われてさっきまでずっと寝てたから」
「そうだ、陽人は?」
「乗り継ぎでシアトルに行っちゃったよ。来週寄れたら寄るってさ」
「なかなか頑張ってるみたいだね、陽人君も。こっちのテレビや雑誌に出てたよ、小さくだけど」
篤信兄ちゃんは私に代わってカートに手を掛けた。手が空いた私は聖郷の手を引いて篤信兄ちゃんの後を付いて行くことにした――。
ゲートの先にはアメリカの日常がある。どんな世界なのだろう、自分のDNAに共鳴する部分はあるのだろうか?期待と不安がおしくらま
んじゅうする胸の内を感じながら外を見た。神戸より緯度が高く、まだ三月だというのにここの空気は私の故郷より暖かく感じた――。
*
「それじゃ、僕はここで……」
「どこ行くの?」
「学校だよ。また明日な」
私たちの車が家に着くと、篤信兄ちゃんは車から降りることなくそのまま大学に行ってしまった。今日は私が来るということで研究を中抜
けしてわざわざ来てくれたようだ、お腹に赤ちゃんがいるお姉ちゃんに空港までドライブさせたくなかったのだろう。
現在の西守家は空港から高速道路を経由しておよそ一時間の郊外、トーランスという街にある。典型的な中流階級の住む一軒家で、お姉ち
ゃん曰く小さい頃に住んでた家みたいなところだとか――。
「さ、入って」
私は姉の催促と聖郷に手を引かれ、玄関をくぐった。
アメリカ式の家なので玄関に土間はないが、入ってすぐに靴箱がある。篤信兄ちゃんもお姉ちゃんも家に帰ったら靴を脱ぐという習慣は変
わらないようで、家の中では裸足かスリッパで移動する。そのために床はしっかりと絨毯が敷かれていて日本の家と変わらず靴を脱いでも快
適だ。
長旅からやっと一呼吸ついてリビングにあるソファに座るとすぐさま聖郷が私の膝に乗ったかと思えば、急に動きが鈍くなり、何だか身体
が暖かくなりだした。
「悠里、きーちゃんは?」
キッチンカウンター越しにお姉ちゃんが呼び掛けるけど、聖郷はいつの間にか私の膝ですっかり熟睡している。小さな身体で思い切り歓迎
してくれた甥っ子は会ってから私にベッタリだ。
「あらあら、この子はホンマに悠里が好きみたいね――」
「篤信兄ちゃん見たら妬くかな?」ちょっと意地悪な質問をしてみた。
「たぶん、拗ねるよ」
私は笑いながら膝で寝ている甥っ子の頭を撫で撫でした。
聖郷が私になつく原因はちゃんとある。
そもそも西守聖郷は私と同じ神戸生まれだ。当時お姉ちゃんたちは東京に住んでいたけど里帰り出産で帰ってきた。間の悪いことに私以外
の親戚が誰もいない時に陣痛が始まり、私が119番に電話して姉妹で救急車に乗った。
お姉ちゃんの希望もあって私もなぜか出産に立ち会うことになり無事に聖郷を出産、お姉ちゃんは放心状態で、生まれたての聖郷を確認し
て眠るように失神し、西守家(倉泉家もそうだけど)の初孫を最初に抱っこできたのは何と当時中学生の私だったのだ――。そんな光栄な出来
事が証拠というわけではないのだろうけど、聖郷は篤信兄ちゃんに負けないくらい私になついている。
聖郷を見ると我が子のような愛情が湧く。西守家がアメリカに行くと聞いた時、喜ぶべきことなのに、聖郷と別れることでお互いに声を出
して大泣きしたことが懐かしい。この感情が母性であるとすれば私も何となく理解が出来る、まだ16歳だけど。初めて見た動くものがお母さ
んと思う「刷り込み(imprinting)」という現象が人間にもあるなら、聖郷は私を母と思っているのかもしれない。お姉ちゃんが11歳年下の私
を育ててくれたように、私も聖郷のお母さん役ができるなら是非体験したい。
*
「どう、アメリカの雰囲気は?って言うても来たばっかよね」
お姉ちゃんはテーブルの上に私が好きな熱い緑茶を置いた。私が来るのを聞いてリトル・トーキョーで買ってきてくれた。私の好みを今も
覚えてくれている。
「出入国がややこしいよ。両方のパスポートがいるなんて何か変」
「そっか、悠里はまだ二重国籍なんやね」
昨日、ではなくて日付で言えば同じ日、兄と妹では違うゲートで出国してきたことを思い出した。当然国籍を選択する年齢に達しているお
姉ちゃんにも質問したくなった。
「お姉ちゃんは合衆国のパスポートは持ってないの?」
「うん、ないよ」お姉ちゃんは自分のお腹を擦った「私は篤信君と結婚したときに日本国籍を選んだ」
「それは何で?」
「もちろん、篤信君のお嫁さんだからよ」
しっかりした目でお姉ちゃんは答えた。何の迷いもない、素晴らしく透き通った気持ちが瞳に見える。
「まぁ、私の場合は『永住権』があるから合衆国の国籍にはこだわりはなかったんやけどね」
この国では国籍とは別に永住権というものがある。そもそもが移民の国だから一定の要件を満たせば永住権は得られるし、お姉ちゃんの言
うように国籍にこだわらず、この国で生活している外国人は、日本と比較にならないくらい多い。
近年では権利の取得は難しいようだがアメリカ人の子である私たちには永住権を得ることはそう難しくない。
では私がふたつ持っている「国籍」って何だろう――。
「陽人はアメリカ国籍を取ったようね」
「そうみたい。出国の時ちょっとビックリした。きょうだいなのに国籍が違うってのも、なんか複雑――」兄はなぜアメリカ国籍を取ったの
か理由は直接聞いたことがない。それって結構シビアな内容だし、私からも聞きづらい。
「陽人も永住権はあるのにねぇ」
逆に考えればお兄ちゃんはアメリカ国籍でも日本の永住権がある。二人は住んでる国と国籍があべこべで何ともややこしい――。
姉は日本人、兄はアメリカ人、そして私は両方の国籍がある。同じ父と母の間から生まれてきたのに何で三者三様になっちゃうのだろう。
「とにかく、ここ(アメリカ)にいるなら覚えときな。この国は基本的に自由よ。ただ――」
「ただ――?」
「自由(liberty)と一緒に責任(responsibility)がついて回るの」
会話が突然英語に変わった。自由(freedom)ではない自由(liberty)を言いたいのは私にもわかった。私の日本語では単語で訳せば同じ「自
由」だけど、前者は「生まれながらにある」自由で後者は「権利として勝ち得た」それが行間にある。
「自由は法律で保障されている、ただし責任の無いものには何の助けもない。シビアな社会である反面、曖昧なところがないのがスッキリし
ている。そこが合衆国の良い点であり、悪い点でもあるのよ」お姉ちゃんは私の横に座り、優しい手で聖郷の背中を擦った。
「悠里はどう思ってるの?」
それは数年後に来る、国籍の選択についてだ。
「うーん、今の自分は日本人である方がしっくりくる。アメリカ国籍ってただ持っとうくらいの気持ちしかないし――」
「悠里は生まれも育ちも合衆国じゃないからねぇ」
お姉ちゃんが微笑む。私と違ってお姉ちゃんはアメリカ育ちだ。四歳の頃から六年、初等教育もこっちで受けているから、私の定義するア
メリカ人っぽい考え方をしていて、同級生のサラと似通ったところが多い。
「うん――」熱いお茶をすする「自分は何者なのかを知るために悠里はここに来たんだ」
「その年で国籍について考えられる事はとてもいいことやと思うよ」お姉ちゃんはニコッとした「私は結婚するまで深く考えたこと、無かっ
たもん――」
お姉ちゃんが私の年の頃といえば家庭が崩壊してた時期だ。当時私の世話を含めてそんな事を考える余裕も無かっただろう。お姉ちゃんは
誰のアドバイスもなく自分で自分の国籍を選んだ。それを言うならお兄ちゃんもだ。
姉は日本国籍、兄は合衆国の国籍を選んだ。目の前に良いお手本となる存在がいる末っ子の私は恵まれている。
「自分の意思で選ぶことができるのは良いことと思う。そこに自分の『責任』があるもの――。この子だってそう、両親と違ってアメリカ人
になるのよ」
お姉ちゃんはお腹に手を当てた。聖郷のきょうだいは生まれる前から二つの国籍が用意されている。きょうだいで国籍が違うのは私たちだ
けでなく、姉の子供たちも同じだ。
「とにかく、悠里がどの国籍を取ろうと悠里は悠里、私の妹よ。もちろん陽人もだけど」
「うん、お兄ちゃんも同じこと言っとった」
「質問があれば何でも答えをあげる、でもどっちの国籍を選ぶのかは悠里が決めなさい。よく考えてね、時間はまだまだあるよ」
これがお姉ちゃんの言う「自由に伴う責任」なのだろう――。この国の国民であること、国籍とは別に、この国で生きるには一定の責任が
必要である。16歳の私には重く感じるけど、母のように優しい顔をしているお姉ちゃんを見ると不思議とそれについて気付いていることがい
いことであると思えた。




