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第五話




「……………夢………?」


目が覚めた時、何よりも早く真っ白な天井が見えた。


「階段から落ちる夢なんて…、最悪やわ……」


起き上がろうとシーツに手をつく。

その時、掌に痛みが走った。


「っ」


何かと思い、視線を手に移す。手には包帯が巻かれていた。


「こんなもんいつ…………」


ふと、周りに目を向ければ見慣れない棚があった。

棚だけや無い。テレビや水道なんかも、全て見慣れないものやった。

それどころか、この部屋自体可笑しかった。


「……夢や…無い………?」


階段から落ちたんは、現実の世界で起きた事…?

って、事は


「病院…か……」


それならこの部屋自体に馴染みが無くても分かる。

私は怪我をしてないと見れる左手をシーツにつき、上半身を起こした。

そしてもう一度室内を見回す。えらく殺風景で、チリ一つ落ちていないと思えるほど綺麗やった。かすかに、アルコールの匂いもしている。

そんな事を考えていると、ドアノブをまわす音がした。

音がした扉を見ていると、数人の男女が部屋に入ってきた。


「石井……」

「っ!?」

「何で驚いてん?」


名前を呼んだ瞬間、目を見開いて驚く石井。

その後ろには、浩二さんと浩一さんの姿もあった。


「浩二さんと浩一さんも……って、何で坂木も居んねん!?」

「え…………」

「『え』って何やねん……?」


意味の分からんリアクションとられても、困るんはこっちやってのι

そんな事を思っとると、浩二さんが眉間にしわを寄せながら近寄ってきた。


「雪野……一寸、聞いてええか?」

「…険しい顔してなんですか?」

「ええから。今から言う質問、全部答えてみぃ」

「はぁ」


一体全体なんなんや?

意味がわからへんまま、私は浩二さんの質問に答えることになった。


「その一・石井の下の名前は?」

「美野里でしょ。ソレくらいしってますよ」

「ほな、コンビ名は?」

「コンビ名?『最後通牒』に決まってるやないですか」

「ほな俺らのコンビ名は?」

「『ブラザーズ』」

「ほな、坂木の相方とコンビ名は?」

「『福田』と『メビウス』」

「ほな最後や。戸松がコンビでしてた頃のコンビ名は?」

「『デッド・ボーン』」

「…………………」

「一体、何なんですか?」


当たり前のように分かる質問をされ、余計に意味が分からんなってきた……。


「あんな、雪野……驚くなよ」

「…なんですの?」

「お前、記憶喪失やってんで……」

「記憶喪失…ですか………?」


そんな冗談…と、一瞬思ったが、浩二さんの真剣な顔つきを見て、喉まででかかったその言葉を飲み込んだ。

記憶喪失?

せやから、私が皆の名前呼んだとき、あんな反応したんか?

それに、あの当たり前の質問も、私の記憶が戻った事を確認するため言うたら、理解できるわな。


「まぁ、記憶が戻ってホンマ良かったな!」

「そうですね」


にこやかに微笑む浩二さん。そして他の三人。

あれ…そういや………


「戸松さんは…?」


いつもはうっとおしいぐらいに引っ付いてくるのに、今日に限っておらん。

本来なら、いの一番に駆けつけてそうやのに……。


「戸松……か…」

「そうですよ。戸松さんは?」

「……………実は……」


その時、さっきまで一言も喋らんかった浩一さんが口を開いた。


「浩二。言うよりも、見せたほうがええと思うで」

「幸一…」

「な、皆そう思うやろ?」

「はい…」

「そうですね」

「ほら、皆の意見は一致したんやし……」

「……分かった。…雪野立てるか?」

「え?あ…はい」


重苦しい雰囲気の中、私は言われるがままにベッドから身体をおろした。

私の靴は、ベッドのすぐ傍においてあった。

私が靴をはき終わる頃には、浩二さん以外廊下に出ていた。


「雪野…いけるか?」

「あ、はい。大丈夫です」

「そっか……」


そういうと、浩二さんは私に先に廊下へ出るように示した。私は示されたとおり、廊下へ出る。

続いて浩二さんが出てきた。

浩二さんは扉をゆっくりと閉めると、浩一さんに目で合図をした。


「ほな、行こか」


浩一さんに誘導され、私たちは廊下を歩いた。






病院内を半周ぐらいしたと思うところで、浩一さんの足が止まった。


「ここや……」

「ここって、病室…ですよね?」

「せや」


一体どういうことや?戸松さんが此処に居るって事なんか?

私は首をかしげドアノブに手をかけた。

そしてゆっくりとノブを回し、扉を開く。

すると中には白衣を着た医者と、一つのベッドが見えた。

よく見ると、ベッドには誰かが寝ているのか布団が膨らんでいる。


「雪野さん…ですね」

「そ、そうですけど…」


医者の先生に名前を呼ばれ、一瞬戸惑った。


「残念でした」

「残念て、一体どういうことですか?」

「……見たら分かるわ」


医者への質問に対し、浩二さんが答えた。

私は訝しく思いながら、先生の横をすり抜けベッドの前に立った。


「っ!?」


ベッドの上の人間は、顔に白い布をかけられていた。

これって…もしかして…………


「それでは…失礼します…………」

「あっ、一寸!!」


先生を引きとめようと声をかけたが遅かった。

先生は部屋から消え、扉を閉めた後の余音だけがむなしく残った。


「浩二さん………」


私は先生の代わりにと、浩二さんに顔を向けた。しかし、すっと視線をはずされてしまった。

私の脳内では、考えたくない答えが浮かんでいた。

まさか…ね………。

そう思いながら、ベッドに横たわっている人間の顔の布をゆっくりとのけた。

するとそこに見えた顔は、紛れもなく戸松さんの顔やった。


「戸松さん……!?」

「…雪野庇った時、打ち所が悪かったらしいわ………」

「私を庇った時……?」


それってまさか………


「お前が、階段から落ちたときや」

「そんな……」


私を庇って、戸松さんは死んだって言うの?

せやから私は、軽傷ですんだってわけなんか……?


「戸松…さん…………」


眠っているようにしか見えへん。

それやのに…、もう死んでるって言うんか………?


「戸松さん、嘘でしょ?ねぇ、起きてくださいよ。戸松さん!!」

「雪野!!」


揺り起こそうとする私を、浩二さんは引き止めた。

そして、無言でゆっくりと首を横に振った。


「戸松…さん………」


よりにもよって、人が記憶喪失のときに死ぬなんて…。

そのうえ、私を庇って死ぬなんて……。


「…戸松さん……」


目の縁から熱いものがとめどなく溢れ出てくる。それは止めようにも止められへん。

私はその場に膝を崩してしまった。

いつも楽しそうに笑ってて、しつこいぐらいに人にくっ付いてきてて。

それでも………、それでも私は、本心では嫌ってなかった……。

こんなことなら面と向かって『好き』って、言うべきやった。

こんなことになるぐらいやったら………


「大好きでしたよ……戸松内さん…………」

「俺もやで。雪野……」


アカン…幻聴まで聞こえてきた……。


「雪野」


名前を呼ばれると同時に、いきなり誰かに抱きしめられた顔をあげるとそこには、いるべきでないはずの人が居た。


「戸松……さん…?」

「ただいま、雪野」


にっこりと微笑を浮かべる戸松さん。

それは幻覚でもなんでもなく、本物に間違いなかった。


「泣くほど悲しんでくれるとは予想が……いっ!!」

「そんまま死んどけぇ!!!このボケ!!」


私は戸松さんに思い切りアッパーを食らわせ、腕で涙を拭い取った。

そして後ろにいる浩二さんたちを睨みつけた。


「浩二さん……、コレ、どう言う事ですか?」

「いや、まさか此処までひっかかるとは……な!」

「そ、そうですよ」

「いやぁ、まさか此処までとは……」

「驚きですよね」


慌てた様子の四人。

私の怒りは頂点に達していた。


「あ、アカン!そろそろ仕事やから俺ら帰るな!!」

「ほなな!!」

「あ〜せや、俺も彼女とのデートがあるんや」

「ウチも用事あるから帰るね」


完全に嘘やと分かる理由を適当に並べ、四人はさっさと病室から出ていてしまった。

私はあの四人にぶつけることが出来なかった怒りを、戸松さんに全てぶつけることにした。


「戸松さん。どういう事ですか……?」

「い…いや、雪野を一寸驚かしてやろうか…なんて、思うてさ」


戸松さんいわく、今回の出来事(階段から落ちた事)で私の記憶が戻るかもしれない、ということを先生から聞いたらしい。それで今回のドッキリを考え付いたのだという。

態々、医者の先生にまで協力してもらって…………。


「あなた、ホンマに阿呆でしょ」

「阿呆って言うなて」

「阿呆は阿呆でしょ!こんな馬鹿な事考えて!!」

「御免、御免」

「ホンマに…怖かったんですよ………」

「え…?」


白い布かぶってて、医者の先生も深刻な表情で。

浩二さんたちも、ほとんど何も言わんで。


「ホンマに死んだと思ったんですから………」

「……雪野…」

「戸松さんの…阿呆………」


さっきまで止まっていた涙が、再びあふれ出そうになった。

その時、再び戸松さんに抱きしめられた。


「……御免…」

「謝っても……許しませんよ………」

「かまへんよ……。でもな、一つだけ聞いて欲しいんや」


少し間をおいて、戸松さんは話し始めた。


「雪野が記憶失くした時、凄く怖かった。もう二度と記憶が戻らんのやないかって」

「……………」

「先生が一時的や言うても…、それでも俺は先生の言葉、信用できんかった」

「……………」

「せやから…、記憶戻って、ホンマ良かった」


その時、戸松さんの腕の力が強まった。

息苦しく感じて、どけて貰おうと思った。せやけど、私は何も言えず、代わりに私も戸松さんの身体に腕を回した。


「お相子…ですね」

「せやな」






「一先ず、雪野の怒りも納まって良かったな……」

「あのままやったら、ウチら完全に殴られてましたよ…ι」

「怖いですね…ι」

「坂木はいっつも殴られとるやろ」

「いっつもて、酷いですね…ι」


てっきり帰ったと思われていた四人は、こっそりと廊下で聞き耳を立てていた。


「ま、俺らはこのまま帰るとしましょうか」

「賛成!」

「せや、先生に、三十分ぐらい部屋入らんといてくださいて、言うときます?」

「そのほうがええかも」

「ほな、それ言うて帰ろか」

「おぉ!」


こうして、雪野の記憶喪失は治ったのであった。




以上でこの話はおしまいです。

楽しんでいただけていれば、嬉しく思います。


それでは、失礼します。

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