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第四話




あんなことがあってから、早くも一週間が経過した。

その一週間の間は、誰かと一緒に遊びに行ったり飲みに行ったりと、忙しい毎日やった。

そしてその『誰か』も、全員私が知らん人ばかり。なのに、皆親しそうに私に話しかけてくる。

訳分からんわ………。


そして今日も、一本の電話のせいで、一人の時間を過ごすことが許されなかった。


「ゆっきの〜〜!!」

「大声で呼ぶな!!」


大声で人のことを呼び、嬉しそうに駆け寄ってきた男、戸松。

こいつのせいで、今日もゆっくりとする事が出来ん。


「雪野、来るの早いなぁ」

「あんたが遅いだけやろ」


現在の時刻は1時。

待ち合わせの時間ぴったりの時刻や。


「そうやろか…?まぁ、一先ず飯食いに行こ!!」


物事を深く考えないタイプ。

目の前の人間がそのタイプだという事に気づいたんは、2,3日ぐらい前からやった。

戸松は私の手をつかみ、真っ直ぐ、駅のほうへ向かって歩き出した。その行動にも今では何故か慣れ、最初の頃のような嫌悪感は全くではないが、感じんようになってきていた。


「あんな、近くに美味い饂飩屋あんねん」

「それ前にも聞いたし、その店行ったやんか……」


そんな他愛のない会話をしているうちに、戸松が言っていた饂飩屋へと着いた。

お世辞にも綺麗な店とは言い難いが、味のほうはお世辞無しに、ホンマに美味かったんを覚えとる。


「らっしゃい!!」


店に入ると、店主と思われるおっちゃんの威勢のいい声が聞こえてきた。


「えっとな……、ほな俺は肉饂飩の…大にするわ。雪野は?」

「ん……生醤油・中」

「安上がりやな!!」

「おでん食いたいから、ええねん」


此処の饂飩も美味しかったけど、おでんも中々美味しかったからな……。

そんな事を考えながら、私はおでんを四つほど取り皿に入れた。そして店主?のおっちゃんから饂飩を受け取りレジへと並ぶ。


「肉饂飩の大、生醤油の中、おでん四本……計1370円ね」

「1370……っと」

「あ、別々で……」

「ええって。コレくらいは奢るわ」


前回この店に来たときもそうやった。

私の分の代金まで払われて、結局奢られる形になった。

後からお金を払おうとしても、代金を支払っている男は受け取ろうともせず、結局奢られることになったんやっけ……。

私は心の中で大きくため息をついた。

が、すぐに気持ちを入れ替えて、座れそうな場所を探す。

昼飯時を少し過ぎていたからか、ちらほらと開いている場所を見つけた。

そのうちで一番最初に、窓際の席に目がいった。

レジで支払いをしている戸松をほっといて、私は窓際へと向かった。


途中、セルフの水を汲み、窓際の席へと腰を下ろした。

そして戸松が来るまで、じっと街を歩く人の流れを観察していることにした。


それから少しして、視界の端から物音が聞こえてきた。

顔をそっちに向けると、戸松が席に座ろうと椅子を引いとるところやった。

そして机の前には、肉饂飩の乗った饂飩。どうやら、さっきの物音は盆を置いた音らしい。


「アレ?雪野食べよらんかったん?」

「別に…」

「待っててくれたんや!有難うな!!」

「っ…そんなんちゃうわ」


にこやかな笑顔で素直に礼を言われた私は、一瞬と惑った。

が、すぐに戸松から視線をはずし、醤油のビンを取る。そして自分の饂飩の上にかけた。


「雪野ったら、照れ屋さん〜〜♪」

「煩い死ね」

「ゆきてぃ冷たい……」


一睨みきかすと、戸松は両の拳を顎の下で握り締め、今にも泣き出しそうな表情を作った。

しかし、私はそんなものあえて無視し、饂飩をすする。

そんな私の態度を見てか、戸松も少し寂しそうに割り箸を割り、饂飩を食べ始めた。

それからしばらく二人の間は無言やった。






「せや、雪野。こん後は何処行く?」

「この後?」


戸松に話を振られ、私は箸を止めた。


「うん。どっか行きたいとこある?」

「………別に、特には無いけど」

「ほな、俺が勝手に決めてええか?」

「どうぞ」


何故か瞳を輝かせ、嬉しそうにする戸松。

一体何処に行きたいんや?

しかし、今の私にとっては、そんな事よりも目の前の饂飩が伸びる前に食べきる事のほうが重要やった。残り半分となった饂飩を箸でつかみ、一気にすする。

そして途中、水やおでんをはさみ、5分ほどで残りの饂飩は綺麗に消えた。

戸松のほうを見ると、あと少し饂飩が残っている程度やった。

私は、最後に残っているこんにゃくのおでんをとり、一口かじる。

中まで味がしみてて、ホンマに美味しい。


私がこんにゃくを食べ終わった時には、戸松の器も空になっていた。

空のお椀やコップなどを、返却し外へ出ると、戸松はいきなり私の腕を掴んだ。


「なっ、」

「ほな、行こか!!」

「……行くって何処に」


掴まれた手を振り解き、問いかける。

すると戸松は『ええトコ』と、言って笑った。







あれから電車に乗って、戸松に連れられてきた場所。

そこは、


「水族館……」

「それも、世界最大級のな」


戸松はにやりと笑い、また、私の手を引いた。

入り口付近からでも、館内の水槽が見え、魚の姿が拝めた。

私はじっと、遠くから魚の姿を見ていた。


「雪野。行くで」

「へ?」


少ししてから、戸松に呼ばれる。

そんな彼の手には、入場券と思われる紙が二枚あった。








水族館の中は外よりは大分涼しくて、居心地がよかった。

せやけど…、


「おっ!!雪野、魚が居るぞ」

「水族館なんやから当たり前やんか」

「なんて名前やろなぁ」

「それぐらい、水槽の下に書いとるやろ」


何故か無駄にはしゃぐ戸松。一緒に居るんが恥ずかしいうえに、うっとおしく感じる。

正直、一人で行動したい。

だが、そう言うわけにいかんらしく、一人で先先進もうとしたら、後から戸松が私の名前を呼びながら追っかけてくる。

どうやら今の私には、少しでも戸松が騒がんように、一緒に歩くしかないらしい。


「なぁなぁ、雪野!!」

「名前を呼ぶな」

「ほな、清ちゃん」

「誰が清ちゃんや!!」


名前を呼ぶな言うたら、勝手に変なあだ名を作る。

それがまた、余計にうっとおしい。


「まぁまぁ、そう怒るなって」

「誰のせいやと……」

「あ、雪野!くらげが居るで!見に行こう!!」


そう言って、戸松は人の話を聞かずに、次の水槽へ向かって走り出す。

人の話聞けちゅうんじゃ、ボケ。


外に出したい怒りをぎりぎりの所でとどめながら、戸松が向かった次の水槽へと私も行く。

そこでは早くも戸松が、水槽の中の生物の虜になっていた。


「何が居んねん……」


私も戸松に習って水槽へ視線を移す。

するとそこには、水を漂う半透明のものが見えた。


「くらげか……」


水の中をふわふわと漂うその姿は、さっきまでの怒りのエネルギーを中和する効果があるように感じられた。


「可愛えなぁ」

「せやな」


そのときになってようやく、水族館を楽しむ気持ちになれた。








館内を全て回った頃には、もう6時をまわっていた。


「思った以上に時間かかったなぁ」

「あんたが、見るんに時間かけ過ぎやからやろ!」

「何言うてん。雪野やって、楽しそうに見とったやろ?」

「るさい!!」


なんやかんや言いながら、私と戸松は来る時につかった駅へと向かう。

ホンマはこの後飯に誘われたけど、これ以上、戸松に金出させるのはいい気がせんかったから断った。戸松の奴も、今回は素直に引き下がってくれたから、有難かった。





そして数分ほど歩いたところで、地下鉄の出入口が見えた。

忙しそうに出てくる人や、のんびりと入っていく人。そんな人たちが大量にいた。


「なんか、蟻の巣みたいやな」

「地下やしな」


なんとなく思った呟きに対し、戸松は笑いながら返してきた。


「それに、必死に働いとんも似とるんかもな」

「私から見たら、あんたは必死に働いとるようには見えへんけどな」

「そう?」

「そらそうやろ。此処一週間、毎日遊びまくってて」

「それも仕事のうちやから」

「は?」


仕事のうちって、人と遊ぶことがか……?

その事を聞こうと口を開いたとき、戸松の寂し気な表情が目に入った。

それは、この一週間の中で、二番目によく見かける表情やった。


「さてと、俺たちも蟻の巣に入るとしましょうか?」


でもソレは一瞬で、戸松は再び笑顔で言った。

そして一人先に地下鉄の階段を降りていく。


「ちょっとっ!」


私は慌てて戸松の背中を追いかける。

そして追いついたところで、私は彼の肩に手をかけ自分のほうへ引き寄せた。


「どわっ!!…な、何すんねん!?」

「なぁ。あんた……ホンマに誰なんや…………?」

「誰て…戸松信二」

「名前やない!!私が知りたいんはもっと別の事や!!!」

「別て?どんな…?」

「それは………」


私が知りたいことやのに、答えが浮かばへん……。

口ごもる私を見て、戸松は笑った。


「ないやろ?無かったらええやん。俺とお前はただの友達。それで終わりや」

「やったら…………」


ただの友達いうんやったら……


「やったら、何で此処まですんねん?」


人を態々家まで送ったり、飯奢ったり、いろんなところ連れまわしたり……。


「何で此処まですんの!?」

「……雪野」

「ただの友達やったら、こんな事せんやろ!?なぁ!!」

「雪野はせんでも俺はする。『自分は自分。他人は他人』って言葉しらんのか?」

「……分かった。それやったら、もうあんたの世話になんかならんわ」


私は戸松の肩を掴んでいた手を退けた。

そして戸松の横をすり抜け、早足で階段を下る。


「雪野!?」


背後から私を呼ぶ声が聞こえてきたけど、その声はわざと無視した。


「雪野!!おいっ!一寸、待てって!!」


後ろから追いかけられ、先ほど俺がしたように肩を掴まれた。

俺はその手を振り解こうと身をよじった。


「うっとぉし………!」


その時、見えたのは戸松の顔やなくて空やった。

いや、地下鉄の階段で空なんか見えるはずも無い。

せやけど、私には空が見えた。



『あの日』と同じ、雲ひとつ無い空が………。



「雪野ぉぉぉ!!!!」



  

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