第二話
私が入院してから四日後。
ようやく退院できる日が来た。
「これで、あの阿呆の見舞い地獄から開放される………」
そう、入院していた間。
時間に合間があれば、あの変な男が見舞いに来ていた。
しかも毎回、見舞いの品もちで。「雪野さん、忘れモンないですか?」
「あ、ない……ですね。それに、もともと持って来とるモン自体少なかったんで」
「そうですか。それじゃあ、お大事に」
「どうも、お世話になりました」
軽く頭を下げ、私は病院の自動ドアをくぐった。
するとその目の前に、一台の車とある意味見慣れた顔があった。
「よっ!」
「…………また、あんた……」
散々見舞いに来て、人を苦しめた男・戸松が立っていた。
しかも、満面の笑顔のお出迎えつきで……。
「今日はお迎えや。お迎え」
「遠慮するわ」
「ま、そんなこといわんでもええやろ!!ほら、行くで」
「あっ!人の荷物……!!」
「乗ったら返したる」
「う…………」
持っていた荷物を戸松にとられ、私は仕方なく男の車に乗った。
助手席に座ったそのとき、足元で『チャリ』っと、音がした。
「なんや…?」
足元を覗き込むと、そこには数枚の小銭がばら撒かれていた。
………なんかの宗教か?
(こんな)変な男の入る宗教やから、危ないとこなんやろな…。
勝手に一人で解釈し、私は気づかなかったふりをした。
そんなことをしているうちに、運転席のほうに戸松が乗ってきた。
どうやら、私の荷物を後部座席に置いたらしく、手には車のキー以外何もたれていなかった。
「遅なってスマン!一寸、センセと話してたんよ」
「なんの?」
「この後のこと」
『なんであんたがそんな事話すんや』
そう、聞こうかと思ったがやめた。
これ以上、無駄なことでこいつと話したないしな……。
「雪野、シートベルトつけたか?」
「はいはい…」
戸松は、シートベルトをつけながら私に聞いてきた。
私は適当に返事を返し、シートベルトを装着する。
しかし、車は私が装着するよりも速く動き出した。
「さっ!行くで!!」
「行くってどこに?」
そういえば、行き先をまだ聞いてはいなかった。
聞くと男はニヤッと、笑って答えた。
「テレビ局」
「へ?」
意味のわからないまま、男の運転する車に連れさられた。
車に乗って、約二時間半。
『ようやく』車が止まった……。
「雪野、ついたで〜!!」
「…………」
なぜかテンションの高い戸松を横に、私は生きていることのすばらしさを実感した。
ハッキリいって『こいつの運転の下手さは人並みやない』。
曲がり道では、車の車体数回ほどぶつけるわ、高速道路では、おつり受け取った瞬間、助手席の床に投げ落とすわ………。
(まぁ、コレによって落ちていた小銭の謎は解けたわけやけど)
よく免許取得できたな………。
と、ゆうよりも、よーさせてもらえたな……。
「雪野〜?大丈夫か?」
「っ!?」
考え事に没頭していると、いきなり、戸松に顔を覗き込まれた。
「車酔いか?」
「かもね……」
ぶっきらぼうにそう答え、視線をはずした。
戸松は心配そうに私のほうを見ているが、無視をする。
車に乗っている最中も、ちょいちょい、人の様子を見ていたから。
「やったら、さっさと中はいろか。そのほうが、休めるし」
「は?中って……」
こいつがゆうたとおりの場所なら、TV局ということになる。
まぁ、どこのTV局かはしらんけど、今はそんなことは問題やない。
「一般人が入れるはずないやろ」
そう。
それが一番の問題や。
でも、戸松は笑って『大丈夫、大丈夫』とちゃらけた様子でいった。
「と、ゆうわけで行くで!」
「あ…?って、人の手ぇ掴んで走るなって!!」
戸松に手をつかまれた私は、そのままTV局入り口のほうへと連れて行かれた。
入り口前に来ると、警備員と思われるおっちゃんが立っていた。
しかし、そのおっちゃんは私らを見ても何も言わず、すんなりと通してくれた。
それは、受付でも一緒やった。
「なぁ…」
「ん?何?」
「あんた何モンやねん?」
上へ上がるエレベータの中で、私は戸松に聞いた。
戸松は少し考え込んだ後、笑顔を浮かべながら『雪野と同じ仕事しとる人間』と、答えた。
私と同じ仕事って……
「っ……!!」
思い出そうとした瞬間、強烈な頭痛にみまわれた。
しかし、それは一瞬のことやった。
「雪野!!大丈夫か!?」
しかし、戸松はものすごく慌てた様子で、俺の心配をしてきた。
私は平気だということを伝えると、戸松は「よかった」と、胸をなでおろした。そして、そうこうしているうちに、エレベーターは『チン』と軽い音をたて、とまった。
「お、ついたついた!」
「ついたって……」
エレベーターの外は、ただの廊下。
そして、いくつもの部屋があるのか、扉が並んでいる。
「ココに何の用事があんの…?」
「行ってからのお楽しみや!」
そういって、ニヤッと笑い、私をエレベーターの中から連れ出す。
よくよく考えたら、さっきから、私はこいつの言いなりになっとるような気がする…。そう思い始めてきたら、だんだんと腹が立ってきた。
「あんたさっきから、ええ加減にっ……!!」
「雪野やんか!!復活したんか!?」
戸松に向かって怒鳴りつけてやろうかと思ったら、背後から声が聞こえてきた。
一体誰やと思い振り返ると、そこには昨日あった不細工…いや、石井とぽっちゃりタイプの男が立っていた。
「雪野、大丈夫か?俺ら、心配してたんやで」
ぽっちゃりタイプの男は、私の前に立ち、嬉しそうにいった。その様子を見て、相手は私のことをしっとるように感じられた。
せやけど私は、この目の前にいる男のことを知らん。そういやこんなことが、以前もあったような……。
「浩二」
「ん?なんや、戸松」
ぽけぇと、過去のことを思い出していると、戸松が誰かの名前を言った。
どうやら、今目の前におる男の事らしく、男は、戸松のほうに顔だけを向ける。
「浩一は?」
「あぁ。兄貴なら楽屋に居るで」
「そっか、それやったら先に楽屋いこや。話しあるから」
「楽屋か。ええで」
勝手に話を進め終えると、戸松は私の手を握った。
「行くで」
「行くって…?」
『何処へ?』なんて聞く余裕も私にはなく、またもや強引に、戸松に引っ張りまわされることになった。