第一話
見えたのは空。
雲ひとつない、きれいな青の空。
そして聞こえたのは、大切な人の叫び声。
「雪野!雪野起きろって!!」
……誰や?
誰かが呼んでる…。
「なぁ、雪野!!」
うるさいな、耳元でそんな大声出さんといてよ…。
「ぅ…るさい…」
無理やりまぶたをこじ開ける。
すると、目の前は見知らぬ男の顔がある……。
誰?
「雪野〜!!」
「うわっ!!」
目が覚めると同時に、そいつは私に飛びついてきた。
「な…何!?」
「意識が戻ってよかった〜〜」
そういって、ぎゅっと男は私を抱きしめてくる。
押し返そうとしても、びくともしない。
「雪野〜〜」
「ええ加減離れろ!!」
なんや、このなれなれしい奴わ。
「なんやねんあんた!?いきなり抱きついてきて変態か!!」
「…雪野?」
うっとおしいやつ。
アレ?そーいや、こいつなんで私の名前しっとんや…。
「誰や…あんた……?」
そう聞いた瞬間、男の動きが止まった。
「ゆ…きの……?」
「つーか、ここ何処?病院?」
辺りを見回すと、真っ白な壁の殺風景な部屋。
私はベッドから居り、外へ出ようとした。
すると、腕をつかまれ引き止められた。
「…なに?」
「俺の事、覚えてへんの?」
「は…?」
私の腕をつかんで、目の前のこいつは不安そうな顔で私を見つめてくる。
なんで、そないな顔しとんねん。私から見たら、こいつの事なんか全く知らん。
でもこいつは私の事をしっとる。
しかも、こいつの様子を見てたら、私とこいつは結構仲が良かったみたいやし……。
「……っ!!」
頭に激痛が走る。
なんや…コレ……。痛い…。
ごっつ、ガンガンする。私は痛む頭を押さえ、その場にしゃがみこんだ。
「雪野!?どうしたん、なぁ!!」
五月蠅い…余計に、頭いたなるやろ…。
ちったぁ…だぁっとって。
頼むから……。
頭痛がする…。
今度は、頭痛の酷さで私の目が覚めた。
ゆっくりと、起き上がり痛む頭を抑える。
頭には布の感触がした。どうやら、頭痛の原因は、頭に負った傷のようである。
起き上がって辺りを見回すと、誰も居らず、病室にいるのは私一人。
「あの変な男帰ったんかな……?」
私は知らんのに、私のことをしっとる男。
一応思い出そうとしてみるものの、頭痛が酷くて思い出そうにも思い出せそうにはなかった。
「一先ず、外でよ……」
担当医と思われる先生も居らんし、看護士の人も居らん。
せやから、外出てもかまわんやろ……と、勝手に一人で、解釈し、外へ出ようと扉へと歩を進めた。そして、ノブに手をかけようとしたとき、外から話し声が聞こえてきた。
『たぶん一時的なものだと思うから、しばらく安静にしてもらったほうが良いと思うよ』
『そうなんですか。わかりました。有難うございます』
『いやいや。それじゃあ、また来るから』
『はい』
そこで話し声はとまった。
と、思っていたら今度は独り言が聞こえてきた。
『やっぱ、俺のせいやの……』
何が俺のせいなんや?
しかも、扉の向こうに居るんはいったい誰や?外にいる人影を見ようと、少し扉を開いた。
そして、その隙間から見えたのは、後姿であったが、さっきみた変な男に違いなかった。
「まだ、帰ってなかったんかい……」
さっさと帰ればええのに…なんて、思いもあったが、さっき言っていた『自分のせい』という言葉が気にかかったので、様子を見ることにした。
「まさか、雪野の服が俺の鞄にひっかかってたとわなぁ…」
雪野……って、ことは私のことやろ。
服が引っかかってた?なんか、いまいち話が見えん……。
そう思っていると、いきなり扉が開いた。
「っ!?」
「雪野。目ぇ覚めたんか?」
男は、一瞬驚いた顔を見せたが、すぐににこやかな顔に戻った。そして、心配そうに『頭痛は酷ないか』とか『他にどっか痛いとこないか』とか、尋ねてくる。
「……………」
「どないした?どっか痛いんか?」
私が黙っていると、男はますます不安そうに声をかけてきた。
そんな様子がうっとおしくて、私は何も言わずに、男の横を通り過ぎ、廊下へと出た。
しかし、男もその後についてくる。
「なぁ、雪野大丈夫なんか?」
「………」
「ゆきのー」
「………」
「ゆきてぃv」
「シツコイ……」
病院なので大声を出せないが、出せるものなら出したかった。
ぴたりと歩を進めるのをやめ、ついてきている男をにらみつけた。
「なんやねんあんた。いちいちついてこんといて」
「えー」
「えーやない!第一あんた誰!?」
そういうと、一瞬あっけにとられたような顔をした。
そういえば、最初目が覚めたときに聞いたときもこんな反応とったっけ。
「俺は戸松。戸松信二やで!!」
トマツシンジ?
聞き覚えがあるような無いような……。
いや、戸松なんて苗字あんまおらんし、聞き覚えがあったら覚えとるはず……やの。
「もう忘れんといてな」
「もうって、もともと知らんわ」
「冷たさ倍増してないか?」
「何が?」
「やっぱしとる…。あ〜、前の雪野のほうが純粋で可愛かったのになぁ」
「気色悪……」
なにやら一人でぶつぶつ言い始める、戸松とか言う男。
そいつを横目に、私は大きなため息をついた。
こんな奴と知り合いだったなんてありえへん。
もし知り合いやった場合、なんで私はこいつと知りあったんや……。
そんなことを一人思いながら、私は病室へと戻っていた。
横にいる男『戸松』…やったっけ?そいつに、『雪野(私)の知り合いがくるから病室おらな!』と、言われたからや。
ホンマは、もうちょい病院回ってみたかったんやけどな……。
そして、自分の病室が見えるところまで来ると、その前に誰か人がたっているのがわかった。
「誰や……?」
「石井!」
「へ?」
戸松が呼ぶと、その石井と呼ばれた女はこっちへ顔を向けた。
見た瞬間、私は笑いそうになったのを、何とかこらえた。
なんともまぁ、インパクトのある顔……。
その女…石井とかいうみたいやけど…に対しての私の第一印象は、それやった。口に出したアカンからゆわんけど、今までさんざんからかわれてきたんやろな……。
それに、この顔。見たら絶対に忘れんやろなぁ。なんてことを思っていると、戸松は石井を私の目の前に連れてきていた。
「雪野、石井や!!」
然も当たり前のように、にこやかな笑顔で『石井』と、いう女を紹介する戸松。
私が唖然としているのも気にせず、戸松は言葉を続けてゆく。
「……ちゃんと覚えたれよ!!なんたって、石井はお前の『相方』なんやから」
「へ……?」
その説明の中に一つ、気になる単語があった。
「なぁ……」
「どないした?」
「相方って……なんの…?」
「漫才の」
『漫才』?
えっ…
それって、ボケとツッコミの…?というか、なんや。
私、こいつとコンビ組んでたってこと!?
………まてよ。
その前に私……
「こいつのことなんか知らんで……」
その一言で、廊下が一気に静まりかえったのがわかった。そして、その一言で石井とか言う女が、一瞬悲しそうな顔をしたように見えた。
が、それは私の気のせいやったのか、すぐに女は笑った。
でもその笑顔は無理やり作ったもんやろな。
ひきつってるで
「ウチ、石井美野里ってゆうんや。宜しくな」
「あ……うん」
握手を求められたので、私は握手をした。
そのとき、なんでか不思議な気分になった。なんやろ?私は握手をし終えると、戸松のほうへ顔を向けた。
「なぁ、一つ聞いてええ?」
「何?」
「あんたら私の知り合いやゆうたよな?」
「ゆうたで」
「いつの?」
そうきくと、男は笑って答えた。
「昨日までの」
『昨日まで?』
私はそう聞き返してやりたい気持ちになった。この男は、人を馬鹿にしとんか!?
確かに、ちょいちょい物忘れるけど、昨日までの知り合いの名前忘れるほど呆けてないわ!!でも……
この男が嘘をついとるようには見えん。
と、いうことは、私が忘れとんか!?
いや、んな筈ないな。そこまで呆けてへんのやから。
なんか、意味わからんようになってきた……。
「ちなみに、石井も昨日までの知り合いや」
「へ……?」
戸松のその一言で、余計に意味がわからへんようになった。
そこの女も昨日までの知り合い?
意味がわからん…。
しかし、戸松とか言う男は私の心境とは裏腹に、ニコニコと笑っている。
そして石井とか言う女は、どことなく不安そうな顔やった。