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にゃんにゃん

設定が限りなく甘いです。

気になる箇所、誤字脱字等ありましたらご指摘お願いします。


『お前さんの名前は何じゃ?』


嗄れているのに深みがあって、上から聞こえているようで頭に直接響いているような、不思議な声だった。

そんな声に応じた長身痩躯の男は、空に浮かぶキーボードをカタカタと鳴らした。


『ふむ、お主はヤナギというのか』


ポンッと出てきたメッセージウィンドウには、『yes/no』の選択肢。

右手を伸ばして人差し指で『yes』をタッチした。


『では冒険者ヤナギ、お主は容姿を自由に変えることができるが、今のままの姿で冒険を始めるか?』


『yes』をタッチ。


『うむ。では、お主が望む才能を5つ選択するのじゃ。お主が得られる才能は後にも先にもこの5つだけ。しっかり考えて選ぶのじゃよ』


再び現れたウィンドウには、文字がぎっしり。

人によってはうんざりする文字量だろう。

ヤナギもそのひとりだった。

一昔前に廃れたスマートフォン風に、ウィンドウを指先でスクロールさせてゆく。

その速さは、到底読んでいるとは思えないもので。

そうしてあっという間に最下行にたどり着いた彼の視線の先には、ひとつの選択肢。

利用規約の同意ボタンを押すかのように、ヤナギはそのボタンを押した。


『ランダム選択』のボタンを。


するとウィンドウが切り替わり、注意書と『yes/no』の選択肢が表示される。


―――――――

ランダム選択を行うと、5つのアビリティが自動的に決定されます。やり直しはできません。本当にランダム選択を行いますか?

―――――――


『yes』をタッチすると、ウィンドウが再び切り替わる。


―――――――

以下のアビリティが選択されました。


猫の髭Lv.1

脚力Lv.1

落下耐性Lv.1

四足歩行Lv.1

縄Lv.1

―――――――


それを見たヤナギは、たっぷり数十秒は固まった。


「俺に、猫に、なれと……?」


呟きに答えてくれる者はいない。

そして無情にも、このウィンドウにあるのは『yes』のボタンのみ。

『no』は選べない。

ため息をひとつついたヤナギは、渋々といった表情で『yes』をタッチした。


『では冒険者ヤナギよ、お主はどの職業に就きたいかの?』


―――――――

ヤナギ様が選択したアビリティで取得可能な一次職業


猫の髭→獣人ビースト

脚力→獣人ビースト

落下耐性→守護士ガーディアン

四足歩行→獣人ビースト

縄→縄使い(コーダー)

―――――――


「……獣人って職業なのか?」


種族選択がなく、プレイヤーが全員人間であるこのゲームならではの職業なのだろう。

それにしても、獣人ビースト以外の選択肢の存在感の薄さが異常だ。

ヤナギはこの時点で全てを受け止め、というよりは全てを諦めて、何故か3つも重複してしまったそれを選んだ。


―――――――

以下の職業が選択されました。


獣人ビースト(猫)

―――――――


『yes』を押す指がなんとも力なかった。

かっこ猫ってなにそれ聞いてない。


『冒険者ヤナギよ、お主の選択に誤りはないかの?』


そこでヤナギは嫌な予感を覚えて、初めて『no』を選択した。

アビリティは変更不可能。

これは仕方がない。

しかし変えたいのはそこじゃない。


それからヤナギは、ここまでかかった時間の何倍もの時間を費やして、その項目を修正した。


『では冒険者ヤナギよ、旅立つお主にわしからステータスポイントを16pt授けよう。お主の冒険に加護があることを祈っておる』


白い霧に包まれ目を閉じて、次に目を開くと、ヤナギは丘の上に建つ壊れかけの神殿の前にポツンとたたずんでいた。

周りは草原で、丘を下った先には城壁で囲まれた大きな街が見える。

サービス開始から数ヶ月が経っているからか、スタート地点である神殿の周囲にはプレイヤーがぽつりぽつりと居るだけだった。


「さすが最新技術、風景描画のリアリティが半端ないにゃ……って、『にゃ』?」


思わず感嘆の呟きをこぼしたヤナギは、自分が意図せず発した語尾にぎょっとして口許に手をあてる。


どこからか吹く生温い風が、立ち尽くすヤナギの頬にかかった髪を揺らす。

それを払おうと無意識に手で頬を撫でる。

しかし指先に毛の感触はあるのに、どうしても頬から毛が離れない。


「違う……髪の毛じゃにゃい……」


髭だ。

頬を撫でる数本の毛、それはピンと伸びた猫の髭だった。

それを覚ったヤナギは、恐る恐る両手を自らの頭上、本来なら何もないはずのそこへ手を伸ばした。


「……ですよねー」


そこには、柔らかい毛並みの尖ったお耳が2つ。

猫耳だ。


「まあ、これでわざわざ時間かけてこんな容姿にした意味があるってもんにゃ」


ヤナギはそう呟くと、軽い足取りで歩きだした。

丘の下の街へ向かって。


びっくりしたし、戸惑いもした。

でもそれも長くは続かない。

だって、ここはゲームの世界。

全ては、最近話題のVRMMORPG≪Leisure Life Online≫、通称≪LLO≫の中での出来事に過ぎないのだから。


RPGにおける猫耳は、大して珍しい存在じゃない。

もしヤナギが現実そのままの姿形でゲームを始めていたのなら、もう少し抵抗感はあったかもしれない。

現実世界のヤナギは180㎝超えのフツメン大学生だ。

猫耳なんぞ似合うはずもなく。

しかしそこに抜かりはない。

こうなることを予想して、ちゃんと見た目は"美少女"に作り替えておいた。

ただし、≪LLO≫は性別変更ができないゲームだ。

つまり厳密に言うと、ヤナギは"美少女"ではなく"美少年"のキャラクターだ。

こうして、ひとりの猫耳美少年が誕生した。


ヤナギは街へ向かって歩きながら、ステータスポイントを振り分けた。


ちなみにステータスには、STR(攻撃力)、VIT(防御力)、AGI(速さ)、INT(知力)、MNT(精神力)、DEX(器用さ)、LUK(幸運)、CHR(魅力)の8つがある。

その他にもHP(生命力)、MP(魔力)、SP(スタミナ)といったステータスポイントの振れないステータスもある。

それぞれ取得したアビリティや職業によって初期値が違うようで、ヤナギのステータスは特にAGIが高く、INTとMNTは壊滅的、その他はまちまちといったところだ。


ヤナギはまず半分の8ptをAGIに振り、少し悩んでからATK、DEXにそれぞれ4ptずつを振り分けた。


街は大層賑わっていた。

多くの人が道を行き交っている。

人々の中にはプレイヤーもいたし、同じくらいにNPCの姿もあった。

大きく開かれた門を近付いてから見上げてみると、天辺が霞んで見えないほどの大きさがあった。


道沿いに並ぶ無数の建物はオブジェクトだろうか?プレイヤーの露店は多すぎて見て回れそうもないな、NPCショップはどこだろう?

そんなことを考えつつ、きょろきょろ辺りを見回しながら歩く。

お上りさん丸出しな行動だが、そこはゲームなので気にしない。

実際、そんなヤナギに注目している人などいなかった。

例え猫耳の美少女(実際は美少年だが、見た目的に)であろうとも、そんなものここでは珍しくもなんともない。

むしろ不細工や平凡顔を探す方が骨だろう。

猫耳の方は、種族で獣人が選べるようなゲームと比べたら珍しい方かな?というレベルだ。


なんとなく歩いていたら、雑貨屋らしきNPCショップにたどり着いた。

ちょっとした回復役から装備品まで手広く取り揃えた店らしい。

これだけ広い街でこの店を見つけることができたのは、なかなか運がよかったかもしれない。

それとも、こういう店が街中至るところにあるってだけの話かな?

ごちゃごちゃと雑多に商品が並べられた店内を大きめに作られた窓から覗きこみながら、そんな風に考えていると、ピロン、という電子音が鳴った。

首を傾げつつ、右上辺りの空をノックするというショートカットキーでメニューウィンドウを開き、『new』の文字が踊る項目を見つけた。


まだ確認していなかった『スキル』の欄だ。

5つのアビリティそれぞれにつき、1つずつスキルを覚えているらしい。

更に、職業によるスキルも2つあるようだ。


―――――――

探知(髭)Lv.2 +1 new!

ダッシュLv.1

落下耐性Lv.1

四足歩行Lv.1

捕獲Lv.1

獣人Lv.1〔パッシブ〕

猫に小判Lv.1〔パッシブ〕

―――――――


どうやら猫の髭による探知がいつの間にか発動していたらしい。

ということは、この雑貨屋を見つけられたのも髭のおかげということだろうか。

いまいちピンとこない。

ヤナギは指先で髭をぴこぴこ弾きながら、第六感のようなものだろうかと首を傾げた。

猫の髭に類する機能は、本来人間には備わっていない。

使いこなすには苦労しそうだ。


店内には、ヤナギと同じような装備の、つまり初心者プレイヤーが数人、商品棚を物色していた。

レジには美人だがどこか印象の薄いNPCの女性がひとり、笑顔で接客していた。


初期の所持金は500Uユニー

初期装備は職業によって変化するが、ヤナギの場合は布製の服で、上下共に防御力は1。

武器は所持していなかった。

店売りアイテムの相場を調べてみると、初心者用のポーションが50U、ショートソードは100U、木の防具一式が250Uなので、必要なものを一式揃えようと思うと500Uはそう多くない金額だ。


とは言え、ヤナギはショートソードを装備することはできない。

木の防具も同様に不可能だった。

アビリティと職業によって装備できるかが決まるらしい。


結局ヤナギは、現実でもそっくりそのまま売っていそうなロープと、革の胸当て等の部分ごとを覆う革製の防具、そして余ったお金でポーションをいくつか購入して店を出た。


「武器が欲しいにゃ……」


ヤナギは初心者向けだと店員に聞いた西の草原へ足を向けながら、手にした化学繊維製っぽい質感のロープを見てため息をこぼした。

縄は捕獲アイテムであって、武器とは言い難い。

しかし、あの雑貨屋で買える武器の中にヤナギの装備できる武器は他になかったのだから仕方がない。

次の街か、はたまたプレイヤーメイドの武器の中には、獣人が装備できる爪や牙なんて代物もあるだろう。

それまでは素手で殴るしか……ないのか?

え、まじで?


まじでした。


西の草原では、RPGの定番、青色の軟体生物ブルースライムが地面を這っていた。

群れない、ノンアクティブ、単調な攻撃パターン、と最弱の名を欲しいままにするヤツだが……

知ってたか?

あいつ、打撃攻撃に耐性あるんだぜ。

おまけにあのゼリーみたいな粘液は酸性で、触れるだけでじわじわダメージを食らう。


ヤナギは初心者にしては優秀な素早さでさっとスライムに近付き、手にしたロープを投げつける。

すると捕獲スキルが働き縄が勝手に対象を捕獲してくれる。

縄からジュワーっと何かが溶けるような音がするが、まだ慌てるような時じゃない。

粘液がロープを溶かしてスライムが脱出するまで数秒()の余地があるので、その隙にヤナギは捕獲に使用しているロープの反対側でスライムをぺちぺちひっぱたく。

もちろんアイテムの用途が間違っているので、ダメージは極僅かしか入らない。

しかしゼロではない。

例えスライムに脱出され、また捕まえてぺしぺし、の流れを3回も繰り返さなくてはならないとしても、勝てればそれでいいのだから。


このパターンを生み出すまでに、ヤナギは買ったばかりのポーションを2つ失った。


例え素手でも殴った方が、縄でぺしぺしするよりはいくらかマシなダメージが入るのだが、スライムの粘液が持つ酸性でこっちにもダメージが入ってしまう。

しかもそのダメージが洒落にならん。

攻撃されたわけでもないのにダメージを食らってパニックになっているうちにロープが溶かされ、反撃を食らう。

そんなパターンをスライム相手にかまされたわけだ。

こんちくしょう。


明らかに相性が悪い。

スライム狩りを早々に諦め、草原をずんずん進んでいくと、森が見えてきた。

森に近付くと、木の影から額に角を生やしたうさぎ、ホーンラビットがひょっこり顔を出し、こちらに駆けてくる。


「アクティブモンスターにゃのかよ!?」


しばらくはノンアクティブばかりだと思って油断していた。

縄での捕獲は一旦諦め、突進を避けるのに集中する。


「ほっ、はっ、にゃっ」


幸いホーンラビットの動きはあまり速くはなく、直線的だ。

避けるのは簡単だった。


「タイミングを見計らって、ロープを、投げる!」


ロープはホーンラビットの胴に直撃し、捕獲スキルが働いてシュルリと縄が巻き付く。


「よっしゃ、後はちまちま殴るだけ……ぇ?」


ヤナギは目で確認するよりも早く、猫の髭の力でこちらに向かってくる3匹のホーンラビットの存在を感知した。

しかしそれもタッチの差でしかなく、気付いたときにはもう遅かった。

体勢を整える暇なく、ホーンラビットの頭突きが目前に迫ってくる。


「にゃーっ」


ヤナギは一旦ロープを手放し、頭突きを避けた。

間一髪最初の一撃をかわすも、二撃、三撃と攻撃は続く。

まさかリンクするモンスターだったのかと、攻撃を避けながら周囲を伺うも、今のところ他のホーンラビットが集まってくる様子はない。

たまたま近くに居たのがこちらに寄ってきただけらしい。


……激闘の末、ダッシュのスキルレベルが上がった。

逃げ足が速くなるに越したことはないのだけれど、素直に喜ぶ気にはなれなかった。


ぐったりとした表情で街に戻ってきたヤナギは、ぶらぶらと当てもなく街を歩いた。

RPGの醍醐味と言えば、やはり一番は戦闘だ。

その楽しみを奪われた今、一体何をすればいいのか。

もうログアウトしてしまおうか、そんな風に考えたとき、ヤナギはふと自分がある建物の前に立ち止まったことに気が付く。

それはこの街で最も背の高い建物だった。

物見塔だ。

飾り気のない白塗りの壁、入口に戸はなく、中には螺旋階段があるのみだった。

ヤナギはなんともなしにそれを登り、途中疲れを感じないことに感心しながら、天辺にたどり着いた。

簡素な屋根と数本の柱の他には何もないそこからは、この街が一望できた。


「やっぱ、すげーにゃあ……」


ゲームとは思えない圧巻の景色に、ヤナギはぼんやりと魅入った。

ゆったりとした雲の流れと、足早に道をゆく人々の忙しなさの対比が面白い。

細やかな描写のひとつひとつに一体どれだけの計算処理が行われているのだろう?

そんな台無しに思える想像も、かえって感動を後押しするようだった。


「……っと、そろそろログアウトしにゃーと」


気が付けば、それほどの時間が経っていた。


「ログアウトは……宿屋でした方がいいんだっけ?」


その場で即ログアウトも可能だけれど、それはどちらかというと緊急時用。

普段は宿屋のベッドで寝ることで、自然な形のログイン・ログアウトが行えるとか。


ヤナギは螺旋階段を振り向いて、しかしふと魔がさして、再び広大な景色を視界に入れた。


「落下耐性あるし……大丈夫、かにゃ?」


ていっ、と気の抜けたかけ声と同時に、ヤナギは物見塔から飛び降りた。

血がさあっと逆流するような、強烈な浮遊感。


「にゃんぱらり~、にゃんちゃって」


空中でくるりと回転、なんて遊ぶ余裕があるところはやっぱりゲームだな、とか思っていると、何度目かの回転中にぽかんと口を開けてこちらを見上げる人の顔がいくつか見えた。


あ、これはさすがに注目されてしまうか、と得心しているうちに、地面が近付いて……


気が付いたら、ど初っ端に見た壊れかけの神殿の前で横になっていた。

死に戻りってやつだ。

どうやら着地には失敗したらしい。


散々だった初日のプレイ。

最後の最後は死に戻り。

ヤナギはおもむろに立ち上がり、付いてもいない土を払うように服を数回叩くと、ため息をひとつついて歩きだした。


街の宿を目指して歩くヤナギの背中で、猫の尻尾がご機嫌そうにゆらゆら揺れているのを見たのは、門番役のNPCだけだった。




アビリティは実際にランダムで表示し、お話のイメージが沸いたものを採用しました。

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