脱落者の常識
「………… じゃ、いくよ?」
そんな話をしていると、いつのまにか具が火に通ったようでぐつぐつという音がする。
火を止めて、それぞれが自分のお皿に具を取り分けた。
「いっせーのーせ!」
ばく、と箸で大量に掴んで口に入れる。
な、なんだこれは!? 多分私が入れただろうネバネバした納豆の味と、それを消すくらい強烈な辛さ! 水飲みたいよ、何でこんな辛いの!?
驚くほど柔らかい口触りの四角いものにほのかに感じるタコの味とふにゃふにゃとした生地!
「辛っ!?」
おおう、夕君の率直な声が聞こえるよ! もうギブアップか、ふはははは!
「最初に脱落した人は、全員に何かおごらなきゃいけないからね!」
「ナシナシ、さっきのナシ!」
ちなみに、2番目の脱落者は誰かをデートに誘う。3番目は、勝者の宿題を1日分やる。4番目は、もう面倒だね! 考えてないよ、うん!
「俺、もう無理だ……」
「最初の脱落者、奏ぇぇぇっ!」
ポカリ、と頭を机に乗っけて意識を失う前に小さくつぶやく。私は、ボクシングのレフリー並に叫んで奏の拳を宙に向けて突き出した。
「ということで……! つぐみんっ!」
「はい、やることは1つですよね、お義姉さん!」
暗闇でも分かるようなニヤニヤ顔を浮かべて、つぐみんと2人で確認し合う。気絶して人間を目の前にしたらやることは1つ!
「レッツ、人工呼吸!」
「はい、行きます!」
「ちょっと待とうか(待ちなさい)(………… 待て)(待とうよ)!?」
んー、と奏の唇に顔を近づけたつぐみんを私と一条君以外の皆が無理矢理引き剥がす。………… ちっ!
「何してるの、雛村さん!?」
「だから、人工呼吸ですよ。彼女だから良いでしょう!?」
「逆ギレされた!? いやだって、奏君は彼女じゃないって言ってたよ?」
雪葉が素早くツッこむ。ぼんやりとした中でも皆もうんうん、とうなずくのが分かった。…… 何故だ!?
「ハッ、名前呼びですか。彼女の前で堂々と名前呼びですか。だからですね、奏君のアレはツンデレなんですよ。あたしが好きで好きでたまらない、だけど言葉では違うって言っちゃう。そんな男心が分からないんですか!」
「いや、楓と区別するためにそう呼んでるだけだけど何かごめんね…… というか、あれは絶対ツンデレじゃないと思うけどなぁ!? 後、あなたに男心を語る資格はないと思うよ!」
男性陣がうんうん、とまたうなずいた気がした。
「第2の脱落者、夕君ー! 第3の脱落者、えなちー! 第4の脱落者、東雲君! 第5の脱落者、夏目ー!」
つぐみんが奏に人工呼吸するのを阻止されてから、黙々と食べ続け脱落者がどんどんと出てくる。
ついには、私、つぐみん、雪葉、一条君が残ることになった。
「凄いね、もう一条君以外女の子しかいないね! 一条ハーレムだね!」
「すいません、あたし、奏君の彼女なんでパスです」
「私もパス、がいいなぁ……」
つぐみんのはっきりとした声と、雪葉の弱々しい声が聞こえる。もう、私しかいないね! ハーレムでも何でもないね! しかも、冗談だしね! というか、つぐみんは奏の彼女じゃなかったら良いんだね!
「ま、あたしは、奏君の彼女じゃなかったら、男のハーレム構成要員なんかじゃなくて自分の逆ハー作りますけど」
「日本では一夫一妻制だから!」
「楓、ツッこむところはそこじゃないと思うんだ!」
まあ、そんなことを言っている内にも鍋のものはどんどんと消費される。何で、何で皆こんなに強いんだぁぁ!
「お義姉さん! 6人目の脱落者のお仕置きはなんですか!」
「お仕置きじゃないよ!? 罰ゲームだよ!?」
お仕置きって聞くと、怖いのかちょっとえっちぃのを考えてしまうから不思議だ…………!
「えーとじゃあ、誰かに1つ命令する権利とか」
「奏君とのキスのためにあたしは脱落しますね!」
雪葉がもうそれは、勝った人が貰える権利なんじゃないかな…… とかつぶやいていたけど仕方ないじゃないか!
ネタが尽きてきたんだから!
「じゃあ、第6の脱落者、つぐみん!」
「気絶してないけどね!」
「………… むしろ、気絶するのが通常の脱落ということに疑問を感じないのか」