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鳥籠の姫  作者:
7/22

七話

州城に戻った祥蘭は、盛大に出迎えられた後、海に入ったこともあり直ぐに風呂に入れられた

例のごとく美鈴達が丁寧に時間を掛けて磨き上げ、祥蘭は昨夜に引き続き疲れ果てた表情で陽たちの前に現れた

<疲れた・・・>

「お疲れ様です」

「本日は、早めにお休みくださいね!姫様!!泳ぐって、凄く疲れますから」

「薬湯と、軽食です」

続けざまに三人が口を開く

「明日から少し、強行軍になります」

<きょうこう・・・?>

「急ぐということですよ」

「姫様の知には偏りがあるのですね?」

<飼い主が持ってきた本しか見れなかったから>

「飼い主・・・?」

「それは、黎音の事ですか」

李伯と公孫の目に険が宿ったことに首をかしげ、祥蘭は頷く

「「(やはり、もっと痛めつけておくべきだった)」」

陽と同じ事を内心で思う

<李伯さん?公孫さん?>

「姫様、どうぞ李伯と」

「私も公孫と。我らは姫様に仕える身ですから、姫様に敬称を付けて呼んで頂くと困ってしまいます」

「勿論、私も陽とお呼び下さいね姫様」

三人の言葉に、小さく頷けば満足そうに笑った



祥蘭が与えられた部屋で休んだ後、昨夜のような失態を犯さないように祥蘭の部屋の扉に二人待機させ少し離れた自分達に与えられた部屋の露台に面した窓を開く

露台は繋がっているので、窓さえ開けておけば隣室の僅かな音にも半獣である陽ならば気付ける

城の壁は何処も厚く、特別耳のいい半獣な訳ではない陽には閉め切ったら人より良い耳でも物音を拾う事は出来ない

昨晩はイロイロな事を短い期間に経験し、心労もあろうと祥蘭に配慮してしなかったのだ

「しかし、随分影響を受けていますね・・・十年間と祥蘭様は仰っていたと?」

公孫の呟きに陽は頷く

李伯は勿論、室内に居た近衛全員の視線が陽に集まる

「十年間、光の殆ど当たらない部屋で、死ぬ事もできず襤褸布に包まり思考を閉ざし、ただ生き続けていたと・・・・・・・心を閉ざして精神こころを守った、

優しい家族との時間も、家族の顔をも忘れて、それでも在り続けた」

どんなに辛い日々だったのだろうかと陽は噛み締めるように呟く


陽の近衛入隊は世代交代の宣言を朝廷が出した一月後だ

近衛になる事は、武官の最高の名誉

陽の家は代々武官を輩出している名門の武家で、勿論、そんな家で生まれ育った陽の将来の目標は武官、特に精鋭で構成される近衛隊に入隊することだった

入隊許可証が届いた日の事は、今でもよく覚えている

半獣だった為に、人一倍努力していたと自負している陽

そんな陽をずっと応援して来た結束力の強い一族

当然、その日は一族はおろか、周辺の住民を巻き込んでのドンちゃん騒ぎだった


そんな過去を思い返し、内心苦笑する

騒いだは良いが、翌日は皆二日酔いに悩まされた

嬉しい記憶と苦い記憶だった


鳳凰の世代交代の宣言後に入隊した近衛は全員、次代の為の近衛になる

陽は勿論、八年前に貴州州武官から異動して来た公孫も、五年前に入隊した李伯も主は祥蘭のみ 

・・・求め続けた主だった

その主を苦しめ、縛る黎音を決して許すことなど無いだろう

自身の手で引導を渡してやりたいと全員が全員思うほどに、近衛にとって鳳凰の存在は大きい

「自分は、あの方が主で本当に良かったと思っています。勿論、近衛になった以上、仕える主がどんな方でも誠心誠意御仕えする・・・それは当然です

でも、やっぱり心はあるから良い方だといい・・・ずっとそう思っていました

・・・・求めた主は、何度も何度も自分達の名前を反芻し、覚えてくれようとする誠実で健気で儚い方だった

あの方の道を阻む全てのものを、払いたいとそう思っています

ですから、やはり憎いですね。黎音が」

19歳という若さだが既に隊から一目置かれている青年、久遠が話せば全員が真摯な瞳で壁の向こうに居るだろう主を見た

「久遠、全員同じ思いだ。

さて、・・・・・実は本日正午過ぎに白雲城より速鷹が来た」

視線が陽に戻る

「誰からですか?」

「文官長、紫白殿からだ。

鳳凰様の命数が残り僅かゆえ、可能な限り急ぐようにと」

ザワリと空気が揺れる

鳳凰の世代交代は、必ず最後本人達でなさねばならない儀がある

今上から次代へ、完全に力を引き渡すこと

他にも渡されるものがあると聞く

全て、鳳凰にとって大事なものだ

それが達せられなければ何が起こるかわからない

過去、例の無いほど捜索に時間が掛かったせいで、儀の猶予は本当に僅かになってしまったのだと近衛は拳を握る

「明日から、夜通し駆ける

州城から馬を借り受ける事が出来たので、途中馬を交代させながら先を急ぐ

姫様にとっても辛い道中だ。良く見ておいて欲しい」

陽の言葉に近衛達は力強く返事をした



早朝、まだ辺りは暗い時間に祥蘭は目覚めていた

朝が早いと言われていた事もあるし、柔らかな寝台は固い床に慣れた身体では寝心地が悪かった

途中何度か床に移動したはずなのだが、次に目覚めたときには寝台に寝かされていて、きっと近衛達が様子を見がてら寝台に移動させてくれたのだろうと思うと、近衛たちには申し訳ないことをしたと後悔する

「姫様、入りますね」

扉をそっと叩く音と美鈴の声に扉に身体を向ければ、部屋に入った美鈴は祥蘭が起きていたことに驚いたのか一瞬眼を丸くして、次の瞬間にはにこやかな笑みを浮かべた

「おはようございます姫様」

<おはようございます>

挨拶を交わすとそのままされるがまま、身支度を整えた祥蘭の衣装は移動すると言うこともあり、質は良いが簡素なものを着る

この国では位の高い女性は皆、衣を何枚も重ねて着る

しかし見目は良いが重く身動きが取れなくなる為移動には不向きだ

そして、髪もあまり簪や髪飾りを付けると頭が重くなりバランスがとり難くなるので桜の髪飾りを一つ付けるのみで祥蘭は視線を落とした

<ごめんなさい。余り着飾れなくて>

着飾ることが美鈴の仕事で、美鈴はその仕事にとても誇りを持っていると初日に入浴中聞いた

それ故に申し訳なさそうに謝った祥蘭を、美鈴は困ったように笑う

「確かに、着飾るのは女官の私の仕事で、誇りですわ。でも姫様が謝ることではありません

第一、姫様のように身分ある方が、一介の女官に易々頭を下げてはいけませんのよ」

窘める美鈴に祥蘭は首を振る

<私には、身分なんてないの。

だって近衛の人たちに助けられるまで私は農民の娘だったもの

今でも、鳳凰だって思っていない

だから、上手く言えないけど・・・>

詰まる祥蘭に美鈴は優しく微笑んだ

「では姫様、次回この文州州城を訪れた際には、是非着飾らせてくださいまし」

<頑張るわ>

こくりと頷く祥蘭に美鈴の笑みは深くなる

叶うなら、こんなにも素直で愛らしい鳳凰の姫君に付いて行きたい

不可能と知るから余計に、願わずにはいられない

どうか、再びこの姫のお世話が出来ますようにと



日が未だ殆ど上っていない内に馬車に乗り込む

簡素とは言えども先日のような羽織って巻きつけただけの簡易衣装とは違うので先に乗った陽に介助されなくてはならなかった

美鈴曰く、慣れれば自分一人で乗れますとのこと

「(慣れる日なんて来るんだろうか)」

むしろ慣れるまでこんな格好をするんだろうか、とげんなりした祥蘭

そんな祥蘭の表情を読んだのか陽は苦笑する

「女人は大変ですね」

<ほんとうに。私、これなら襤褸布の方が良かった>

「それは、ちょっと・・・」

鳳凰の娘に襤褸布は着せれないと陽の表情が物語る

<そうね・・・うん。襤褸布はきちんと纏えないし、夏はよかったけれど冬は寒かったもの。

だったら、ちゃんとした服のこれの方が数倍良いわよね。>

「はい・・・(着眼点が何か違う・・・)」

<でも凄く高そうだわ>

むむむ、と肌触りの良い服に唸る祥蘭

陽は思わず微笑んでしまった

<何か、面白い事言ったかしら>

こてんと首を傾ける祥蘭に、微笑んだまま首を振る

「姫様が姫様でよかったと思ったのです」

<うーん?ありがとう?>

首を傾けながら礼を言う祥蘭に、陽は笑みを深めた



馬車には陽と、二人の近衛が乗り、御者は公孫が、馬車の直ぐ真横に付いて走るのは李伯だ

前方に十人後方に十人、横に残りの近衛が付く

進む道が険しく、場所によっては賊が出るので四方をしっかりと固めているんですよと陽は説明した

「では、我々は先を急ぎますので」

「はい。道中お気をつけて」

見送りは少数でという陽の言葉により出て来ているのは州長と副官、それに美鈴、花音、蒼凜のみ

<また、お会いする時を心待ちにしています>

祥蘭の指した文字に美鈴はにっこり笑った

美鈴の優しい笑顔が好きだった

母とは違うけれど母のような・・・

温かい、心がポカポカする様な、そんなひと

走り出した馬車はあっという間に速さを増し、未だ静かな街中を駆け抜けた


5/18バルコニー→露台

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