二話
昔々、この世界は孤独で美しい一人の神が作った箱庭だったそうな。
幾年月も一人過ごした神の瞳から、ある時零れた一滴の涙が箱庭に落ち、海を作った。
箱庭に出来た涙の海から、神の箱庭が作りが始まった
という・・・・
まるで砂で遊ぶように、神は大地を作り、対になる空を作り、大地を彩るように樹を生やし、空を彩るように雲を流した。
変化を付ける為に太陽と月、昼と夜を作り、隠し味に一匙ほどの生き物の素を海に入れると、母なる海は生き物を育て、やがて生き物は陸地と海中に分かれて暮らし、長い年月を掛けて進化をしていった。
神は喜んだ。
孤独だった神の唯一の楽しみの箱庭はどんどんと賑やかになったからだ。
神は、更に大きな大地の塊を六つ作り、それを神の居る中島を挟んで対象にになるように配した。
島と島の間には海を作ってそれぞれの島が独自の成長をするように仕向け、更に、島にそれぞれ自分の力を直接注いで造った子供を置き統治をさせた。
子供は六聖獣と呼ばれそれぞれの大地の塊を栄えさせ、今も、母であり、父である神を楽しませているという。
<世界創世・神の箱庭より、抜粋>
国の化身である六聖獣という存在は、余りに唯人にとって強大な存在である。
化身である聖獣が大地を愛せば国は豊かになり、反対に聖獣の機嫌が損なわれるような事態になれば大地は揺れ、国は破滅の途につく。
故にどの国の民にとっても聖獣とは絶対なのである。
勿論、南の紅国においてもそれは同じことであった。
紅国の聖獣は、金の瞳、鮮やかな五色の羽を持つ鳳凰である。
孤高で気高く、美しく、その涙には癒しの力があると言われている。
そんな鳳凰は勿論、自然の化身である六聖獣は絶対の存在でありながら不思議な事に不死ではない。
一固体の生きる年数も一定ではなく、大きな幅がある
長く生きたもので千年を数えた聖獣もいたが、終わりの時は必ずやって来た。
終わりの時、聖獣は次代との世代交代を緩やかに始める。
力を粒子に変え、国中を回らせ、一定の条件化の下、唯人の女の腹に次代を宿らせる。
聖獣は子を生さない。
その理由は未だ謎だが、聖獣の根本にあるのは神を楽しませることである。
神が何を持って楽しいと思うかは人の与り知るところではないが、この継承もまた、神ののために行われているのだろう。
人が世代交代を知るのは、鳳凰が行動を起こし、次代が生まれ出て更に数年後・・・・鳳凰の証である金の瞳が次代に発現すると、同じ頃から今上の力は衰え始め、人は漸く世代交代を知る。
世代交代が確定すると、すぐさま九つある州・・・文州・貴州・光州・芳州・燕州・鋼州・礼州・京州・鈴州・・・の役所に指示が飛び、そこから、官民総出で次代を探すのである。
金の瞳が発現するまでの期間は一定ではないものの、総じて次代誕生十年以内であった。
しかし、その期間の差の違いは未だハッキリと分かっていない。
<紅国・聖獣と鳳凰と継承より抜粋>
「歴史書通りならば次代を見つけるのに長くても三年掛からないはずだった。
ところが、探し出して三年経ち、五年が経っても見つかったと言う報告書は国府にあがってこない。
国府は、国は大いに揺れたな。
次代にただならぬ何かがあって、もうその存在が亡いのではないかと疑いだすものが出てきた。
或いは、鳳凰に見捨てられたのではないかと喚く者も居た。
国府は右往左往し民は次代の無事を信じ社を参って毎日拝んでいたな」
紅国の地理的にも、政治経済という面でも中心地である貴州の、更に中心地、宝林にその城はある。
眼下には雲が漂う高台に、真っ白な外壁・・・付いた名前は白雲城。
別名鳳凰城とも呼び、最初の鳳凰が生まれ出でた地であると言われている。
その規模は国の中心という事もあり山三つ分にもなり、敷地内には白い外壁の建物が幾つもある。
その中で一際大きく豪華な建物の内部、文官長を示す白の扉に黒の線が一本入った部屋の中で、二人の男が向かい合っていた。
一人は、部屋の主で、紅国歴代最年少で百官の長である文官長に就いた男で、名は紫白という。
絹のような銀の髪を緩く纏め、女人のように華奢で、色白、かつ、美人な外見を持つのにも関わらず、その剣の腕は武官に勝るとも劣らない豪傑だ。
普段は涼やかな表情をしている紫白だが、今はそれも影を潜め、眉を寄せている。
重い溜息を吐いた紫白のその手には速鷹(馬より遥かに早い伝令専用の鷹)が届けた、次代発見の報告書。
紫白が文官長の地位に就いて三年間、否、それ以上に待ち続けた報告であった筈なのに顔色は余り良いものではない。
「漸く、見つかった・・・探し出してもうじき十年になる」
安堵したように息を吐くのは、背が高く、官服の上からでも鍛えられていることがよく分かる燃えるような赤い髪の男だ。
名を耀明といい、紫白と同じく三十を少し過ぎたほどだが、この国の武官の長を勤める猛者で、その身体には多数の戦跡がある。
「えぇ・・・本当に良かった。」
「今上にも連絡差し上げねばなるまい」
「ですが耀明・・・」
「どうした?
先ほどから顔を歪めて・・・顔色も良くない」
「・・・顔色も悪くなるというものです。
次代は囚われの身でした・・・それも、捕らえたのはこの国の民で、光も満足に入らないような小さな小窓のみある石牢に入れられていたと
・・・・・恐らく年単位で」
「それは・・・!」
「えぇ。物凄く不味いです」
「今上に知られれば大地が揺れるかもしれぬ。
いや、次代が完全にその力を継いだら、次代の手で・・・」
耀明は紫白から報告書の内容を聞き、肉食動物のような鋭い目をして低く唸った。
文官長と武官長、普段はそれぞれの立場から意見の衝突も多いこの国の双璧が、揃いも揃って神妙な顔つきで頷き合うというのは中々奇妙な光景だった。
だがその光景こそが現状を物語っているとも言える。
鳳凰は、この国の絶対的主だ。
本質は誇り高い清廉な存在で、それ故に事は一大事だった。
鳳凰はこの国の主だが、過去に激情でもってこの国を更地に帰した鳳凰もまた確かに居た。
それもその数は一羽ではない。
大地の化身だが、鳳凰が大事なのは神が自ら生み落とした鳳凰という気高き存在と、鳳凰自身でもあるこの紅国がある大地、そして神を楽しませるという使命なのだから人の世の事など、二の次三の次なのである。
「何処のどいつだ・・・そんなアホなことをしでかしたのは!!」
耀明が眉間に皺をこれでもかと寄せて吐き出す。
「・・・文州の国境近くに住む黎音という異国との混血がなしたようです。
詳しいことは何も分かりません。次代に伺わなければなりませんし、事の仔細を知るために情報を集めようにもその足跡を直ぐに追う事はできないでしょう」
紫白は難しい顔をしてそう零した。
聖獣、基、鳳凰の代替わりというのはそうそうあるものではない。
鳳凰によっては五十年で代替わりすることも、長い時では千年で代替わりするとも歴史書には記述されている。
何が切欠で代替わりが行われるのか、人の知る由もないが、各鳳凰によってその生きる年数は大きな幅がある。
今上は今年で二百年。
何も自分たちが長を勤めている時に代替わりしなくても、と二人は揃って息を吐いた。
だが、何時までも頭を抱えてばかりも居られない。
二人には次代を迎えるにあたって様々な業務をこなさねばならないのだ。
「この白雲城に到達されるまで、早くて七日か」
「えぇ。医官にはこれから状況説明をしにいきます。
到着なさるまで、何時でも診る事が出来るように医官には詰めていてもらわなければ」
「黎音はどうする」
「事の次第を詳しく知る為にも、尋問が必要でしょう」
「ならば冥月にさせよう」
「それが適任でしょうね。下手に刑部官に任せるより確実です」
刑部官とは、文官の一、国の法律を司る部署の官吏のことである。
文官には他に、式典・祭典等の行事を行う礼部官、国の金と戸籍を預かる戸部官、人事を預かる吏部官、土木を預かる工部官、そして近衛を除く兵士が所属する兵部官が中心で、これらを六部官と呼ぶ。
他にも細かく分類されるが、国政は主にこの六部官達が行っている。
対して冥月とは武官長直属の実力行使を許された裏の部隊だ。
文官とは違い、尋問をするにあたって長い前準備を必要とせず、直ぐに行うことが出来る。
紫白と耀明は改めて重い息を吐くと、それぞれ次代を迎える準備に取り掛かった。