十四話
「初めまして鳳凰様、わたくしは医官長凱志と申します」
「私は、文官長紫白と申します
鳳凰様の無事の交代、お祝い申し上げます」
意識を失って、三日後祥蘭は寝台に座りながら眼前で伏礼する二人の初対面の人物に対し目を白黒させていた
縋る様に寝台脇に控える陽を見れば心得たように微笑む
「凱志殿、紫白殿、交代を祝う前に、姫様は何も把握していませんので、説明が先かと思いますが」
急く二人に宥める様にそう言った陽は、未だ目を白黒させている祥蘭の肩に柔らかな絹を掛ける
「?」
「姫様、改めてお早う御座います
交代の儀、お疲れ様でした
あれから三日、経っておりますよ」
祥蘭が疑問に思うことに当たりを付けて伝えれば、今度は驚いたのか口を半開きにして陽の顔、紫白の顔、凱志の顔をキョロキョロと目を忙しなく動かす
「みっか?こうたいのぎ?」
「はい。
鳳凰の力を、姫様が継承なされたのです。鏡をお持ちいたしましょう
瞳は以前より遥かに鮮やかに金に輝いておりますよ」
「ほんとうに、ほうおうだったの・・・?」
「左様で御座います」
ボウッとする祥蘭に、凱志と紫白は顔を見合わせた
声を先代の力で取り戻した祥蘭だったが、慣れないようで舌っ足らずに、声も少し掠れているのが痛々しい
文州から急ぎで貴州までやって来た道中の事は隊長である陽から口頭で聞いている
詳しくは文に起こして改めて提出してもらう予定だが、道中速鷹で報せが合った通り、崋山では州城を抜け出し河を渡り海を泳いだというのは真実だったようで、紫白は祥蘭のか細い骨と皮のような腕を見て信じられなかった
この姿は、それでも発見した当初に比べれば遥かに生を感じさせるいうから驚きだ
「(この娘が生きてこれたのは偏に、次代だったからだろう
徒人であるならば、一年も持つまい)」
十年に及ぶ監禁の全容は、後々に聞くことにしようと内心で思い、凱志に視線を向ければ応えるかのように一つ頷かれる
「恐れながら、姫様、少々お時間宜しゅう御座いますか?」
「は、い」
「改めまして、わたくしは医官で御座います
長きに渡る生活でどれほど身体に負荷が掛かっているのか診させて頂きたいのです」
「・・・?よく、わからないですが、おねがいします」
「では、詳しくお調べしますので、わたくしの部下二人、入室させて頂いて宜しいですか?それから、鳳凰様は女性ですので、陽殿と紫白殿には扉の向こうに立っていてもらいましょうか」
そう言うと、陽と紫白が部屋を出て代わりに白い服を着た娘が二人中に入ってくる
「白い官服は医官の印で御座いますよ
近衛隊は、蒼い官服
文官は、黒い官服で武官は紅い官服で御座います
姫様、右の娘が雪奈、左の娘が陽緋
二人とも医官の中では数少ない女性であり、貴女様と年が近いということ、若いのに優秀ということ、以上三点から貴女付の医官に選びました」
「「宜しくお願いいたします」」
頭を下げた二人に倣い祥蘭も頭を下げる
下げた頭を戻せば三人が三人とも奇妙な顔をしていた
「?」
「(まぁ・・・こういう事を教えるのは紫白殿のお仕事ですからね)
さて姫様、問診、触診を順に行わせていただきます」
聖獣であり国主たる絶対の存在が、頭を下げるなんて聞いたことが無かったが、継承したばかりな上に、つい七日前までは監禁されていたのだから、当たり前が当たり前ではないのだろう、と全ては紫白に任せる
もとより、医官の凱志では畑違いなのだから。と考えながら目を掛けていた雪奈と陽緋を呼び寄せ診察を始めた
「それで?鳳凰様はどういうお方なのでしょう?」
部屋の外に出た後、並んで扉の前に立ちながら紫白が小声で問う
陽と耀明、紫白は年が近く、立場も等しい為に他の者よりも気安さがあった
「どういう、とは?何が聞きたいんだ紫白。昔からお前は遠回しに聞いてくるが、こういう事は直接的に言ってくれ
俺はお前達文官とは違うんだからな」
やれやれと肩を竦める陽に紫白はそうでした、と頷く
「武の者は近衛でも武官でも同じことをおっしゃいますね。耀明もそうでした
私が聞きたいのは、人となりです。私も含め、鳳凰様は前鳳凰であらせられた白鐸様しか知りません
これから先、国政に関わることですから鳳凰様を知っておかなければなりません
貴方達が助け出してからの概要は、口頭で昨夜聞きました。道中の事も掻い摘んで、は、速鷹の文で多少は。
ですが鳳凰様の人となりは何もなかったので、お聞きしておこうと」
「まあ、それはそうだろう。接し方感じ方などそれぞれであるわけだし、国のためにある文官と鳳凰のためにある近衛とではより一層違う」
顎に手をやり横目で紫白に言えば、貴方の主観で構いません、と返された
「そうだな・・・・・・・これは、迎えに出た隊員全員一致の考えなんだが、あの方は黎音に心を囚われている
黎音を指す時、姫様は飼い主と呼び、囚われていた石牢を鳥篭と呼ぶ
十年、生殺与奪を握られていたからかまるで刷り込みのようだ話を伺っていて思った
それから酷く臆病な方だと思う。目の前で、実の両親が殺されている・・・それも酷く惨くな
そのせいのか人が傷付けられることに敏感だ」
「それは、不味いでしょう・・・絶対の存在を、聖獣を、支配できる存在があってはならぬこです!」
「あぁ。」
「下手すれば国が揺れます」
「あぁ。不味いさ
だが、これは周りがとやかく言って何とかなる問題じゃない
俺達に出来る事はといえば、囚われる直前から囚われている間何があったかを調べること
姫様をあらゆる肉体的苦痛から遠ざけること、だろう」
「それは」
「黎音はどうしている」
「近衛の副隊長が連行してお前達が到着する前日に到着しています
今は副隊長も同席して冥月による尋問が行われていますが、あまり成果はないのが現状ですね」
「冥月でも吐かないか」
「まあ、尋問は始まったばかりです。様子を見るしかありませんね」
紫白が溜息を吐けば、見計らったように扉の内側から入室許可が下りる
「ひとまず、明日からの予定なんかをきちんと説明しておいたほうが良い。姫様には余り物を隠して進めると混乱の末に勘違いなさるやもしれぬ」
「それが崋山の半日行方不明になった理由ですか」
「あぁ・・・理由の一つだ」
「肝に銘じておくとしましょう」
「終わりましたか?」
「えぇ、今出来る事は終わりました
喉は、使えば完全に戻るでしょう
身体のほうは、かなり限界だ。徒人ならば紫白殿も予想が付いていようが、とっくの昔に・・・
つまり、身体機能がかなり落ちています
胃の腑など、特に・・・・・・・
処置としては薬師に毎日薬湯を煎じさせ、食事も少量でも栄養価の高いものを摂っていただき、筋力がほぼ無いので適度に動くことも必要であろうな
眠ることに少し抵抗がある様に感じたので鳳凰様の承諾の如何によってではありますが睡眠香も必要となってくるでしょう」
寝台に寄って挨拶をする陽を見ながら、凱志から報告を聞けば予想通りの結果であったことに落胆する
「少しでも予想は外れていて欲しかったものです
凱志殿、下がった後、薬師への通達と料理人達への通達、お任せしても宜しいですか?
私はこの後も暫く鳳凰様に話しておかなければならない事がありますので・・・
三日眠り続けたのです。特に食事はきちんと摂って頂かなければ」
「構いませんよ。とは言っても、わたくしは走れないのであの二人に走ってもらうとしましょう」
控えている雪奈と陽緋を指す
「それで、当代はどの様な方でしたか」
小声で尋ねた紫白に凱志は目を細めて祥蘭を見る
「控えめな方だと思いましたよ
わたくしは長らく白鐸様に仕えていたから余計にそう思うのかも知れませぬが
此方に対しても彼の方が知る限り、最大の敬意を持って接しているように感じました
勿論、一刻に満たぬ間に何を知るのかと言われてしまえばそれまでですが、ね」
長らく浴びていた絶対零度の眼差しとは真逆の、少し戸惑ったようなけれど優しい眼差し
奇妙なほど此方を穏やかにさせると凱志は内心呟いた
「あぁ、そうそう・・・・話していて思ったのですが、どうやら知っていること知らないことの差がかなり大きいようですね
きちんとそのあたりを踏まえておかなければ、いらぬ混乱をさせてしまうでしょう。お気をつけ下さい」
「なるほど。・・・・・・・・・・わかりました」
「ではわたくしはこれで。
鳳凰様、御前を失礼いたします」
伏礼した後、出て行った凱志と雪奈と陽緋を見送る祥蘭をそっと盗み見れば瞳になんとも複雑そうな色を宿していて驚く
「鳳凰様?」
「なんでも、ないです」
「私は、鳳凰様の思った事は、些細なことでも知りとう御座います。
宜しければ、お聞かせください」
懇願のようで、強制でもある
視線を合わせるように床に方膝をつき寝台に腰掛ける祥蘭を覗き込む
祥蘭は交わった視線を一度逸らしてから、もう一度視線を戻した
「・・・・・・ゆめみたいだと、おもったんです」
「「夢?」」
陽と紫白の声が重なる
「いまも、ずっとゆめみたい
ほんとうのわたしは、とりかごでねむっていて、そとがこいしくて、こがれて、しあわせなゆめをみてるんじゃないか、って」
途切れ途切れに話す祥蘭の瞳は暗く、澱んでいる
紫白は、勤めて、冷静な様を演じながらも陽の言葉が真実であることを目の当たりにし内心では焦っていた
「でも、ほうおうはいやだな、ぁ
わたしじゃなくなったみたい」
ぽつりと呟いた声が、響く
「姫様は、鳳凰がお嫌なのですか・・・?」
「よく、わからないもの」
「では、これから学んでいけば良い所を沢山知っていけますよ
鳳凰様・・・姫様は、まだ何もご存じでいらっしゃらない
貴女の知る世界は、貴女の仰る鳥篭と、故郷の家と、近衛達と進んだ道のみ、なのでしたね?
それは、驚くほど狭い世界なのです
これから、世界を知っていきましょう
世界は、とても広い
世界を知れば、色んなものが見えてきます
それは驚くほど、輝いて見えるはずです
そのお手伝いを、私、紫白や陽や、今日は同席していませんでしたが耀明という豪快な男が中心になって致します」
お許しいただけますか?と紫白は祥蘭を見た
何度目かの、視線が交わった