十一話
白雲城、またの名を鳳凰城
白い外壁、巨大な門は圧巻で、この城に勤める人間は文官だけで千を数える
大きく、広大な土地の一角、高地にある城の中でも一番高いその場所に、鳳凰の寝所を含む宮がある
名を、初代鳳凰の人名から取って黎明宮という
その黎明宮の最奥、今上鳳凰の主寝室では次代の到着を今か今かと待ち続ける今上帝、白鐸が静かに座っていた
「・・・・・・・・・・・誰だ」
「医官長、凱志です」
「入るがいい」
「失礼いたします
・・・今上、お加減は如何でしょうか」
「・・・変わらずだ。そも、代替わりによる体調不良など、人が騒いだところで何も変わらぬ
医官長自ら訪ねてくる必要も無い」
「そう申されましても・・・わたくしはわたくしの役目を果たすのみで御座います」
「・・・・・好きにするがいいさ。」
スッと視線をずらした白鐸に凱志はゆったり近づき脈を測る
手に取った白鐸の手首はすっかり細くなってしまっていた
時は刻一刻と近づいている
「随分・・・お痩せになりましたな」
「ふん。それが代替わりだからな。
我が力は順調に次代に移行しつつある」
白鐸はかつて、そう・・・・・もう二百年前になる
先代の最後の姿を思い浮かべた
商人の子であった先代は常にその心を悟らせなかった
或いは、未熟な己のみが気付かなかっただけなのかもしれないが・・・
しかし、最期のとき、彼の方は確かに瞳を揺らしていたのだ
「(今ならば、先代の心が分かる気がする)」
鳳凰とて、力を継ぐ前は人だ
自分は、礼州の学舎に勤める教師の息子だった
勉学に厳しい父と、礼節に厳しい母・・・そんな二人だった
鳳凰として認知されても、十になるまでは生みの親が共に白雲城で暮らす
十になる迄は人の常識、良識を知り、十を過ぎると初めて、政と鳳凰の力の使い方を習う
鳳凰は力を継いだ時から人ではなくなる故に、人の事など知る必要があるのか?と思うのだが、人の事を知るのは必要なことなのだと何代か前の雌の鳳凰が提唱した事なので素直に代々の鳳凰達は従っている
十になってからの生みの親の処遇は歴代鳳凰それぞれで異なるが、自分の場合は親の願いも有り、元の礼州に戻した
鳳凰の中には、親が死ぬまでずっと黎明宮で過ごさせたり、宝林の一角に屋敷を立てさせたり、或いは元の土地ではない場所に居を移させたりと様々だ
・・・鳳凰という存在から解放される
それは心にほんの少しの空虚さと、大きな安堵を浮かばせる
感情の読めなかった、先代も、きっとこのような気持ちであったのではないか
役目を果たす、その時の気持ちはきっと代々どの鳳凰も大差ない筈だ
「(・・・・・・・・・・・次代、早く来るといい
・・・・・・・無事に、着くといい)」
残された時間は僅か
自分がかつて先代にしてもらったように、次代にもしなければならない
それが、最期の鳳凰の仕事なのだから
肉付きの薄い手を握り白鐸は目を瞑った
「凱志殿、今上の容態は如何ですか」
「紫白殿・・・順調に力は移行しているようで御座います」
「そうですか」
「・・・」
「?どうされましたか」
定期報告をしていた凱志が急に黙り込み紫白は何事かと身を乗り出す
「いえ、わたくしは五十年この白雲城に勤めておりますが・・・あのような今上帝を見た事が無かったものですから」
「それは、どういう・・・?」
「冷たい、氷のようなあの方がどこか安堵を滲ませているように見えました
わたくしのようなものに感情の揺れを見せたことなど無かった・・・
どうにも、・・・・不思議な気持ちですな」
凱志は蓄えられた白髭を撫でながら、文官長執務室から外を見る
医官長に任命され、定期報告を行うようになったこの二十数年何度も見た風景の筈なのに何時もとは違う様に見える
其れほどまでに、動揺していたらしいと凱志は苦笑を漏らした
凱志にとっても初めての鳳凰の代替わりだ
動揺しないほうが可笑しいのかもしれない
「・・・・・・・次代様の御付は何時頃になりそうですかな?」
「空が茜に染まるまでには着くと、先ほど速鷹の定期報告の文にありました」
「何とか、間に合いそうですな・・・しかし、随分急ぎの旅になってしまった事を考えると次代様の体調が気に掛かります」
「ええ。近衛隊も慎重にかつ、急ぎでという此方の要望に可能な限り応えてくれているようですが、元の体力の消耗もどれほどか分からない以上、次代様の体調が気がかりです
次代様を迎えるにあたって、万全の準備が必要ですね」
「勿論・・・医官、薬師には既に準備にあたらせておりますよ
しかし、力の完全な移行が何よりも優先すべきと今上も仰っている以上、次代様には直ぐに黎明宮の白鐸様の寝室に行って頂かなければなりませぬ」
「えぇ。既に、近衛に向けてその旨を記した文を持たせた速鷹を飛ばしております」
「・・・では、そのように
わたくしは部下の指導に向かいまする」
一礼し部屋を出て行く凱志を見送り紫白は息を吐いた
これからが正念場である
「紫白、宮城警備について打ち合わせに来たぞ」
音を立てて部屋に入って来た耀明に溜息をこぼす
「いきなり入ってくるものではありませんよ耀明」
「何を今更。
・・・たった今、凱志殿と擦れ違ったぞ」
「定期報告です。今上と次代が顔を合わせていない以外は、順調に力は移動しているようです」
「一番しなきゃならんことが残っているわけだな
それで警備は?」
「えぇ。貴方のことです。もう配備しているんでしょうが、武官達を黎明宮外に多めに配置お願いいたします」
「もうした。黎明宮中には近衛が自主警備を行っている
黎明宮の外に配備した兵も将軍職を中心に実力者ばかりだ
間違いが起こらないように慎重を期している」
「何か起こるわけには行きません。万全の警備体制をお願いいたします」
「あぁ」
「・・・・・・・・・・・・・今我々に出来る事は全てやり終えました
後は、次代様の到着を待つばかりです」