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聖女はすべてを救えない  作者: 右京寺
第2章

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領都へ向かう道

孤児院の景色が遠ざかり、街道の砂埃が舞う。

シェラは、アルベルトが用意させた豪奢な馬車の揺れに身を任せていた。

向かいには、1年間の「様子見」を通じてすっかり顔馴染みとなったユーリと、かつては鋼鉄のような威圧感を放っていた副団長ヴォルクスが座っている。


「シェラ、閣下がお待ちかねだ。君が送った『報告書』の束を読み耽っては、早く本人を連れてこいと毎日急かされて…」


ユーリは愉快そうに肩をすくめる。


「……そうですか。あの量は、読むだけでも一苦労だったはずですが」


アルベルトに送った報告書は、村全体の衛生環境の現状と改善案、行動した結果そして今後の展望と他の村への活かし方などをまとめたものだ。課題自体も多く、なかなかの分厚さになってしまった。


「閣下は君の能力を高く買っておられる。……今頃、不機嫌な顔で君の到着を指折り数えておられるだろうさ」


ヴォルクスの言葉に、シェラは少しだけ遠い目をした。

1年間、直接会うことはなかったが、書簡のやり取りだけであの領主の要求の高さは十分に伝わっていた。領都に着いた瞬間、山のような「仕事」と「教育」が待っているのは火を見るよりも明らかだ。


(……前世でも今世でも、結局私は現場に骨を埋める運命なのね)


シェラはその現実に少し肩をすくめた。


「それにしても、シェラ。たった一年で、見違えるほど美しいレディになったな」


不意にヴォルクスが、柔和な笑みを浮かべてそう言った。

かつての彼は、異質な知識を持つシェラを常に警戒していた。だが、何度も孤児院を訪れ、彼女が真摯に子供たちの命を守る姿を見るうちに、今では年の離れた妹を慈しむような、優しい兄の顔を見せるようになっている。


「本当にな。そのスカイブルーの瞳に宿る理知は、王都の着飾った貴婦人たちよりもずっと眩しい」


 ユーリまでが調子を合わせて追従を述べる。


「……お二人とも、お世辞が上手いですね。貴族の社交辞令というものは、10歳の子供相手にも容赦がないようで」


シェラは淡々と、可愛げのない返事をした。

自分ではあまり実感がない。石鹸作りの灰に塗れ、毎日孤児たちに算数と衛生学を叩き込んでいた身だ。実際、鏡なんて高価なものは孤児院には存在しないのである。水面に映る自分を見るのが精々だし、レラの調合をチェックする方が有意義だった。


「お世辞ではないのだがな……。まあいい、君のその冷徹なまでの冷静さも、閣下のお気に入りだ」


ヴォルクスは苦笑し、膝の上に広げていた地図を指し示した。

馬車が領都の門を潜る直前、シェラは二人の口から、アルベルトという男の、そしてこの領地の現状を聞かされた。


「アルベルト閣下は、今年で28歳になられる。3年前先代を亡くし、この広大な、そして魔獣の脅威に晒され続ける辺境を引き継がれた」


ヴォルクスの声が、軍人の重みを帯びる。


「辺境伯領は、王国の最前線だ。だが、常に戦火に晒されるこの地は慢性的な人手不足……。特に『兵士の消耗』が激しすぎる。一度深い傷を負えば、どれほど優秀な騎士でも前線を退かなければならない。癒し手の数、魔力にも限界があり、癒しで救えない傷はすべて『死』か『廃兵』に直結しているんだ」


ユーリが静かに言葉を継ぐ。


「シェラ。閣下が君に求めているのは、君一人が飛び抜けた癒し手として振る舞うことではない。……君の持つその異質な知識を、この領地の『当たり前』にしてほしい。」


28歳。シェラが前世を終えた時とほぼ同じ年齢。

若き領主が背負うのは、物理的な防壁だけでなく、崩れゆく領民の「命」そのもの。

シェラは窓の外に広がる、活気の中にもどこか張り詰めた空気の漂う領都の街並みを見つめた。

あまりに重い課題。あまりに異質な期待。

けれど、その困難さが、彼女の心を微かに高鳴らせる。


(……看護師は、特に手術室看護師は縁の下の力持ち…ですよね先輩)


「……承知いたしました。私にできることを精一杯、閣下の、領の基盤を支えさせていただきます」


シェラは静かに、しかし鋼のような決意を胸に、アルベルトの待つ領主館を見上げた。

 

2章が始まりました。

「手術室看護師は縁の下の力持ち」これは実際に先輩に言われた言葉です。

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