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“め”  作者: 橘樒
2/6

遭遇

 さらに一時間近く車を走らせ俺たちはようやく旅館に到着した。時刻は午後五時近くになっていた。場所は完全な山奥というわけではなかったが、夜になると周囲は真っ暗になるような、そんな場所だった。


 午後五時近くとはいえ真夏だからまだ明るい。しかし周囲を山々に囲まれているためかどことなく薄暗いような不思議な場所だった。


「はい、着いた」


「ういー、お疲れー」


「荷物車内に忘れんなよー」


「言われなくても分かってるって」


「ありがとう、太田君」


 そういって俺たちは車から降りて少し荒れたコンクリートに立ち背伸びをした。駐車場には自分たち以外の車が三台ほど止まっていた。


 笑いながら太田が言った。


「ここが心霊スポットみたいなもんじゃね」


「やめろよ、今から泊まるのに」


 俺は言う。


「まあ値段が値段だしこんなもんだろ」


「ごめん、ミスった?」


 石田は気まずそうに言う。


「いいって、石田が気にすることじゃねーから」


 確かにホテルの外観は遠目にもわかるほど古びていた。あのブログの写真で見たよりもずっと本物は年季の入っている建物だった。ところどころ壁にひびが入っており、廃墟と言われればぎりぎり納得できるような、そんな建物だった。しかしそれでもかつては栄えていたのだろう、建物は五階建てでひびに目を瞑れば立派な旅館だった。


 これで一泊5000円ならば安いのかもしれない。そう思いながらチェックインのため玄関に入ると意外にも中は小奇麗で外観に似つかわしくないシャンデリアが煌々と照っていた。ところどころに立派な棚と郷土品らしきものが置かれている。しかし俺たちには良さがさっぱり分からないようなものばかりだった。こういった旅館に来る客層には売れるのだろうか。


 フロントでは眼鏡をかけた中年の男性が対応してくれた。他の客の予定がこれ以上入っていないのだろう、必要以上に丁寧に旅館の説明をして部屋まで案内してくれた。


「お食事の時間はどうされますか」「大浴場がございます」「電話ボックスは一階の……」


 俺たちのような若者には旅館の利用方法など分からないと思われているのかもしれない。まあ事実ではあるが。


 案内された部屋は307と308。三階の奥の角部屋だった。俺たちは四人以上の大部屋よりも二×二人部屋の方が安上がりだったため二部屋予約していた。レンタカーのこともあり、運転してきた俺と太田が308、長嶋と石田が307に入ることになった。


 部屋で荷ほどきをしていると


「なんか思ったよりもいい部屋だな」


 太田がポツリと呟いた。実際内装も玄関と変わらず古臭さはあるものの小奇麗で、それは歴史を感じるようなタイプの古さだった。ただボロいだけの旅館ではないようでひとまず俺は安心した。


「ほぼ貸し切りみたいなもんじゃん。三階誰もいねーんだろ」


 太田の言う通り三階は俺たち以外に客はいないようだった。どうやらファミリー向けの大部屋は二階に集中しているらしく、ここに来るまでに他の客は見なかった。駐車場には三台車が停まっていたので俺たち以外の客は皆家族で訪れているのだろう。地元の客だろうか。


「カラオケし放題じゃん。ライブするっきゃねーな」


「追い出されたらどうすんだよ」


「俺の美声に酔わせる」


「太田音痴じゃん」


「魂に響くんだよ俺の歌は」


 ひとまず無事についた安堵感から俺たちは冗談を言い合っていた。


 しばらくして窓の近くで太田が言った。


「窓辺、景色いいぜ」と太田が言った。


「センチメンタルか?」


 俺が笑うと太田は黙って手招きした。手招きに従い窓に近づいてみると、確かに前面に大きく山が見え風が気持ちよく通り抜ける。太田が珍しいことを言うなと思ったが実際にいい景色だった。


「窓開けんなよ」


「なんでだよ」


「虫とか入ってくるだろ」


「カブトムシとか来るんじゃね」


「来るわけねーだろ」


 窓から外を見つめながらそんな談笑をしている最中、俺は何かを山の中に見つけた。いや見つけたのではない。前面に広がる真緑の中に二つ、丸く光る何かが見えたのだ。


「目……。か?」


 なぜかふと呟いてしまった。


「何が?」


 それは生き物の目ではない。そもそも広大な山の中の一匹の生き物の目など窓越しに見えるはずもない。そのぼうっと浮かんで見えた二つの光はいわば山全体を顔としたときに目の位置に出現したのだ。微動だにしないその光と俺はしばらく見つめ合っていた。


「なあ……。あれ何?」


 太田に尋ねるが


「何が?なんか見えんの?」


 あくまでも太田はその光には無反応だった。


 ふと気が付くと見つめ合っていた光は消えてしまっていた。


「どしたん?」


「いや、なんでもない」


 俺はそう呟いた。なぜか、無意識の中で。


 俺たちが荷解きを終えて307に向かうとちょうど二人も一段落ついたところのようだった。


「こっからどうする?ちょい晩飯まで時間あるけど」


「あるって言っても少しだよ?7時からでしょ?」


「まあ1時間ちょいくらいだけど」


「佐藤はどうする?」


「ああ……。俺はまあゆっくりしときたいかな」


「まあ佐藤と太田は運転しててくれたわけだし疲れもあるか。でも俺ちょっと散策行きたいんだけど」


「わかる、俺もだわ。こういうところ来た時ってやっぱ散策だよな。なんか見つかるかもしんないし」


「じゃあ太田君と長嶋君の二人で行ってくる?僕もゆっくりしときたいから」


「んじゃあそうするか。佐藤はそれでいい?」


 長嶋がこちらを見て言った。


「ああ、いってら」


 こうして俺と石田だけが部屋に残り二人は散策に向かうことになった。正直疲れてはいた。しかしそれよりも明確に行きたくない理由があった。さっき見たあの“山の目”とでもいうべき不気味な光。あれに近づいてはいけないような気がしていたのだ。


「ふぅ……」


 何故かため息をついてしまっていた。


「やっぱり疲れた?運転お疲れ様」


「ああいや、まあ」


「でも二人ってば元気だよねえ、後1時間くらいじっとしとけばいいのに」


「まあ大学生ってこんなもんだろ」


「そうかな?僕たちがオジサンってこと?」


「いやそうは言ってねーけど」


 俺たちはぽつぽつと会話しながら二人が返ってくるのを待っていた。もともと太田と長嶋は高校からの同級生なので知り合った最初は石田と俺は二人でいることが多かった。だから別に気まずくもなかった。それよりも俺は頭の中のあの光景を思い返していた。


 山の中に浮かび上がった光。周囲は白い光で中心部は吸い込まれそうな穴のように黒かった。どう見ても白目と黒目にしか見えないそれは、果たして一体何だったのだろうか。

そんなことばかり考えていると


「少し不安なんだよね」


 石田が呟いた。


 俺は心を読まれたようで少しドキリとする。


「なんでこの旅館何も情報がないんだろう。だっておかしいと思わない?SNSとかに何の投稿もされてないんだよ?それだけならまあ高齢の地元客しか来ない秘境的な感じなのかなって思ったけど。でも来てみたら普通に栄えてたような面影もあるし値段より明らかに豪華に感じる。それに他のお客さんもいるし、サービスエリアで聞いた話と辻褄が合わないんだよね」


 石田の感じている違和感は俺も思っていることだった。気にするほどでもない違和感。一つ一つはそうだ。ただそれが積み重なるとどうにも腑に落ちない。


「それに心霊スポットの件もあるでしょ?猪後トンネル。サービスエリアの人の話聞く限りマジっぽいんだよね」


「正直行きたくねえなあ」


 俺は本音を口にする。猪後トンネル。軽くネットで調べただけでも怨霊だとか怪異だとか悪い噂が山ほど出てくるような場所だった。


「というか、オカルト的にというより普通に危ないんだよ。廃トンネルって。崩落の危険性とか野生動物とか、地元の半グレがいたりとかってよくあるじゃない」


「まあ半グレに関してはこっちも大差ないような柄の悪さだけどな」


「いやいや、僕ら結構真面目ちゃんでしょ」


 石田も様々な違和感を感じ取っている。石田になら話しても見てもいいかもしれない。


 あの目について。


「なあ……。こっから窓見たらさ、山見えるじゃん?」


「うん、結構眺めいいよね」


「いやそうなんだけど……。なんか……、見えなかった?」


「何が?窓からなんか見えるの?」


 石田は窓に向かって歩きだす。


「山……しかないけど?綺麗だけど何かあるの?」


 不思議そうに窓際からこちらを見つめる石田に意を決して俺は言う。


「さっきさ、308からちょうど今石田のいる位置から俺も山見てたんだよ。太田と二人で。そしたらさ……。なんていうかな……。山の真ん中ちょっと上くらいに“目”みたいな光が見えてさ……。周囲が白で真ん中が黒くてなんか視線を感じる光っていうか。そんなのが見えたんだけど」


「えー……。なんも見えないけど……」


 若干引いている素振りの石田に俺は言う。


「いやいいわ、ちょい今の話忘れて」


「大丈夫?目薬とかいる?」


「いやいやだからなんでもない、忘れてくれって。てか目薬まで持ってきたの?」


「一応持ってきたけど。運転で疲れたんじゃない?どうせまだしばらく二人戻ってこないし、寝てていいよ。時間きたら起こすから」


「いいって、母親かよ」


「そう?まあほどほどに休みなよ」


 大丈夫そうに軽口をたたきながらも俺は言いようのない不安に襲われていた。


 何か気持ちが落ち着かない。どうでもいいはずのことがずっと頭を駆け巡る。旅館の情報が出てこないなんてこんなド田舎の旅館ならおかしくもない。ましてやSNSなんかに載っているはずもない。異様に金額が安いことだって経営難だとか、人が来ないから趣味でやってるだとか、先祖代々やってる旅館だから続けざるをえないだとか理由はいくらでも考えられる。

 

 心霊スポットなんか所詮オカルト話だ。霊が出るだの、野生動物が出るだの、そんなもんは行ってみないと分からないし今悩んだってしょうがない。さっきの光だってただの俺の疲れ目だろう。合計で二時間以上運転している。何か見えたっておかしくない。全てのことが気のせいで全てなんでもないことのはずなのだ。

 

 なのに、それが異様に気になって仕方がなかった。


「「お待たせ」」


「おかえり」


「なんかあった?」


 俺は二人に尋ねる。声が少し震えていたことに自分でも驚いた。


「いーや、マジでなんもない」


 太田が大きく手を振るジェスチャーをしながら答えた。


「地図見る限り徒歩圏はマジ山しかなさそう、一応山ん中に川というか沢みたいなのはあるけど」


 長嶋もやや落胆した様子でそう答えた。


「そうか」

 

 俺はホッとするような不安になるような複雑な気持ちで返事をした。


「なんか……。心霊というか、オカルト的なものもなかったのか?」


「どした?そんなにこえーの?心霊」


 長嶋は俺の抱える不安など露知らずといった反応だ。


「いや、マジでねえ、つーか山ん中少し入ったくらいでそれ以上移動してない」


 太田がそんな長嶋の代わりに俺の疑問に答えた。


「思ったより絶海の孤島って感じよ。徒歩じゃあなんも出来ねーわこれ」


「山の中ってなんかあった?」


 石田も俺の様子を窺ってか二人に質問する。


「いやだから少ししか移動できてないんだって」


「入った感じなんもなかったけどな、普通に道路と木と……。あーなんか社?祠?みたいなのはあったけど、お地蔵様がいるやつ」


「あれ山に行くと必ずと言っていいほどあるよな」


「祠……」


「いや多分心霊的な奴期待してるなら違うぜ?マジで普通の小さいお地蔵様がいるだけの奴だったから」


 期待という言葉選びが皮肉屋の長嶋らしい。ただ俺はひとまず安心した。


「ああ……。そうか……」


「どしたん?」


「ん、ちょっと佐藤君疲れちゃったみたい」


「体力ねー、引き籠りか?」


「お前が後半の運転任せたからなんじゃねえのか」


「いや大丈夫、心配すんな」


「そ?ならまあいいけど」


「まあいいや、散策お疲れ。もうすぐ夕飯だよ」


「おっけ、少ししたら行こうぜ」


「腹減ったわー」


「太田君サービスエリアで串揚げも唐揚げも食べたでしょ」


「食べても腹減るんだよ」


 こうして俺たちは戻ってきた二人と合流し三階の中心にあるエレベーターホールまで歩いてエレベーターで一階の食堂へと向かった。どうやら旅館はエレベーターホールを中心に301から304、305から308に分かれている構造になっているようだったが、エレベーターホールより奥は異様に静かで人の気配がしない。やはり三階は俺たちしか泊まっていないのだろう。


「それにしても5000円で食事つきって。何が出て来るんだろうな」


 長嶋もそこは不思議に思ったらしかった。


「何が出て来るかは知らないけど、予約したときに食事無しでって言ったら周囲にコンビニもないから食事も出しますよって」


「サービスってことか?」


「タダ飯じゃん。やっぱ俺の直感当たってんだよ。良い旅館だっただろ?」


「なんでお前が誇らしげなんだ。お前最初ディズニーとか言ってただろ」


 旅館全体が静かだからか俺たちの声はよく響く。若干迷惑かもなと思いつつ食堂へ入る。


「四名様ですね、こちらへどうぞ」


 受付で対応してくれたメガネの男性がここでも対応してくれた。やはり人手は多くないらしい。食堂全体を見渡すと老夫婦が一組だけ端の席に座っていた。


「ではこちらへ」


そういって俺たちは老夫婦の対角の席に案内された。


「食事は順番にお持ちしますので。お飲み物の種類はどうされますか」


「全員ビールでいいよな?」


 太田が確認する。全員が無言の肯定をした。太田以外はそれなりに緊張しているらしかった。


「ではビール四本お持ちします。少々お待ちください」


 そういって男性は厨房の奥へと消えていく。緊張の糸が解け切らないのか小声で長嶋が喋り始めた。


「順番にお持ちしますってコース料理かなんか?」


「どうなんだろ、そうだったらお得かも」


「お得どころじゃなくないか。旅費5000円だぜ、ぼったくりなんじゃねえの」


「馬鹿お前声がでけえよ、聞こえたらどうすんだ」


「いや流石にぼったくりじゃないと思うが……」


 どうしてこうすぐ馬鹿話になるのか。そんなことを想っているとメガネの男性がお盆にビールを四本乗せて戻ってきた。


「ぼったくりではありませんから、ご安心ください」


 微笑みながら男性はビールを注ぎ始める。


「聞こえてたんすね……」


 長嶋が気まずそうに答えた。


「いいんですよ、学生の頃ははしゃいでおくべきですから」


「すみません……」


 俺は小声で謝る。


「ところで料理ってどんな感じなんすか?」


「すぐ前菜をお持ちしますから少々お待ちください。口に合うかは分かりませんが地元の食材を利用した

和食のコースとなっております」


「おいしそうだね、でもなんで食事つきにしていただけたんですか?予約したときは食事無しのつもりだ

ったんですけど」


「ええ、この周囲は散策されましたか?ご覧の通り周りは山ばかりで最も近くのコンビニでも車で二十分

ほどかかるんですよ。それにこれは裏の話になるんですが、食材は仕入れるときは一度にそれなりの量を仕入れますので、予約が入らないと消費しきれないのです。本日は皆さまと他二組のお客様にご予約いただいておりまして、そこからしばらくご予約は入っていないのです。ですので、食材が余ってしまうので夕食であれば当旅館でと思いましてご提案させていただきました」


 二組?駐車場には三台の車があったが……。スタッフの物なのだろうか?


「へえーありがとうございます」


「ありがとうございます」


「あざーす」


「やっぱお前声がでけえよ」


「いいじゃん、おっさん許してくれてたぜ?」


「だからおっさんとかいうなって……」


「とりま乾杯しようぜ」


「「「「乾杯!」」」」


 酒が入ると俺たちは緊張がほどけすっかり普段の飲み会の様相を呈してしまった。いつものように太田がバカでかい声で喋り場を盛り上げ、それに長嶋と俺がツッコむ。石田だけのらりくらりと会話に入ったり入らなかったりしながら食事を楽しんでいた。


 俺たちの様子は普段の居酒屋と何も変わらなかった。食事も高級なものなのだろうがしかし俺たちは旅館の飯など食べるのが初めてだったので正直言って普段の安居酒屋と違いがよく分からなかった。

 

 男性が料理を運んできてくれる度細かに説明してくれていたように思うのだが、その説明も正直なにも頭に入って来やしなかった。唯一石田だけ熱心に説明を聞いていたような気がする。

 

 とにもかくにもこの食事の時だけは俺は心から安らいでバカ騒ぎできていた。スタッフの男性も時折砕けた口調になりながら会話に参加してくれてとても楽しかった。ふとこんなに騒ぐと老夫婦に迷惑かと思いそちらの方向を覗いたがとっくに食事を済ませて出ていったようだった。


 だがほんの数時間後のことだった。俺はとてつもない恐怖に襲われることになる。

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