第9話 ミラー子爵家のタウンハウスに到着
ミラー子爵家のタウンハウスに到着。
ええと……、これがタウンハウス?
思わず首をかしげる。
私が今まで過ごしていたルブルクセン王国での貴族のタウンハウスっていうのは、王都にある別宅のこと。
高位貴族なら大きなお屋敷をお持ちだろうけど。
普通は集合住宅の一室、もしくは小さなお屋敷……のはず。
だけど、この場所は、どう見てもタウンハウスには見えない。
立派なお屋敷が四棟。
そして、その中間に広い空き地……。
えっと……。
「ひ、広くて大きいですね……」
「はあ……。元々はもっと街中の、小さな家を所有していたのですが……、諸事情ありまして」
諸事情……、聞いても大丈夫なのだろうかと思いつつ、まず庭らしき空き地を見る。
ええと、空き地……、四棟のお屋敷の真ん中に、どーんと長方形に大きく開けている。何だろう、これ、この空間。
花壇も木も何もない。
硬く踏み固められた土の地面。
たとえるのなら練兵場。もしくは何らかの建設予定地。
あー……、いや、一つだけ、空間の真ん中に、何かがある。
えっと……、船着場でよく見る……舶を岸壁や桟橋に係留するために設置される金属製の柱……係留柱とかピットとか呼ばれているのによく似ている物体。桟橋とかにあるのならともかく、こんな広い庭になんのために使うものかさっぱり分からない。
それから、その練兵場みたいな空き地の周りに建物が四棟。どんどんどんどんと立っている。
ナニコレ。ランディア王国では、こういう屋敷や配置がフツーなのかな?
「個人のお屋敷……?」
長方形の広場で兵士たちが訓練をするにはちょうど良い大きさかもしれない……などと空想すると、四方を囲む四つのお屋敷が、練兵場を取り囲む兵舎に見えてくる……。いや、練兵場にしてはお金がかかっているような感じのお屋敷なんだけど……。
「……レシュマが結婚後、レシュマとその夫君がここ一帯の土地を買いまして。屋敷を四つも建てまして……」
結婚後に、夫君?
ここはレシュマ先生の御趣味……? こ、個性的なご趣味ですね……なんて。ええと……。
「ミラー子爵家のタウンハウスとして使用しているのが、こちらの東側の建物です……」
建物一つだけ見ると、普通……なんですけど。ええ。青い屋根に白い壁。普通のお屋敷ですが。
「あの、では、南と北と西は?」
「北は……使用人の部屋や物置、倉庫等々……」
「はあ……」
一棟全部……ですか。
「南は……時折いきなりやってくるローレンス・グリフィン・ミルズ魔法伯のための部屋が三階、クライヴ・ユーバンク・クリス様専用なのが二階、その他これまたいきなりやってくる認定魔法使いの皆様のための部屋……というか、客間が一階にあります……」
「は、はい?」
いきなりやってくるの⁉
「残りの西の棟が、レシュマと夫君の屋敷です……」
あー……、一族大集合的に、認定魔法使いがやってくるお屋敷的な……ええと、寄り合い所?
じゃあ、この真ん中の無意味に空いている空間は、魔法の実験場とかなのかもしれない……。
「オードリー嬢、ミラー子爵家占有としている東の棟の客間に滞在していただいてもよいですし、知り合ったばかりに私たちと一緒だと気を使うのであれば、南の棟の一階には客間が十部屋ほどありますので、気に入った部屋を使っていただいてもよろしいですよ……」
「えっと、南の棟に認定魔法使いの人がいたりとか……」
「魔法学校の入学試験、卒業式……あたりまでは、毎年無人です。秋休みのころは全部屋埋まることもありますが……」
学校行事的に入学式までは忙しいとか何とか。なるほど……。
だけど、私一人のために一棟を開けていただくのも、使用人の皆様が大変よね、お掃除とか……。
それに、もしも万が一、知らない認定魔法使いの人がいきなり来たりとかしたら……。
「ルーク様がよろしければ、ミラー子爵家占有の、東の棟にお邪魔させていただきたく……」
「そうですね。はい、それがよろしいかと……」
ルーク様もこの巨大なタウンハウスとやらに困惑している模様。
うん、ルーク様は真っ当。認定魔法使いの常識が、私たちの常識とは少々異なる……という理解をしておこう。よし。
外側はともかく、ミラー子爵家の、東側の建物の内部は、一般常識に照らし合わせても、普通のお屋敷内でした。安心……。
「部屋は余っていますから、お好きな部屋をご自由にご利用ください。二部屋でも三部屋でも……」
と言われても、客分の身。
「あ、では、バスルームの広い客間をお借りできますか?」
保存花を作ったり、保存したりで広い作業場があるといいなーって。
で、バスルームなら、多少保存液だのなんだのが床に落ちても、掃除は簡単に済む……って思ったのに。
案内された客間は……ええ、確かに、希望通り、広いバスルームがありました。
でも……。
広すぎる!
寝室、リビング、バスルーム、衣裳部屋と、四つの部屋に分かれている客間。それぞれ、すごく広い……。
寝室のベッド。大人が三人くらい一緒に眠れるほどの大きさ。
リビング。ちょっとしたサロン並み。テーブルにソファセット、暖炉。夜会用のドレスを着たご夫人が五人や六人、この部屋で談笑しても狭さなんて感じないほどよね、ここ。
そして、バスルーム。
猫足付きバスタブ……どころの話ではなく、大きな浴槽。五人か六人が一緒にお風呂に浸かってもまだ大丈夫……。洗い場もあるし、洗面所もあるし、衝立の向こうにはご不浄も……。わあ……。
「あ、あの……、ミラー子爵家って、子爵ですよねえ。侯爵家とか上位……」
「親族含めて上位貴族はおりません。従妹も子爵家の娘ですし、嫁ぎ先も男爵位です。ただ……認定魔法使いの皆様が……」
「あ、ああ……」
子爵家の資産でここを買って屋敷を立てたのではないのですね。
レシュマ先生か……。
……うん、大は小を兼ねる。
広すぎて困ることはない。
よし、切り替え!
お借りする客間のことは考えない。
それよりも先に、このお借りした客間で、早速保存花を作ってみないと!
レシュマ先生と一緒に作ったらできたけど、私一人でやってみたらできなかった……ではお話にならない。
まずは、水槽、花、保存液の材料……。ルーク様に頼んで、ミラー子爵家と懇意にしている商人を紹介してもらい、必要なものをどんどん買っては客間に運んでもらう。
大量購入。
手持ちの金貨や銀貨がどんどん出て行くけれど、これは仕方がない。一からの再出発なのだから。
ミラー子爵家の客間をお借りさせていただいているだけでも、ものすごくありがたいのだ。
なるべく早く保存花を売れるようにしていかないと……っと、焦ってはいけない。売る前に、作らないと!
まずはアルコールが主成分の脱水液と着色液を調合。
窓を開けて、ちゃんと換気をしながらの作業。寒い。あまりに寒いので、作業用にブーツやコートも買った。それでも寒くて、半刻に一度はバスルームの隣のリビングに避難する。ミラー子爵家の使用人のみなさんが用意してくれた暖炉の火にあたり、熱いお茶を飲んで休憩。
あー……、ホントありがたい。
朝から保存花を作っては、何月何日、どんな配合で作ったかのメモを書いて……の繰り返し。
ひと月もすれば、お借りしている衣裳部屋とリビングは保存花でいっぱいになった。まるで花畑かお花屋さんのよう。
隣の部屋も倉庫的にお使いくださいと、ルーク様が申し出てくれたほどの花、花、花。
で、ひと月が経過しても、花は枯れていない。艶々な花弁と葉や茎を保っている。
「すごいですね……」
ルーク様がじーっと保存花を眺めている。
「ええ。まだまだ作ります。一年以上花が持つかどうかの検証もしたいのですが……」
そんなに長期間お世話になるわけにはいかないから、そろそろ売らないとね。
それに、作るだけで売らないと、資金が心もとなくなってくるかもしれない。
ひと月は保ったのだから、とりあえず、枯れない花として売ることは可能だろう。
そろそろクライヴ・ユーバンク・クリス様の娘さん……王都の大通りで高級服飾店を営んでいるというマダム・クリスにお会いしてみよう。
私はマダム・クリス宛てに手紙を書いて出してみた。




