第6話 国を跨いでいるけど
国を跨いでいるけど、レシュマ先生はご実家のミラー子爵家とは手紙ではなく魔法で連絡ができるとのことだった。
通信魔法というらしい。
すごい。
「長い会話はできないんですけどね。オードリーさんが乗る船の便名、到着時間をルーク兄様に伝えました。兄様本人がランディア王国の船着き場に迎えに来てくれるそうです!」
ホントありがたい。
こんなに親切にしてもらって、受けた恩をどうやって返せばいいんだろう……。
そんなことを伝えたら、レシュマ先生はにっこりと笑った。
「わたし、認定魔法使いになる前も、なった後も、たくさんの人に支えられてきたの。受けた恩は返しきれない。だから、いつかわたしが弟子を取れるようになったら、今度はわたしが、その弟子に、これまで受けた教えや恩の分を伝えようって思っているんです」
「レシュマ先生……」
「オードリーさんは、わたしの弟子ではないけれど。教え子です。だから……」
わたしはレシュマ先生の両手をぎゅっと握った。
「ありがとう……。本当にありがとうございます……」
目の奥が熱くなって、泣きそうになった。
私、父親の顔は知らない。覚えていない。
子どものとき、母と一緒にお屋敷から追い出された。
その追い出した人が……父親なのかもしれないけど、既に記憶はあいまいだ。
馬車に乗って、夕暮れの道を、夜の中を、馬車で揺られて。どこに行くのかもわからなくて、不安だったことは覚えている。
運よく商人に拾われて、生きるすべは教わって……従業員として、指導をしてもらったから、身寄りのない女が一人で商売をして生きて行けるようにはなった。
がむしゃらに働いたけど、雇い主と従業員の関係でしかなかったし、それ以上は求めなかった。
ただ、それだけでもありがたいし、運が良かった。
幼くして母を亡くした身寄りのない女の子……なんて、娼館に売られてもおかしくなかった。
私は運が良かった。
世話をしてくれた人たちに、依存し過ぎず、ちゃんとを線を引いて、身を守ってきた……というのもあるのだろうけど。
そう、最初に雇ってくれた商人も、親しくなったミリーだって、仕事以上の付き合いはしてこなかった。
婚約を結んだ後のマイケル様には少し気を許したし、仲良くしようと思ったけど……。「仲良しになりたい」と「隙を見せる」の差を、もしかして、私、間違えたのかな……。
マイケル様が単にクズだった……のかもしれないけど。
分からない。
人との関係は本当に難しい。
一人で生きていくしかないのだからって、警戒をして。
生きていくために商売をして。
それは、警戒心でガチガチに固めておけば、搾取されることはない……と思いたいけど。
だけど、レシュマ先生にクライヴ・ユーバンク・クリス様。世の中には優しい人たちだってたくさんいるのだ。
悪い面ばかり見ていても駄目だ。
搾取する人もいれば、助けてくれる人だっている。
私は……、受けた恩を返せる人間でありたい。
だから、他者の親切をありがたく受け取って。いつか、私も、困っている人の助けになろう。うん、いつか。今はまだ、そんな余裕なんてない。理想を語るだけで、実現するだけの力は、まだ、ない。
いつか、きっと……と、希望だけは、忘れずに。
私は船に乗る。
甲板から手を振る。
船が動き出す。
見送りに来てくれたレシュマ先生やライヴ・ユーバンク・クリス様に、何度もありがとうを言う。
さあ、行こう。新しい場所へ。
***
生まれて初めて乗る船。揺れて酔うかな……と、ちょっと不安に安ったけど、ランディア王国までの航路は外海ではなく内海を行く。波も穏やかで、気になるほど船は揺れなかった。
席に座って窓から外を見るのもいいけど、潮風を感じてみたくて甲板に出た。
海風はまだ冷たいけれど、気持ちがいい。
それも晴れて、きらきらと海面が輝く。
……ああ、もうすぐ春だな。なんて。
ランディア王国の方を向いて、私は心の中で祈る。
どうか、新しい場所で、成功しますように。そして、できれば、新しい居場所が見つかりますように。
***
そうして船に揺られて、たどり着いた先……ランディア王国の船着き場には、レシュマ先生とよく似た感じの髪の色と若草色の瞳の青年がいた。背は低め……というか小柄な感じ。私と身長差はあんまりない。
「失礼、あなたはオードリー・K・プレスコード嬢だろうか?」
「は、はい! そうです!」
この人が、レシュマ先生のお兄様。雰囲気がよく似ている。かわいいとまでは言わないけれど……優しい感じ。
「ミラー子爵家の嫡男で、ルークと言います。ようこそ、ランディア王国へ」
ようこそ。
その言葉が胸に響いた。
何の意味もない、単なる挨拶言葉だとしても。
ようこそ。
迎え入れてくれる言葉……だ。
ああ……、泣きそうになる。
胸の中の気持ちを押さえて、私は頭を下げた。
「ありがとうございます。突然ですみません。お世話になります。オードリーとお呼びください」
私が挨拶をしたら、ルーク様は苦笑した。
「突然で迷惑なのは、オードリー嬢ではなくレシュマです。ホントアイツはいつもいつも……」
ぶつぶつと言いながらも、目が優しい。
手のかかる妹と、心配性の兄ってカンジがする。兄妹仲はとてもよさそう。
少し、レシュマ先生が羨ましい。
ルーク様は私の荷物を持ってくれて、それから馬車へと案内してくれた。
「レシュマは……あちらでちゃんとやってますか?」
「ええ! レシュマ先生には大変お世話になりました!」
「せ、先生⁉」
「はい?」
どうしたんだろう? レシュマ先生は、魔法学校の先生……なんだけど。
ルーク様は「あ、ああ、そうですよね。あいつ、ちゃんと教師をしているのか……」と、ぼそりと呟いた。
「はい、とても素敵な先生です」
私がそう言ったら、ルーク様は少し照れたみたいに微笑んだ。
嬉しそう。
妹を褒められて喜ぶなんて、良いお兄ちゃんなんだなあ。
話の流れで、そのままエルミスの魔法学校でのことを話したら、ルーク様は目を大きく見開いた。
「……オードリー嬢の話ですと、ずいぶんとしっかりしているように感じます。レシュマに似ている別人がいたかな……? うちの妹は双子だったか……? 妹は一人のはずなんだが……」
ルーク様は首を傾げてから、また苦笑した。
「いや、すみません。私にとっては手のかかる妹で……、突拍子のない魔法を使ったり、いきなり空から降ってきたりと、そんなことばかりで……。いや、失礼しました……」
「え? 降ってくる……?」
人って、空から、降ってくるの……?
「ええ。ある時いきなりデカいシャボン玉に入って空から降って来てですね。そのシャボン玉に私も乗せられて、飛ばされて……」
「わあ……」
すごいな……。さすが認定魔法使い。それも最年少。
「まあ、レシュマが突飛でおかしなことをしでかしても、魔法学校の皆さんが助けてくださっているようですから……、心配は……あまりしてはいないのですが……」
と、言いつつ、ルーク様の額には皺が寄っている。ふふふっ、他国で暮らしている妹を心配しているんだ。やっぱりいいお兄ちゃんだ。
レシュマ先生が優しいのは、ご家族や魔法使いの皆様から愛されているからなのかな……なんて。羨ましい。
昔のレシュマ先生のお話を聞いたり、魔法学校でのことをもっと詳しく話したり。
私がレシュマ先生のことを「先生」いうたびに、ルーク様の表情がなんて言ったらいいのか、嬉しい反面、複雑さもあって、どうしたらいいのか分からないみたいな顔になる。
「あー……、魔法を教えているんだから、教師……、だが、レシュマが先生……」
うーむ、うーむと……と、ルーク様は何度も唸る。
その表情に、私は思わず笑ってしまった。なんか、微笑ましくって。
「立派な先生ですよ。しかも最年少の認定魔法使いなんて、すごいです!」
「そうなんですねよ……。あれが……、レシュマが……。肩書きばかりデカくて大丈夫なのか……。ああ、まあ、心配しなくとも、周りがたくさん助けてくれるか……」
すごい人ばかりだし……と、ルーク様はため息をつく。
「クライヴ・ユーバンク・クリス様が孫弟子とおっしゃっていましたから。レシュマ先生も将来的に歴史に名を残すかもしれませんよね」
だって、クライヴ・ユーバンク・クリス様は、あのローレンス・グリフィン・ミルズ魔法伯の一番弟子だもの。
きっとすごい魔法使いになる。
「あー……、突拍子のないこともするけれど、昔のまま、多少手がかかる程度のごく普通の、どこにでもいるような妹としか思えないんですが……。歴史に名を……ううう。そんな大ごとになったら、アイツ、大丈夫なのだろうか……。権威の重さに潰されないといいんだが……」
ルーク様は、妹が有名になって、歴史に名を残すことをすごいとか思わずに、まず、心配するんだ。潰されないかって、プレッシャーとか重くないかって。
レシュマ先生は、ルーク様にとっては、普通の妹なのねえ……。
だから、権力を笠に着て、自分をえらそうに見せたり。……搾取するのではなんてしない。
寧ろ大丈夫かなんて、兄として心配するのか……。
ルーク様は、マイケル様とは違う。
同じ子爵令息という身分だけど、人柄は全く違う。
マイケル様は、私が商売で成功するにつれて、搾取してきた。
勝手に商品をばらまき、私を下にすることで、ご自分を偉そうに見せた。
ルーク様は違うんだ……。
たとえレシュマ先生が、歴史に名を残すような偉大な認定魔法使いになっても、ルーク様にとってのレシュマ先生は……ただの妹。
レシュマ先生もそうだけど、ルーク様もいい人なんだなあ……。
どこかほんわかした気分で馬車に乗って、ミラー子爵家に着いた。
「おお、ようこそ!」
「娘のレシュマがお世話になりまして」
「い、いえいえいえいえ! お世話になったのは私のほうです!」
ミラー子爵夫妻にご挨拶。
馬車の中でルーク様の一度話したのと似たような、レシュマ先生のお話をミラー子爵夫妻にもしたら、いきなりミラー子爵夫妻が飛び上がった。
「レ、レシュマ先生‼ あの子、先生なんて呼ばれているのね!」
あ、ああ……。反応がルーク様とおんなじ……。
「オードリーさんが、レシュマを先生と呼ぶのが衝撃……。ああ、あの子、ちゃんと先生が出来ているのね……」
ルーク様は二回目のお話になるからなのか、うんうんと頷くだけだったけど。
偉大なるローレンス魔法伯の弟子の弟子。
最年少認定魔法使い。
でも、レシュマ先生は、ミラー子爵家の皆さんからすると、偉大な魔法使いなんかじゃなくて、普通の、家族。
やっぱり羨ましい……なんて、思ったりして。
それとも、ミラー子爵家の皆さんが……普通の家族ってことなんだろうか?
私には分からない。フツーの家族なんて知らない。
「レシュマ先生のおかげで、私、今後扱う予定の商品が出来ました」
ほんの少しの嫉妬心……にも至らないくらいの羨ましさ、だけど。それは隠して、フラワーバスケットをミラー子爵夫人にお渡しした。
「キレイなお花ねえ。ありがとう。早速花瓶に……」
「あ、花瓶などに入れ替えても大丈夫ですが、水やりは不要です」
「え?」
「そちらは保存花と言いまして、水なしで、枯れずに、艶やかなまま、長期間保つ花です」
「え、えええー!」
ミラー子爵夫人だけでなく、ルーク様、ミラー子爵まで、信じられないような目で、保存花を見た。レシュマ先生に教えていただいたって伝えたら、もっと驚くかしら……。




