第4話 クライヴ・ユーバンク・クリス様は
クライヴ・ユーバンク・クリス様は立ち上がりながら、レシュマさんのほうを見た。
「では後は、レシュマさんとオードリーさんとお二人で。契約書などに関しては後でジードを寄越しますので。レシュマさんはオードリーさんとの授業日や時間を決めてください。それから女子職員寮に案内もよろしく」
「はい、わかりました!」
レシュマさんはクライヴ・ユーバンク・クリス様に頭を下げた。
私も、感謝を込めて、深く頭を下げる。
教室からクライヴ・ユーバンク・クリス様が出て行ったあと、レシュマさん……先生が私に向かってにっこりと笑った。
「改めまして、レシュマ・メアリー・ミラーです。認定番号212番、最年少の認定魔法使い。出身はランディア王国です」
「オードリー・K・プレスコードです。これまでルブルクセン王国にて商売をしていました。独身の平民女ということで、貴族令息と婚約を結んで後ろ盾にしていたのですが、その婚約者がとんでもない奴で。半ば脅すようにして婚約を解消して、エルミス王国にやってきました。花の保存魔法を習って、その魔法で新しい商売をすることを希望しています」
よろしくご教授くださいと言ったら、レシュマさんはちょっと考えて……。
「えっと、どんな魔法を覚えたいのかについてはおおよそのところはクライヴ様から聞いています。で……、今すぐ講義に入りますか? それとも今日は校内案内……、女子職員寮の場所とか食堂の案内とか、そちらを優先しますか?」
「講義をしていただけるのならすぐにでも!」
時は金なりだ。だらだらとレシュマ先生の時間を取らせるのではなく、なるべく素早く習って、身につけないと!
私がすぐにと返事をしたら、レシュマ先生は嬉しそうに笑った。
「わたしも……、最初に、認定魔法使いの先生に出会ったときに、今のオードリーさんと同じように前のめりで今すぐって言ったんですよー」
思い出したのか、照れたみたいに笑うレシュマ先生。あ、やっぱりかわいいなあ。
「じゃあ、早速! 魔法はイメージ。的確にイメージできるかなんですよ。だからわわたしもこうやって……」
レシュマ先生は指をぱちんと鳴らす。
すると……、わあ! 教室内にいきなりたくさんのシャボン玉が飛んだ! すごい! きれい! 私のとは違う、本物の魔法だ!
思わず見入ってしまった。
「わたしの得意なシャボン玉魔法なんですけど、これを覚えるときに、実際にいろいろシャボン玉液の配合を変えて、何百回もシャボン玉を作りまくったんです」
「わー……、そうなんですね」
何百回なんて、すごすぎる。
「はい、だから、オードリーさんも。魔法を使う前に、実際に作りたいものの実験をしてもらおうと思います」
「はいっ!」
教室の後ろには既に実験器具が用意されていた。
さっき私が見ていた水槽とか、なんかの実験器具とか、それからいろんな種類の花。
「花が枯れるのは、水分を含んでいるから。水は腐りますし、単に水分を抜いただけでは、枯れる」
「はい」
「魔法使いを目指すのなら、その水分をどうするのか自分で考えなさいと言いますけど……。オードリーさんは魔法使いになりたいのではなく、魔法を使って商売をしたいとのことだったので……。試行錯誤の時間は省略して、やり方を教えちゃいますね」
レシュマ先生は置かれていた水槽の一つを指さした。
「この水槽の中に入っているのは水ではなくて、アルコールが主成分の脱水液です。細かい成分は後で教えます。まず、この液の中に花を浸してください」
「はい」
差し出してくれたトングみたいな道具で、切り花を掴んで、そっと脱水液に入れる。
「この脱水液に花を長時間浸けておくと、花弁や茎の中の水分とこの液が花の中で置き換わり、水が花びらや茎、葉から抜けます。注意点としては、アルコールを使うので、換気をすること。水槽に蓋をすることかな……」
なるほど……。水は腐るけど、アルコールは腐らない。
そして、アルコールの匂いで酔っぱらうかもしれないし、放置していれば、水槽のアルコールは蒸発する……。
「完全に入れ替わるまで約一日です」
「結構時間かかりますね……」
「はい。なので、既に一日漬けておいたものが、こちらの水槽にあります」
横に置いたあった水槽には、レシュマ先生が言った通り、脱水液に浸された切り花があった。
「これをそっと脱水液から引き抜いて、今度は着色液につけます。着色液は、今回はとりあえず、赤と青を用意しました」
またトングを使って、脱水液から切り花を引き抜いた。そして、一本を赤に、もう一本を青の着色液に漬ける。
「着色液の主成分はプロピレングリコールなどの溶剤が含まれてます。花の質感を保つために重要です。細かい成分は、脱水液と同じく後で教えますね」
「はい」
「で、丸一日漬けたら、今度は乾燥です。つまり、溶剤を蒸発させるんですけど……、直射日光に当てないように乾かすので時間がかかります」
なるほど……。
水分をアルコールで抜いて、保湿成分と色素を含んだ液を花に吸わせるという工程……。うん、時間をかけて、丁寧に行えば、魔法が使えなくても作れそう。
「ええ、それだけなんですよね。魔法を使わなくてもできますが、魔法を使えば一瞬でできる」
レシュマ先生は、まだ溶液に浸していない生の花を一輪とって、ふわっと何かの魔法をかけた。
生の花は、一瞬で、枯れない花へと変化した。わあ!
「工程、作業手順が分かれば、このように、魔法で一瞬にて構築も可能です」
……う、うーん。超有名魔法使いに最年少認定魔法使い。そのレベルの魔法使いなら、一瞬で私の作りたい保存花も作れるかもだけど……。
いや、待って下さい。普通はそんなに簡単にいきません!
頭の中でイメージを、いくら構築しても……、ええと、私が使える乾燥魔法では……。
ぐるぐる考えていたら、レシュマ先生が「まずできるところから一歩一歩。オードリーさんは、乾燥の魔法を使えるんですよね」
「は、はい!」
「だったら着色液に漬けた後の花をゆっくりと魔法で乾燥させてみてください。乾燥……というか、不要な成分を抜くイメージで」
あ、なるほど。全部の工程を魔法で行わなくても。現状の私でも、最後の乾かす工程は、できる。
レシュマ先生が「ゆっくりですよ、ゆっくり」と繰り返した。素早く乾燥するのではなく、ゆっくり行うことがポイントなのかもしれない。
そっと、花の形を崩さないように。少しずつ、形も整えつつ、乾燥させる。
「わあ……できた……」
レシュマ先生がにっこり笑った。
「はい、できましたね」
色鮮やかで瑞々しく柔らかい。しかも長期間枯れない花。
あ、そうか。私はレシュマ先生みたいに一瞬でこの花を作ることはできないけれど、脱水液に浸けて、着色液に浸けるまでは、実際に水槽の中の溶液で行って。その後魔法で乾燥しつつ花の形を整えて行けば。
できる。
売り物にすることができる。
「ありがとうございます、レシュマ先生! 色は赤と青以外にもできるんですよね」
「はい。やってみます?」
「やりたいです。というか、最初の脱水液を作るところから。配合率とかいろいろあるんですよね」
「はい。じゃあ、今日はここまでにして、明日、材料を買いに街に行きましょう!」
あ、そうか。この水槽も、花も、全部用意してくれたものだ。
私が一人で商売ができるように、器具から何から全部用意しないと。
「はい、よろしくお願いいたします」
胸に、希望の灯が灯ったみたいな気がした。




