第3話 五日、経過。
五日、経過。
魔法学校に赴いて、クライヴ・ユーバンク・クリス様と約束をしている者だと伝えると、先日の面接のときと同じ教室に案内された。
教室の後ろには、水槽がいくつか、何かの実験器具、それからいろんな種類の花がすでに置かれていた。換気なのか、窓が細く開けられている。冷たい風が吹いてくるけど、教室の中は寒くない。暖炉とか……と、きょろきょろしていたらノックの音がした。クライヴ・ユーバンク・クリス様だ。両腕に大量の花を抱えている。生の花……ではなさそう。
「ようこそオードリーさん。まずはこれを見てください」
腕に抱えていた花が机の上に置かれた。
艶々のクレマチスやアネモネの花。
じっと見る。
花びらの色の付き方が……すっごく均一。なんらかの加工がされているみたい。というか、たった五日で私の希望する保存できる花を作ってくださったのか!
うわぁ……。さすが超有名認定魔法使い。
触ってみていいと言われたので、花弁に触れてみた。
「うわ……。すごい……。すべすべ……」
「作った後、三日間、水やりなどせずに放置したままです。ですが、枯れずにずっと艶やかなままです。変色もしておりません。オードリーさんが作って売りたかったのは、こういう花ですか?」
「ええ! 水やりせずに、艶やかなまま長期保存ができるなんて、理想通りです!」
完璧だ。さすが、有名魔法使い。三日放置ということは……二日で魔法を構築したのか……。すごすぎる。
「放置して、どの程度長期保存ができるかはわかりませんが。多分、二年か三年はこのまま保存されるのではないかと思われます。正確な年数は今後実験しないといけませんがね」
売れる。
これが作れれば、確実に売れる。
押し花やドライフラワーのように枯れさせて保存ではなく、切りたての生花のように艶やかなまま保てるのだもの。
だけど……。
「私にも作れるのでしょうか?」
それが第一の問題。
「作るのは簡単とは言いませんが、魔法を使わなくても作る方法がありますし、魔法を使えば、時間が短縮できるというだけです。オードリーさんにも作ることができますよ」
魔法を使わなくても作る方法がある。それは朗報だ。よっし! と、拳を握る。
「ホントですか! 教えてください、お願いします! あ……、その、だけど、あの、費用が……」
第二の問題。
わたし、自分の店でそれなりに儲けていたから、二年か三年、じっくり次の商売の準備をして、新しい店を出せる程度には資金を有している。
だけど……、超有名魔法使いに家庭教師を依頼したら、その程度のお金は即座に吹っ飛ぶとどころか、きっと足りない。……マイケル様からの金貨百二十枚、やっぱり時間がかかっても回収するべきだったか……。
だけど、縁を切るほうが先だと思ったのよね……。
ま、過ぎたことをうだうだ言っても仕方がない。
と、すると……、借金……かな。
ご教授いただけるのなら借金くらい……とは思うんだけど。
ルブルクセン王国ならともかく、やってきたばかりのエルミス王国でお金を借りられるとは思えない。
「ああ、それなんですけど。一つ私から提案がありまして」
提案? と思った時に、教室のドアがノックされた。
「はい、どうぞ、お入り下さい」
ドアが開いて、入ってきたのは若草色の瞳に金髪の女の子。
きっとわたしと同じくらいの年? もっと若い? それとも童顔? 学生さんくらいに見える外見だけど……。
髪の毛の片側を、金の糸で刺繍をされている赤いリボンで結んでいる。
ワンピースの上からローブを羽織って。
首にはネックレス。指にはパヴェリング。
全体的にキラキラと明るい感じ。
でも華美ではなくて、雰囲気が柔らかくてすごくかわいい。
私とは真逆……とまではいわないけれど。私の髪色は濃いブラウンだし、服はネイビーブルーのワンピースに、白色のかっちりとした上着。落ち着いた服をしているから、見た目だけだといつも五歳か六歳は実年齢より上に見られる。……老け顔……ではないと思いたい。苦労が顔にじみ出ているのかな……って、ええと。たとえばこの女の子がふわふわのコットンキャンディなら、私はガトーショコラかな、なんて。思わず比べてしまったわ……。
女の子は、私を見てにっこりと笑った。
クライヴ・ユーバンク・クリス様は、入って来た女の子に笑顔を向ける。
「彼女は私の孫弟子のレシュマ・メアリー・ミラーさんです」
「こんにちは! レシュマです!」
「若いですけど、優秀ですよ。なにせ、レシュマさんは最年少認定魔法使いですから」
「さ、最年少!」
低めの身長に、柔らかい笑顔。とてもじゃないけど、そんな超優秀には見えない。
思わずじーっとレシュマさんという女の子を見つめてしまった。
「レシュマさん、こちらは花の保存魔法の依頼主、オードリー・K・プレスコードさんです」
「あ……、オードリーです!」
慌てて頭を下げる。
「お茶でも飲みながら座って話しましょう」
クライヴ・ユーバンク・クリス様に促されて、私たちは座った。
「さて、ご依頼の花の保存魔法は構築することができましたが。私がオードリーさんに個人教授をすると、費用が莫大です」
「ちなみに、クライヴ・ユーバンク・クリス様に個人教授をお願いするとおいくらで……」
「最近は忙しいので引き受けてはいませんが。昔は一日あたり金貨百枚で請け負っておりました」
好奇心で費用を聞いてみたら、私だけではなく、レシュマさんも目が飛び出るくらいに驚いていた。
「ああ、レシュマさんは別です。認定魔法使い同士ですし、孫弟子ですから。惜しみなく私の知識は与えますよ。私の研究の手伝いもしていただいているので、レシュマさんには私の知識のすべてとは言いませんが、ある程度は覚えていただかないと私が困りますのでね」
ああ……、なるほど。最年少認定魔法使いという優秀さからして、このレシュマさんは後継者的な感じなのか……。
私が思い至ったのに気がついたのか、クライヴ・ユーバンク・クリス様はニヤッと笑った。
「レシュマさんは修行中の身でして。魔法学校の教師も担っておりますが、まだまだ経験も知識も足りないのです」
うん、まあ、そうでしょう。クライヴ・ユーバンク・クリス様は確か七十歳以上。レシュマさんはどう見ても十代か、二十代になったばかりだろう。
レシュマさんがいかに優秀でも、超有名魔法使いクライヴ・ユーバンク・クリス様と比べれば、経験も知識もないに等しい。
この若さでクライヴ・ユーバンク・クリス様と同じくらい優秀と言われたら……、逆に怖い。
「そこで提案です。私がこの花の保存魔法をレシュマさんに教えます。オードリーさんは、レシュマさんから魔法を習う。レシュマさんの経験となりますから、費用は格安にいたします」
何という好条件! ありがたすぎる! クライヴ・ユーバンク・クリス様は神様ですか!
「ありがとうございます! よろしくお願いいたします!」
私は立ち上がり、お二人に頭を下げた。
「それから、申し訳ないのですが、教えられる期間も短いです。今はなんとか時間にも多少の余裕があるのですが。入学式前後あたりは、とても忙しいのです。レシュマさんも毎年その時期は馬車馬のように働きます」
学校に勤務している以上、まあ、そうだろう。
「ですから、期間は二週間。校外に教えに行くと、行き帰りの時間が無駄な上に護衛も必要になりますので、この教室をお貸しします。女子職員寮も空きがありますので、オードリーさんは二週間、この魔法学校に住んでください。食事は学校の食堂を使ってもよし、外に食べに行ってもよし。で、費用は全部込みで金貨二十枚でいかがでしょう」
魔法を教えてもらって、住むところと食事付きで二週間の費用が金貨二十枚?
クライヴ・ユーバンク・クリス様にご教授なら一日で金貨百枚なのに?
「安すぎです! 出世払いでもなんでも、適正価格、お支払いさせてください! あんまり安く請け負っていただいては、レシュマさ……先生のマイナスになってしまいます!」
最年少認定魔法使いの個人教授。
それを私以外の他の人にも金貨二十枚程度で請け負ったら。
それこそお金を持っている高位貴族の皆様に、レシュマ先生の時間が格安で奪われてしまう。新人の研修としてと言っても安すぎはよくない。
思わず言ってしまったら、クライヴ・ユーバンク・クリス様はにやりと笑った。
「適正価格だと、レシュマさんがいくら新人教員だとしても、最年少認定魔法使いの肩書き持ちですからね。高額になりますよ。オードリーさん、支払えますか?」
「……金貨二十枚程度なら、即金で前払い、できます。残りは分割払いか後払い……」
生活費、滞在費、新しい商売を立ち上げるお金。私が今持っている全財産からすると……金貨二十枚から三十枚までは支払えるだろう。多分。
「では、金貨二十枚、前金でお支払いいただいて。不足分は私が立て替えておきます」
「え?」
「無利子、無担保、支払期限はなしで。オードリーさんが商売で成功して、利益が出たらコツコツと返済してください」
「い、良いんですか?」
ほとんど初対面のような私に、何でそんな好条件を! っていうか、そんなに信用してもらっていいの⁉
するつもりはないけど、建て替えていただいた分、支払いもしないでわたしが逃げたらどうするの⁉
「ええ。私、金には困っておりませんし、死んだら天国に金は持っていけませんし。道楽で、贔屓だと思って下さい」
「へ? どうらく? ひいき?」
単なる依頼人の私。贔屓されるようないわれはない……。
「孫弟子に教師としての経験値を稼がせてやりたいジジイの贔屓感情ですよ」
じ、ジジイって……。あ、あの、いかにも老紳士というクライヴ・ユーバンク・クリス様には似合わない表現ですが……、年齢的にはご老人でしょうけど……。孫弟子を贔屓というのには納得だけど。
「他国から身一つで乗り込んでくるオードリーさんの根性も気に入りました。支払いは公正であるべきというあなたのお考えもね」
「あ、ありがとうございます」
「頑張る若者への支援は惜しまない。それが余生の少ないジジイの道楽です」
道楽なんて。支援というか援助というか。……すごい。ありがたい。なんて言ったらいいのか分からないけど。胸の中があたたかくなる。
後ろ盾の無い私。
このエルミス王国に一人の知り合いもいなくて。
でも、がんばろう。
きっといつか。この国で商売を成功させて。
受けた恩を返そう。
信じていただいた以上、その信頼を裏切らないようにしよう。
心に誓った。
『前向き令嬢と二度目の恋 ~『醜い嫉妬はするな』と言ったクズ婚約者とさよならして、ハイスペ魔法使いとしあわせになります!~』主人公レシュマ登場!
電子書籍2巻の発売まであと4日です。
よろしくお願いいたします。




