第16話 申し訳ないと思いつつ(最終回)
申し訳ないと思いつつ、ルーク様からの婚約を結ぶのはどうかという申し出よりも、自分のルーツを知りたいという思いのほうが強くて。
婚約は後回しになってしまった。
ルーク様は特に何事も言うこともなく、レシュマ先生に手紙を書いて、私の身元を照会してくれた。
「やっぱり思った通り、オードリー嬢はエルミス王国の貴族らしいですよ」
「エルミス……。ルブルクセンではなく」
「エルミス王国の貴族名簿に載っていました。ただし……、除籍、されておりますが……」
「除籍……」
貴族名簿の該当箇所の写しを、私は見せてもらった。
「プレスコード伯爵家……」
私の名と母の名には、二重線が引かれている。これが除籍の証なのだろう。
それから、父の名前。父は、再婚をして新しい妻と子が三人。その名前が書かれてあった。
つまり、私には、血の繋がった義理のきょうだいがいる。と言っても、会ったこともない、文字でしか認識していない相手を家族とは思えない。きょうだい以上に、父の名を見ても、何の感慨も浮かばない。
だけど……。
「あ……」
首にかけていた私と母の首飾りを取り出した。
金貨に似ている形。その表面には何かの花が彫られている。
その花と同じ図案の絵柄が、この貴族名簿の写しの下半分に書き写されていた。
「似ている……。ううん、そっくり……」
同じだ。
私は本当にエルミス王国の伯爵令嬢……だったのか。
「印章の図柄だそうですよ。正式な文書に捺印する……。家により花だったり鳥だったり……」
「そう……ですか……」
多分、私の血縁上の父親という人は、私の母を追い出して、新しい妻を迎え、そして、子も作った。それで、邪魔になった母と私を追い出した。
そういうことなのだろう。
「あははは……はは……」
こんな私でも夢に見たことがある。
顔も覚えていない父親が、私を探してきてくれる夢。
すまないね、行き違いがあったんだ。追い出したのは父ではなく、親戚だ。ようやく探し当てたんだ。迎えに来た。さあ、一緒に帰ろう……。
母と私は追い出されだんだ。
探しに来るはずもないのに。
幼いときの私は、いつか、誰かが、私の居場所は、本当の居場所はここなんだよって迎えに来てくれることを夢見ていた。
マイケル様と婚約を結んだ当初くらいから、そんな夢は見なくなった。
きっと、マイケル様が、私の居場所になってくれるんじゃないのかなって……期待をして。
でも、その期待は……無駄で、無意味で、搾取されただけで。
今、この貴族名簿を見ても、私はやっぱり、追い出されたと再認識させられただけ。
「ああ……。私の居場所なんて、やっぱり、どこにもないんだ……」
ため息みたいな言葉が口からこぼれた。
居場所がないから、あてもなく彷徨って。
たどり着く場所で、自分の力で立つしかなくて。そこで根付くことができないから、別の場所に流れて行って……。
ぽたり……と、涙が一筋、流れた。
世界中のどこを探しても、私の居場所はない。
ぽたりぽたり……と、流れた涙は止まらなくて。
ルーク様は、そんなわたしを抱き寄せてくれた。
「あー、あの……、弱っているところに付け込むみたいで、本当はもっと、落ち着いてから言いたかったんですが……」
声に答えることもできずに、私は涙を流し続ける。
「どこにも居場所がないのなら、自分が、オードリーさんの居場所になると、立候補してもいいですか……」
「え……?」
顔を上げた。
ルーク様の耳が赤い。でも、顔は、申し訳なさそう。
「先日、夜会の後にも申し上げましたが……」
ドレスの刺繍がルーク様の髪の色に似ていた。
馬車の中の会話。オードリー嬢は……、自分と婚約を結ぶのは……、いかがでしょうか……って言われて、私は嫌ではないですって答えた……。
「……ルーク様は、私で、いいんですか?」
頼ってばかり。何にもルーク様に返せていない。
貴族の令嬢……だったかもしれないけど、既に除籍されている。
つまり、平民。
ルーク様には、私を娶るにあたって、利点はない。むしろマイナス。お荷物だ。
「実は、これまでは……、まあ、ご縁があればとか、家格的にちょうどいいご令嬢が居ればなんて程度しか思っていなくて。だけど、ご紹介いただいても、相手のご令嬢との未来は思い描けずにいて……。それに……」
ルーク様は少しだけ上を見上げた。まるで、そこに誰かがいるみたいに。
「妹は……、何というか、とてつもない勢いで恋に落ちて、泣いて、笑って……全力で突っ走るみたいな恋をしていたので。自分はどうも妹みたいにはなれないで、ぼんやりしたままテキトウな婚姻を結ぶのか、それとも独身のまま親族から養子でももらうか……なんて、思っていたのですが」
ルーク様が笑う。照れ臭そうに。申し訳なさそうに。
「だけど、……船着き場で、あなたが船から降りてきた時に。海の波に反射した太陽の光みたいに、あなたが輝いて見えて、眩しくて……」
さあ、行こう。新しい場所へ。海風はまだ冷たいけれど、気持ちがいい。
空も晴れて、きらきらと海面が輝く。
「目が、離せなかったんです。ああ、恋っていうのはこういうものかと、息がつまりそうになりまして……自分でもびっくりですが」
どうか、新しい場所で、成功しますように。そして、できれば、新しい居場所が見つかりますように。
そんなことを思って、私はランディア王国に来た。
「あの時……、迎えに来てくれたルーク様が、私に……」
ミラー子爵家の嫡男で、ルークと言います。ようこそ、ランディア王国へ。
そう言ってくれた。
ようこそ。
言葉が胸に響いた。
ようこそ。
私を迎え入れてくれる言葉に聞こえた。
その一言が嬉しくて……。ああ、そうか。泣きそうになるほど嬉しくて……。
目の奥が熱くなって、さっきとは違う涙がこぼれた。
「オ、オードリー嬢⁉」
次から次へと溢れた涙は、私の頬を流れて落ちて。
止まらなくて。
「……ルーク、様」
震える手を伸ばして、ルーク様にしがみつく。胸に、顔を押し当てて。
ルーク様の心臓の音が聞こえてきた。
私よりも少し早い速度。トクン、トクン、トクン。
そっと、私の背中に手をまわして、落ち着かせるようにと撫でてくれる、あたたかい掌が、その温度が。
ようこそ、ここが、あなたの居場所ですよ。
そう言ってくれているみたいで。
私はルーク様の胸の中で泣いて、泣いて、泣いた。
小さな子どもみたいに。
これまでの不安や悲しみや苦しさを、すべて吐き出すみたいに。
泣いて、泣き続けた。
ああ……もう、オレンジ色の夕日に、さみしさを感じることもない。
きっと、もう、大丈夫。
だって、たどり着いた。
もうさみしくない。
「私、ルーク様が、好きです」
ここが、ルーク様が、私の生きる、私の居場所。
終わり




