第15話 どどどどどど、どうしよう……
どどどどどど、どうしよう……。
馬車の中で、ルーク様と向かい合って座ったまま……無言。
ちらと上目遣いで、ルーク様を見れば、ルーク様も私と同じ、耳まで赤いです……。
馬車の車輪のガラガラという音よりも、私の心臓のバクバクの音のほうが大きいかも……。
「あの……、この流れで申し上げるのもアレですが……」
「は、はい……」
「オードリー嬢は……、自分と婚約を結ぶのは……、いかがでしょうか……」
「え、えと……」
「お嫌なら……」
「嫌ではないです!」
わああああ、思わず言ってしまった!
嫌いか好きかだったら、多分好き……だと思う。だって、嫌う要素がない!
ただ、お世話になりっぱなしで、私、自立しなきゃって時に、ルーク様にこれ以上面倒をかけては……なんて、思ったりしていて……。
それに、マイケル様との婚約を無理やり解消したばかりのようなものだし……。
ええと、それにそれに、私、貴族じゃないから……なんて、ぼそぼそ言ったら。
ルーク様はきょとんとされた。
「え? オードリー嬢は貴族令嬢ですよね?」
「まさか! 平民の商人ですよ!」
ルブルクセン王国でだって、商売して身を立てていて。親はいなくて、一人で。
「ですが、お名前が」
「はい?」
名前って、私の名前?
それがどうしたんだろう……?
分からず、首をかしげてしまった。
「普通、平民には家名はないです。裕福な平民では家名を許されることもありますが、その場合でもミドルネームはない」
「あ……」
私の名前。私の記憶。
確かに、幼少の時。理由は分からないけれど、屋敷を追い出されるまでは、母と一緒に裕福な暮らしをしていた……と思う。
着ているものはドレスだった。
髪も、売れるほどに長く伸ばし、そして、きちんと手入れされていた。だから、高く売れた。
名前と、育った環境。
私……、貴族だったのかも……。かもというか、その可能性が高い……。だけど。
「ですが、仮に貴族の血筋としての、どこの国の人間すらわからないんです。だったら平民と同じでしょう」
オレンジ色の幼少の記憶。
追い出されるまで住んでいた屋敷の場所すら私は覚えていない。
いつも服の中に仕舞っているネームプレートのような首飾り。そこにも貴族だと証明できるようなものはない。
「……予測ですが、オードリー嬢はエルミス王国もしくはルブルクセン王国の貴族の可能性が高い」
「どうしてルーク様にわかるんですか?」
「ミドルネームです」
「へ?」
「ランディア王国では、貴族の名前はファーストネーム、ミドルネーム、ファミリーネーム並ぶのが一般的です」
レシュマ・メアリー・ミラー先生。それからクライヴ・ユーバンク・クリス様。うん、確かに、三つ並びだ。
「対してオードリー嬢のミドルネームは『K』一文字だけですね。ランディアの貴族のミドルネームは、親族や有名人の名をつけることが多い。エルミス王国から北のほうは一文字だけが多いと聞いています」
「あー……」
なるほど。たしかに。私は『K 』だし、マイケル様のミドルネームは『L』だ。
「い、言われてみれば……、そう、ですね……」
ミドルネームだけで分かるなんて、ルーク様はすごいかも。
「エルミス王国もしくはルブルクセン王国に行き、貴族名鑑でも調べれば、すぐにオードリーさんの身元は判明すると思います」
「本当ですか!」
「……というよりも、クライヴ様や認定魔法使いの皆さんは、きっともう調べているからオードリー嬢をレシュマの個人教授として宛がったのだと思いますよ」
「え⁉」
「……妹は、それはそれは大事に育ててもらっていますからね。身元不明の危ない人間を側には置きませんよ」
「そう……ですね……」
ある程度の身元が分かっているから、レシュマ先生に個人教授をしてもらえたし、マダムにもご紹介してもらえたのね……。
うわあ、さすが、クライヴ・ユーバンク・クリス様……。抜け目がないと言うか、そうでなきゃ、歴史の名を残すほどに有名なローレンス魔法伯の片腕なんて、できないわよねえ……。私は妙に感心してしまった。
多分、それを知っているから、マダム・クリスもあっさりと私のプリザーブドフラワーを使ってくれたのだろう。高位貴族相手の商売じゃ、品の良さに含めて取り扱う商人の人格……はともかく、安全な人間なのか程度は調べるだろうし。
「だから、レシュマに聞けば、オードリーさんの身元はすぐにはっきりしますよ」
どきっとした。
私が、どこの、誰か。
知ることが、できる。
……母を亡くしてから今まで。私は恵まれてきた。おかしなところに売られることもなく、生きてこられた。
でも、本当は心の奥底には……、本当は、いつも、不安があった。
いきなり一人になって、自分の足で立たなくてはならなくて。
がむしゃらに頑張って、ミリーみたいに信頼できる従業員もできたけど。
私と母はどうして、住んでいた屋敷からいきなり追い出されたの?
考えても、分かるはずはないから、忘れたふりをして。
日々をなんとかこなしていって。
支えになる人は、いた。でも、頼りすぎてはいけないから。
頼れるかもと思っていたマイケル様には搾取されたし。
不安を隠して、どこでもやっていけるなんて。知らない他国にまでやって来て。
どうせ故郷なんてないなんて思って。
でも……、私の、身元が、分かる……。
「分かるのなら……、知りたいです。私が、どこの誰なのか……」
追い出されたのだから、元に戻って、家族に慣れるなんて甘い夢は見ない。
でも、自分のルーツを知らないと言うことは……、ぐらぐら揺れる地面に立っているみたいで……、どこか、不安だ。
知りたい。
強く思った。




