Route:060『桜前線、ふたりの新章(セカンドシーズン)』
第1部完です。
これより先は、またいつか書けたら書きたいと思います。
ここまでありがとうございました!
「……っ、ルナ! 大変、大変!」
朝。いつものように私が先に目を覚まし、何気なくシェードの隙間から外を見た瞬間、息が止まった。
私は慌ててベッドに戻り、まだ夢の中にいる相棒の肩を揺さぶる。
「んむ……何、ユキ……まだ眠い。いつもより早い」
毛布の塊がモゾモゾと抗議の声を上げる。
時計を見れば、まだ日の出から間もない時間だ。確かに早すぎたかもしれない。申し訳ない気持ちはあるけれど、こればかりは見てもらわないと困る。
「ごめんごめん。でも、どうしても今見てほしいの!」
「ん……火事?」
「違うよ、もっと凄いもの!」
私は少々機嫌の悪いルナの手を引き、無理やり窓際へと連れて行った。そして、電子シェードを一気に開放する。
「ほら、外!」
「……外?」
眩しそうに目を細めていたルナが、窓の外を見た瞬間。
その金色の瞳が、大きく見開かれた。
「ん!? これ全部……桜?」
「そう! 昨日までは蕾だったのに、一斉に咲いたんだよ!」
窓の外の世界は、淡いピンク色に染まっていた。
『ポラリス』を停めていた廃公園の木々が、まるで示し合わせたかのように爆発的な開花を迎えていたのだ。
視界を埋め尽くす薄紅色の雲。
朝日に照らされた花弁が、透き通るような輝きを放っている。
「……満開」
「そうそう。信じられないくらい綺麗」
私たちは顔を見合わせ、どちらからともなく頷いた。
上着なんて要らない。私たちはパーカー姿のまま、外へと飛び出した。
ドアを開けた瞬間、ふわりと甘く、柔らかな春の香りが鼻孔をくすぐる。肌を撫でる風は、もう冷たくない。
公園の中央、かつて噴水だった場所の周りには、立派な古木の桜が枝を広げていた。
近くを流れる小川の堤防沿いにも、どこまでも続く桜並木が見える。
風が吹くたびに、ひらひらと花びらが舞い落ち、地面のアスファルトを隠すようにピンクの絨毯を作っていく。
錆びついた遊具と、満開の桜。
廃墟の静寂と、生命の息吹。
人間がいなくなった世界で、花たちは誰に見せるわけでもなく、ただ季節の巡りに従って命を燃やしている。
その姿は、残酷なほどに美しかった。
「春……」
「うん。春が来たね」
ルナが舞い落ちてきた花びらを掌で受け止める。
厳しい冬が終わった。
氷点下の夜も、ホワイトアウトも、全て過去のものになったのだ。
「カレンダーは4月」
ルナが呟く。
かつて温暖化が進んでいた頃は、3月中に散ってしまうことも多かった桜。でも今は、昔の暦通り、4月に満開を迎えている。
地球が深呼吸をして、本来のリズムを取り戻しつつある証拠だ。
「桜といえば入学式のイメージだったけど、最近は卒業式の花になりつつあったもんね」
「ん。……でも今は、始まりの花」
そう。これは終わりじゃない。始まりだ。
季節が一巡りして、また新しいサイクルが動き出す。
「季節を巡って、ようやく東北を抜けて関東、か」
「……長いようで、短かった」
「だね」
北海道の雪原から始まり、海を渡り、いくつもの廃墟を越えてここまで来た。
地図を見れば、まだ日本の半分にも満たない。
西へ行けば、もっと広い世界が待っている。
「日本の端っこにたどり着くのは、何回季節が巡った頃かな」
「分からない。……でも、急ぐ必要はない」
ルナが私の手を握る。
温かい。
「ん。この滅んでしまった文明の記録を、私たちの記憶に保管しておく。それが、今の私たちの仕事みたいなものだしね」
「仕事というか、趣味?」
「ふふ、違いない」
全ての都道府県を回ることは難しいかもしれない。
ガソリン(食料)が尽きるかもしれないし、車が壊れるかもしれない。でも、道が続く限り、私たちは進む。
寄り道上等。迷子も歓迎。
「さて、と。せっかくだからお花見しよっか」
「ん。お団子、食べる」
「花より団子だねぇ」
私たちは『ポラリス』のサイドオーニングを広げ、桜の下に特等席を作った。
温かいお茶と、とっておきの甘味を用意して。
「冬、越せたね」
「ん。春が来た」
「さあ、次はどこへ行こうか。暖かくなったし、もっと遠くまで行けるよ」
「ん。ユキとなら、どこまでも」
風が吹き抜け、盛大な桜吹雪が私たちを祝福するように包み込んだ。
終わった世界で、私たちの新しい季節が幕を開ける。
(第一部 完)
前書きにも書きましたが、ここで一旦完結とします。
これ以降の話は書けていません。また、書くかも怪しいです。
もし続きを書けたときは、また見ていただければ幸いです!
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!!




