Route:059『南への扉と、膨らむ春の予感』
線路から見えたビル群を目指して『ポラリス』を走らせること数時間。私たちは、太平洋に面した大きな都市へと辿り着いた。
海沿いの工業地帯と、内陸の商業エリアが融合した独特の街並み。
そして何より――
「……暖かい」
「ん。外気温15度。ポカポカしてる」
窓を開けても冷気を感じない。
潮風には春の匂いが混じっている。ふと、ルナが手元のタブレットを覗き込み、小さく声を上げた。
「ん……」
「どうしたの?」
「これ見て」
差し出された画面には、これまでノイズ混じりだった地図が、鮮明に表示されていた。
――現在地:福島県いわき市
「また、場所がわかってる?」
「うん。青森に入った時と同じ。特定のエリアに入ると、データのロックが外れるみたい」
地図データが指し示すその場所。
ここは東北地方の南端、関東への玄関口だ。ここから南下すれば、いよいよ茨城県に入る。
「やっぱり、大きな都市や交通の要所だけは、データが強固に残されてるのかな」
「かもね。第三者の意図を感じるけど……今はありがたく使わせてもらおう」
私たちは正確な位置情報を頼りに、国道6号線を南へと進めた。
道路標識にも『水戸』や『東京』の文字が見え始め、旅が新しいステージに入ったことを実感する。
どういう意図なのかシステムなのか、よくわからないけど……それでも現在地の詳細が判明したことは大きいかな。
ただルナの言う通り、何か意図を感じるのもまた事実。それとも私たちが過剰に意識しすぎているだけだろうか?
答えは出ない。いずれ、知る時が来るかもしれないし来ないかもしれない。結局のところ、私たちのやることは変わらない。
「この先は茨城県かー。ルナは行ったことある?」
「ん。大洗とかなら、記憶にあるかも」
「あー! 水族館とか、フェリーとかある場所だね」
私も子供の頃、家族旅行で行った記憶がある。
日本で二番目に大きな湖、霞ヶ浦。そして、世界一の高さを誇る牛久の大仏様。あの巨大な立像は、人類がいなくなった今も、関東平野を見下ろしているのだろうか。
「時代が進んでも、歴史的建造物は保護され続けてるはずだしね」
「ん。大仏はメンテナンスフリーじゃないと思うけど、ナノマシンコーティングとかで強化されてるかも」
「ありそう。苔むした大仏様も見てみたいけど」
そんな他愛のない話をしながら、私たちは並木道の続く大通りに差し掛かった。枯れ木が延々と続いている……と思っていたけれど。
「……あ」
「ん?」
信号待ちで停車した時、ふと視界の端に色が映った。
私は窓を開けて、身を乗り出す。
「ルナ、見て! これ、桜?」
「ん……?」
ルナも助手席から覗き込む。
黒く乾いた枝の先に、プクリと膨らんだ小さな粒。その先端は、可愛らしいピンク色をしていた。
「……蕾。それも、もうすぐ咲きそう」
「だよね! やっぱり、ここは暖かいんだ」
カレンダーを見れば、3月も後半に入っている。
北国ではまだ雪の中だったけれど、ここではもう、春がスタンバイしていたのだ。
「もう春が、目の前だね」
「ん。冬を越えた」
その言葉の響きに、胸が熱くなる。
氷点下の夜も、猛吹雪の日も、二人で乗り越えてここまで来た。そして今、新しい季節が始まろうとしている。
「ねえ、ルナ。咲くところ、見たいね」
「ん。見たい」
「次の休憩ポイントで、お花見の準備しよっか」
「賛成。……お団子、あったっけ?」
「Ⅲ-S型のType-Aに残ってたはず!」
信号が青に変わり、私たちは膨らみかけた蕾たちに見送られ、春風の中を走り出した。
きっと明日には、世界が変わる。そんな予感を乗せて。
(続く)




