Route:058『無人の線路』
『ポラリス』に乗って南下しつつ、夜は適当な場所に停めて眠る。
そんな毎日を繰り返しているうちに、季節は少しずつ、けれど確実に進んでいた。
「……今日は暖かいね」
「ん。15度ある」
三寒四温。
寒い日と暖かい日が交互にやってきて、少しずつ春になっていく。私は冬の間ずっと着ていた分厚いダウンジャケットを脱ぎ、久しぶりにパーカーだけの姿になった。
本当は春らしい服に着替えたいところだけど、手持ちの服は限られているし、新しい服を調達できるお店も見当たらない。
まあ、身軽になれただけでも十分だ。
そんな中、私たちは少々大きな地方都市に辿り着いた。
中心部には立派な高架駅がそびえ立っている。駅前ロータリーの広さからして、かつてはそれなりに人が多い場所だったのだろう。
誰もいない改札を抜け(自動改札機はエラーを吐いて開いたままだった)、階段を上がってホームへ出る。
「高架駅だね」
「ん。対向式ホーム、2面2線」
風除けの壁の隙間から、柔らかな日差しが差し込んでいる。
何線だったかは分からない。駅名標は風化して白くなってしまっているし、天井から吊り下げられた電光掲示板は――
「……あ、点いてる」
『14:35 普通 当駅止まり』
『14:48 快速 ■■行き』
オレンジ色のLED文字が、明滅しながら表示されていた。日付までは表示されていないけれど、恐らくあの日からずっと、同じ時間をループしているのだろう。
「ここは……電車は来なさそうだね」
「ん。線路が錆びてる」
ルナが線路を覗き込んで言った。
以前見た「幽霊列車」の駅とは違い、ここのレールは赤茶色に錆びつき、枕木の間に雑草が生い茂っている。
「核融合バッテリーで駆動する電車自体、まだ全体的には普及してなかったから」
「だよね。私のキャンピングカーみたいなのは、当時でもレア中のレアだったし」
当時の本当の最新技術、最先端のモノなのだ。だからこそ、全体的に普及するには時間がかかるものだ。
私はホームの端まで歩き、ふと思いついて――
トンッ。
「……あ」
軽い音を立てて、ホームから線路へと飛び降りた。
「危ない!」
「大丈夫大丈夫。電車は来ないし」
ルナが目を丸くしてホームから見下ろしている。
私は線路の砂利を踏みしめ、両手を広げた。
かつてなら大問題になる行為。でも今は、誰も咎める人はいない。この絶対的な「自由」と、少しの「背徳感」。
「ほら、ルナもこっちにおいでよ。ここからの景色、なんか新鮮だよ」
「……でも、油断禁物」
「分かってるって。……ほら」
私が手を差し出すと、ルナはためらいがちに、でも私の手を掴んでぴょんと飛び降りた。
二人で線路の真ん中に立つ。レールがどこまでも真っ直ぐ伸びている。
「向こう側、見て」
私が指差した先。線路が続く南の方角。霞んだ空の向こうに、ビル群のシルエットが浮かび上がっていた。廃墟化したビルや、半分が崩れているビル、そして綺麗に形を残したまま緑に覆われつつある高層建築。
「あっちは、だいぶ大きな都市がありそう」
「ホントだ。……ここよりずっと規模が大きい」
青森の後に寄ったあの都市と同じくらいか、それ以上かもしれない。この古い地図データから推測すると、ここはおそらく福島県のどこか。
そしてあの先に見えるのは、関東へと続く玄関口の都市だろうか?
「あの都市に行ってみるのもいいかもね」
「ん。どうせ急ぐ旅でもないし」
目的地はない。寄り道しようが、迂回しようが、私たちの自由だ。でも、あのビル群の向こうに、何か新しい景色が待っているような気がした。
「あっち行ってみる?」
「どっちでも。……ユキが決めて」
ルナが私の腕にぎゅっとしがみつく。
信頼されているのか、丸投げされているのか。まあ、一応この『ポラリス』の船長は私なので、ここは私の気分のままに。
「船長より車長じゃない?」
「そうかも?」
確かに。船のように水上モードにすれば走れるけど、元は車なのだからそっちのほうが合っているかもしれない。
それはさておき。
「よし。じゃあ、あの都市を目指そうじゃないか!」
「ん。全速前進」
私たちは線路の上を少しだけ歩いてから、ホームへよじ登り、愛車の待つロータリーへと戻った。春の風が、背中を押してくれている気がした。
(続く)




