Route:057『ルナの三分クッキング?』
洗車を終えてピカピカになった『ポラリス』で、私たちは大通りを外れた林道を走っていた。
そして雪解け水が流れる小川のほとりに車を停め、少し周囲を散策することにした。土の匂いがする。冬の間ずっと嗅いでいた冷たく乾いた匂いとは違う、湿った生命の匂いだ。
「あ、見て。これ知ってる! ふきのとう!」
「ん。こっちは、つくし」
「わ、ホントだ」
地面のあちこちに、雪を割って顔を出した薄緑色の芽が見える。まだ小さくて愛らしいけれど、確かな春の先触れだ。
「確かこれ、食べられるよね」
「ん。ふきのとうは蕾の状態がベスト。つくしも袴を取ればいける」
ルナがしゃがみ込み、慣れた手つきでふきのとうを摘み取っていく。
「ちょっと苦みがある独特な味だけど、美味しいの?」
「ん。天ぷらにすると絶品。春の味がする」
「天ぷらかぁ……揚げたて、いいなぁ」
想像したら急にお腹が空いてきた。サクサクの衣と、熱々の山菜。塩を振って齧り付く。最高じゃないか。
「ん。わたし、作る」
「え?」
「今日のランチは山菜の天ぷら」
「あれ、ルナって料理できるんだっけ?」
「ん。できる。前にも言ったと思うけど」
「そうだっけ? ごめん」
ルナが少しむくれたように唇を尖らせる。
「いい。料理する機会がそもそもなかったから」
「確かにね」
調味料や粉類は、賞味期限の長いものをスーパー跡地などで回収していたけれど、肝心の「生鮮食材」が手に入らなかったからだ。
調理器具は揃っているし、IHコンロだってある。
材料さえあれば、ここは動くシステムキッチンなのだ。
「ルナの手料理……」
「ん。期待してて。と言っても、メインディッシュは携帯型食糧になるけど」
「それは仕方がないね。ご飯炊くより早いし」
私たちは両手いっぱいに春の恵みを抱えて、車へと戻った。
「ルナの三分クッキング、スタート」
キッチンに立ったルナは、以前「作業着」として回収したメイド服のエプロンだけを身に着け(服の上からだけど)、手際よく準備を始めた。
ふきのとうを洗い、つくしの袴を丁寧に取る。ボウルに小麦粉と冷水、少しのマヨネーズ(サクサクにする裏技らしい)を入れて衣を作る。
鍋に油を注ぎ、加熱。菜箸を入れると、シュワシュワと小さな泡が立った。
「投入」
衣をつけた山菜を油へ落とす。
ジュワアアアッ!
いい音と共に、香ばしい油の匂いが車内に充満する。これだ……この「料理してる音」が、今の世界では何よりも贅沢なBGMだ。
「はい、揚がった。熱いうちにどうぞ」
「わぁ……美味しそう!」
キッチンペーパーの上に、黄金色に揚がった天ぷらが並べられた。
私は塩を少し振って、ふきのとうを口に放り込む。
サクッ。
軽快な歯ごたえのあと、口の中に広がるのは――
「……ん! 苦っ、でも美味しい!」
「ん。この苦味が、冬の間に体に溜まった毒素を出す」
「大人の味だねぇ」
独特のほろ苦さと、鼻に抜ける香りがたまらない。隣でルナも、サクサクと音を立てて食べている。
「つくしも美味しい。シャキシャキしてる」
「ルナ、料理上手だね。見直した」
「ん。……もっと褒めていい」
エプロン姿のルナが、得意げに胸を張る。
可愛い。
メインの『携行型食糧Ⅲ型』も美味しいけれど、今日ばかりはこの小さな山菜たちが主役だ。
「これでご飯が炊きたてなら最高なんだけどね」
「ん。この際、1日3食にしてお米炊く?」
「うーん……いや、やめとこう」
美味しいからもっと食べたい気持ちはあるけれど、今まで2食でやりくりしてきた胃袋だ。急に増やしたらびっくりしてしまうかもしれない。
それに、私たちは基本「省エネ設計(低燃費)」だし。
「激しく動くこととか、ないしね」
「……あるけど」
「え?」
「夜の運動」
「ぶふっ!?」
飲んでいたお茶を吹き出しそうになった。ルナが真顔でとんでもないことを言う。
「あ、あれはノーカウントでしょ!?」
「ん? カロリー消費は激しいはず」
「それは……まあ、そうかもしれないけど……」
最近はちゃんと節度を守って、程々に触れ合っているつもりだ。
……たぶん。
「ごちそうさまでした。……美味しかったよ、ルナ」
「ん。お粗末さまでした」
口の中に残る春の苦味は、私たちが厳しい冬を生き延びた何よりの証拠だった。
(続く)




