Route:050『星の降る屋上』
『ポラリス』をビルのエントランス(車寄せ)に横付けし、私たちはガラス張りの自動ドアをくぐった。
ロビーは静まり返っているけれど、暖房が効いていて暖かい。無人の受付カウンターを素通りして、エレベーターホールへ。
「……やっぱり」
並んでいるエレベーターのボタンを押すが、反応がない。あるいは、ランプは点くけれど扉が開かない。
「セキュリティロックがかかってる」
「ん。高層階はオフィスか高級ホテル。関係者以外立ち入り禁止」
ルナがパネルにタブレットをかざし、淡々とコードを解析し始める。普段は可愛い恋人だけれど、こういう時の彼女は頼れるハッカーだ。
「……セキュリティレベル、高い。でも、突破可能」
「お、いける?」
「ん。ゲスト権限を書き換えて、最上級VIPで登録した」
ピンポーン、と軽やかな音が鳴り、中央のエレベーターの扉が滑らかに開いた。中は金色の装飾が施された、少しバブリーな空間だ。
「さすがルナ様。一生ついていきます」
「ん。……一生養って」
冗談を言い合いながら乗り込み、最上階のボタンを押す。
Gがかかり、箱が上昇を始める。
ガラス張りのシースルーエレベーターだ。足元から地面が遠ざかり、周囲のビル群がどんどん低くなっていく。
チン、と到着音が鳴る。
扉が開くと、そこは屋上へ続くメンテナンスエリアだった。重たい鉄の扉を(ここは物理で)押し開けると――
ごうっ、と冷たい夜風が吹き込んできた。
「……うわぁ」
「すごい……」
私たちは屋上のフェンスに駆け寄った。
眼下に広がっていたのは、光の海だ。
AIによって管理された街灯、ビルの窓明かり、道路を照らすライト。それらが碁盤の目のように広がり、どこまでも続いている。
かつて人間が作り出し、今は機械たちが守り続けている文明の輝き。
私は手すりから身を乗り出し、ふと悪戯心を起こして叫んだ。
「見ろ! 人がゴミのようだ!」
「……」
隣でルナが呆れたように溜息をつく。
「……そもそも、人いないけどね」
「あはは、確かに! ゴミどころか、埃ひとつ落ちてないクリーンな街だ」
誰もいない。動くものといえば、自動運転の清掃車くらい。
それでも、上から見下ろすこの景色は、私たちがこの世界の「支配者」になったような錯覚を覚えさせてくれる。
「ここから見える全てが、私たちの庭だね」
「ん。広すぎて管理できない」
私たちは笑い合った。
寒さで鼻がツンとするけれど、不思議と降りる気にはなれなかった。
「……上、見て」
ルナに促されて見上げると、そこにはもう一つの光の海があった。
満天の星空。
地上の人工的な光にも負けないくらい、強く、鋭く輝く無数の星々。空気が澄んだ冬の夜だからこそ見える、宇宙の深淵だ。
「きれい……」
「ん。プラネタリウムみたい」
「こっちが本物だけどね」
その時、視界の端をスーッと光の筋が走った。
流れ星だ。しかも、大きくて長い。
「あ、流れ星!」
「ん。……願い事」
「えっ、今からじゃ間に合わないよ!」
慌てる私を見て、ルナがくすくすと笑った。
「嘘。願い事なんて、もうない」
「え?」
「だって、一番欲しかったものは、もうここにあるから」
ルナが私の手を握り、自分のポケットに入れた。
温かい。
冷え切った指先が、彼女の体温で溶かされていく。
「……そっか。私もだよ」
世界は終わってしまったし、人はいないし、未来はどうなるか分からない。でも、隣に君がいる。それ以上の願いなんて、今の私には思いつかない。
私たちは言葉もなく、しばらくの間、空と地上の二つの星空に包まれて寄り添っていた。
この夜。
それは、間違いなく私たちの旅のハイライトだった。
(続く)




