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終わった世界をキャンピングカーで。~白と黒の少女の、気ままな終末紀行~  作者: 月夜るな


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Route:005 - 雨とワイパー、速度超過


「おー、また降ってきた」

「ん」


 山道を下り始めて数十分。

 展望台ではあんなに晴れていたのに、山の天気は気まぐれだ。大粒の雨がバタバタとフロントガラスを叩き始めた。


「今日はこのまま進んじゃおうか」

「おけ」


 私がステアリング横のレバーを弾くと、ウィーン、ウィーンと一定のリズムでワイパーが動き出した。視界を遮る水滴を、黒いゴムの棒が強引に拭い去っていく。


「ねえ、ルナ。こういうワイパーってさ……昔から時間が止まってると思わない?」

「ん……?」

「だってさ、時代は2200年代だよ? 超音波振動で水を弾くとか、エアカーテンで濡れないようにするとか、もっとハイテクな進化があってもいいはずじゃん」

「……」


 ルナが助手席で、流れる景色を見ながら首を傾げる。


「でも結局、ゴムで拭くのが一番安くて確実だったんだと思う」

「夢がないなぁ。このレトロな動き、嫌いじゃないけどさ」


 2本の棒が必死に左右に動く様は、どこか愛嬌があるけれど。ハイテクな核融合炉を積んだ車なのに、ここだけ昔から変わっていないのがシュールだ。


「まあ、可動範囲の外は見えないままなんだけどね」

「それはルナの言う通り」


 私は苦笑して、前方へ視線を戻した。

 現在の運転モードは『半自動セミ・オート』。基本はAI任せでいいんだけど、ステアリングには手を添えている。


 いくら高性能なAIでも、この荒れた道はハードルが高いらしい。

 アスファルトを突き破って生えた木を「飛び出し歩行者」と誤認して急ブレーキを踏んだり、水たまりの反射を「穴」と間違えたりするからだ。

 整備された道路なら居眠り運転でも行けるけど、この世界では人間様の補助がまだ必要らしい。


「ここ、20キロ制限みたいだよ」


 道端に傾いて立っている、蔦の絡まった道路標識を見てルナが言った。


「……どうせ誰も居ないし、いいんじゃない?」

「……」

「自動運転AIも『推奨速度を超過しています』って警告出してるけど、無視無視」

「……ん」


 スピードメーターの数字は50キロを表示している。

 明らかに違反だけど、切符を切る警察官はもういない。法律も、道交法も、国と一緒に消滅した。私たちは今、世界で一番自由な犯罪者ってわけだ。


「それにしても、涼しいね」

「ん。快適」


 エアコンの設定温度は控えめだけど、車内は過ごしやすい。外の世界も、昔の記録映像にあるような「殺人級の猛暑」ではない気がする。


「夏も虫がいなければいいよね。21世紀後半とか、暑すぎて外に出られなかったらしいし」

「ん。わたし、暑いの嫌い。冬がいい」

「あ、奇遇だね。私も冬派」


 やっぱり一番は虫がいないこと。

 それに夏は服を脱ぐのに限界があるけど、冬は着込めばなんとかなるし、なによりルナとくっついて寝ると暖かいし。


「でも、今の夏はちょっと好きかも」

「あはは。確かにね。人間がいなくなって、地球も少し熱が下がったのかな」


 スマホのカレンダーが正しければ、今は6月。夏の入り口だ。

 これからもっと暑くなるのか、それともこのまま涼しい夏が続くのか。

 確かめる術はないけれど、まあ、それも旅の楽しみの一つだ。


「あ、そろそろ山抜けそう」

「ん」


 緩やかなカーブを幾つか越えると、鬱蒼とした木々が開けた。下り坂の先、平坦な道路の向こうに、灰色の街並みが見えてくる。

 山の中の集落よりはずっと大きい。地方都市の郊外といった感じだ。


 道路沿いに、警察署っぽい建物と、その隣に消防署が見えた。私はブレーキペダルを踏み、ゆっくりと車を路肩に寄せた。


「……消防車もパトカーも、そのまま残ってるね」


 雨に濡れたガラス越しに覗き込む。

 赤と白の車両が、ガレージの中に整然と並んでいた。けれど、その車体はずいぶんと色が褪せている。埃と泥にまみれ、タイヤはパンクしてぺしゃんこだ。もう二度と、サイレンを鳴らして飛び出すことはない車たち。


「ん。かなり汚れてる」

「そりゃね……お手入れする人が居ないんだし」

「このポラリスは綺麗」

「あはは、ありがとう。そりゃあ、私が毎日磨いてるし」


 機械は正直だ。手をかければ応えてくれるし、放っておけば土に還る。このキャンピングカーは、私たちの家であり、命綱だ。メンテナンスだけはサボれない。


「それに、ルナも手伝ってくれるから助かるよ」

「ん……?」

「ほら、私が気づかない異音とか、システムのバグとか見つけてくれるじゃん。優秀なナビゲーター様のおかげです」

「ん……別に、どうってことない」


 ルナが少しだけ顔を背けた。照れている時の癖だ。可愛い相棒の反応にふふっと笑って、私は再びアクセルを踏んだ。


 雨上がりの地方都市。

 さて、まずは大きなスーパーマーケットを探そうか。



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