Route:048『無人の改札と、未来のコーラ』
「……これは」
「ん。駅だね」
キャンピングカーを走らせて立ち寄った場所は、雪原の中に静かに佇む、小さな廃駅だった。
以前にも似たような駅に寄ったことがあるけれど、ここはもっと古びていて、ローカル線の終着駅のような哀愁が漂っている。
車を降りて、私たちは駅舎の方へ足を運んだ。
木造の柱に、トタン屋根。
中には有人改札の痕跡や、小さな待合室が残っている。かつてはここも、地元の人々の生活の拠点だったのだろう。
「この自動改札機、壊れてるね」
「ん。電気自体は通っているみたいだけど、システムエラーを起こしてる」
改札機の小さな液晶画面に、赤い文字で『ERROR!』とだけ表示されている。
点滅するその文字は、誰も通さないという拒絶のようにも、助けを求める信号のようにも見えた。
たまたま寄り道……と言っても、明確な目的地があるわけではないので「寄り道」という言葉が正しいかは怪しいけれど。
駅周辺の建物は少なく、そのほとんどが雪の重みで半壊していたり、ガラスが割れて植物の苗床になっていたりする。
その中で、この駅舎だけが奇跡的に形を保っていた。
「……あ、自動販売機」
壊れた改札機をすり抜けてホームに入ると、錆びついたベンチの横に、一台の自動販売機が設置されていた。
駅の外にもあったけれど、こっちの方が状態が良さそうだ。
「……」
自動販売機。
どこにでもある、ありふれた機械。
けれど、この静寂の世界で「生きている」それを見つけると、なんだか旧友に会ったような安心感を覚える。
「生きてるんだなあ」
ディスプレイの照明が点灯し、商品サンプルの下にあるボタンが赤や青に光っている。
ここまでの旅路でも稼働している機械はいくつもあったけれど、雪に埋もれながら健気に光る姿には、いつ見ても心を打たれるものがある。
「……ん? 缶が100円?」
「安い。デフレ?」
表示価格を見て驚いた。都市部では130円とか160円が当たり前だったのに。
試しに、私はポケットから100円玉を一枚取り出し、コイン投入口に入れた。
チャリン、という小気味いい音がして、100円で買える商品のボタンが明るく点灯する。
「……あれ」
「ルナ?」
「小銭、なんで持ってたの?」
ルナが目を丸くして私の手元を見ている。
無理もない。これまでの旅で、私たちは基本的に「拝借」ですませてきたし、電子マネーこそ持っていたものの、現金を使う機会なんて皆無だったからだ。
「昔の服に、小さなお財布が入ってたの」
「なるほど?」
疑わしそうな視線を向けてくるが、これは本当の話だ。
一番初めに着ていたパーカー。その内ポケットの奥底に、すっかり忘れていた小銭入れが入っていたのだ。
中身は数百円と、数枚の千円札。
かつての世界ではランチ代にしかならない金額だけど、今ここでは「魔法の鍵」になる。
「ホントだって。ルナに言うの忘れてただけ」
「ん。……嘘じゃないみたい」
実際に財布を見せると、ルナは納得したように頷いた。
「自動販売機の機能は生きてるみたいだねぇ。電子マネーの読み取り機はエラー出てるけど」
「ん。アナログ最強」
私は迷わず、一番端にあるボタンを押した。
ガコンッ、という重い音と共に、取り出し口に冷たい缶が落ちてくる。
拾い上げたのは、赤をベースに白い筆記体でロゴが書かれた、世界一有名な炭酸飲料――コーラだ。
「これ、結構好きだったんだよね」
「……ユキらしい」
「え、どういう意味?」
「ジャンクフード好き」
否定はできない。
冷えた缶の感触を楽しみながら、ふと疑問が湧く。
「これ、飲めると思う?」
「見せて」
「ほい」
缶を渡すと、ルナが底面の印字を確認する。
「……賞味期限は、今の日付より未来」
「ほんとだ」
印字された日付は、スマホのカレンダーが示す「今日」よりも、まだ数ヶ月先だった。
つまり、このコーラは「大消失」の後に製造されたか、あるいはとてつもなく保存状態が良いか。
「どう思う?」
「ん。AIの統合管理システムが動いているなら、恐らく無人の製造工場も稼働してる」
「作られているとは思うけど……運搬は?」
「自動運転トラック、配送ドローン。インフラが死んでいないなら、物流も完全には死んでいない」
誰のために?
飲む人間なんていないのに。
機械たちは、プログラムされた通りに原料を採掘し、加工し、詰め込み、そしてこうして末端の自販機まで運び続けているのだろうか。
その巨大で虚無なシステムを想像すると、少しだけ背筋が寒くなる。
「でもまあ、酸ヶ湯温泉の瓶牛乳もそうだったしね」
「ん。あれも新鮮だった」
温泉で飲んだフルーツ牛乳も、消費期限内だった。
ということは、日本のどこかで、今も牛の世話をするロボットがいて、牛乳瓶を詰めるラインが動いているということだ。
「スマホの時間とか日付、だいぶ合っているのかもしれないね」
「ん。合ってると思う」
「その心は?」
一番疑っていたのはルナだったはずだ。
「衛星システムを掌握したときに、内部クロックと同期した」
「あー、なるほど」
それなら間違いない。やはりスマホの日付は正しかったのだ。今日は12月某日。そしてこのコーラは、賞味期限内。
「よし、飲んでみるか」
「ん……成分分析できないから不安ではあるけど。気をつけて」
「うん」
女は度胸!
いや、度胸を使う場所を間違っている気がしないでもないけれど。プシュッ、と軽快な音を立ててプルタブを開ける。炭酸の泡が弾ける音が、静かな駅舎に響いた。
「いただきます」
ゴクリ。
喉を焼くような強烈な炭酸と、独特の甘み。それは間違いなく、私が知っている「あの味」だった。
「……っはぁ! 美味しい!」
「ん。生きてる?」
「ピンピンしてるよ。ルナも飲む?」
私が差し出すと、ルナは少し躊躇してから、缶に口をつけた。
間接キスだね、なんて言うのは野暮だろうか。
「……ん。甘い。ピリピリする」
「でしょ? これが文明の味だよ」
誰もいない雪の駅で、二人で回し飲みする一本のコーラ。どんな高級料理よりも、今はこれが最高のご馳走に思えた。
(続く)




