表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終わった世界をキャンピングカーで。~白と黒の少女の、気ままな終末紀行~  作者: 月夜るな


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

48/60

Route:048『無人の改札と、未来のコーラ』



「……これは」

「ん。駅だね」


 キャンピングカーを走らせて立ち寄った場所は、雪原の中に静かに佇む、小さな廃駅だった。

 以前にも似たような駅に寄ったことがあるけれど、ここはもっと古びていて、ローカル線の終着駅のような哀愁が漂っている。


 車を降りて、私たちは駅舎の方へ足を運んだ。

 木造の柱に、トタン屋根。

 中には有人改札の痕跡や、小さな待合室が残っている。かつてはここも、地元の人々の生活の拠点だったのだろう。


「この自動改札機、壊れてるね」

「ん。電気自体は通っているみたいだけど、システムエラーを起こしてる」


 改札機の小さな液晶画面に、赤い文字で『ERROR!』とだけ表示されている。

 点滅するその文字は、誰も通さないという拒絶のようにも、助けを求める信号のようにも見えた。


 たまたま寄り道……と言っても、明確な目的地があるわけではないので「寄り道」という言葉が正しいかは怪しいけれど。

 駅周辺の建物は少なく、そのほとんどが雪の重みで半壊していたり、ガラスが割れて植物の苗床になっていたりする。

 その中で、この駅舎だけが奇跡的に形を保っていた。


「……あ、自動販売機」


 壊れた改札機をすり抜けてホームに入ると、錆びついたベンチの横に、一台の自動販売機が設置されていた。

 駅の外にもあったけれど、こっちの方が状態が良さそうだ。


「……」


 自動販売機。

 どこにでもある、ありふれた機械。

 けれど、この静寂の世界で「生きている」それを見つけると、なんだか旧友に会ったような安心感を覚える。


「生きてるんだなあ」


 ディスプレイの照明が点灯し、商品サンプルの下にあるボタンが赤や青に光っている。

 ここまでの旅路でも稼働している機械はいくつもあったけれど、雪に埋もれながら健気に光る姿には、いつ見ても心を打たれるものがある。


「……ん? 缶が100円?」

「安い。デフレ?」


 表示価格を見て驚いた。都市部では130円とか160円が当たり前だったのに。

 試しに、私はポケットから100円玉を一枚取り出し、コイン投入口に入れた。

 チャリン、という小気味いい音がして、100円で買える商品のボタンが明るく点灯する。


「……あれ」

「ルナ?」

「小銭、なんで持ってたの?」


 ルナが目を丸くして私の手元を見ている。

 無理もない。これまでの旅で、私たちは基本的に「拝借タダ」ですませてきたし、電子マネーこそ持っていたものの、現金を使う機会なんて皆無だったからだ。


「昔の服に、小さなお財布が入ってたの」

「なるほど?」


 疑わしそうな視線を向けてくるが、これは本当の話だ。

 一番初めに着ていたパーカー。その内ポケットの奥底に、すっかり忘れていた小銭入れが入っていたのだ。

 中身は数百円と、数枚の千円札。

 かつての世界ではランチ代にしかならない金額だけど、今ここでは「魔法の鍵」になる。


「ホントだって。ルナに言うの忘れてただけ」

「ん。……嘘じゃないみたい」


 実際に財布を見せると、ルナは納得したように頷いた。


「自動販売機の機能は生きてるみたいだねぇ。電子マネーの読み取り機はエラー出てるけど」

「ん。アナログ最強」


 私は迷わず、一番端にあるボタンを押した。

 ガコンッ、という重い音と共に、取り出し口に冷たい缶が落ちてくる。


 拾い上げたのは、赤をベースに白い筆記体でロゴが書かれた、世界一有名な炭酸飲料――コーラだ。


「これ、結構好きだったんだよね」

「……ユキらしい」

「え、どういう意味?」

「ジャンクフード好き」


 否定はできない。

 冷えた缶の感触を楽しみながら、ふと疑問が湧く。


「これ、飲めると思う?」

「見せて」

「ほい」


 缶を渡すと、ルナが底面の印字を確認する。


「……賞味期限は、今の日付より未来」

「ほんとだ」


 印字された日付は、スマホのカレンダーが示す「今日」よりも、まだ数ヶ月先だった。

 つまり、このコーラは「大消失」の後に製造されたか、あるいはとてつもなく保存状態が良いか。


「どう思う?」

「ん。AIの統合管理システムが動いているなら、恐らく無人の製造工場も稼働してる」

「作られているとは思うけど……運搬は?」

「自動運転トラック、配送ドローン。インフラが死んでいないなら、物流も完全には死んでいない」


 誰のために?

 飲む人間なんていないのに。

 機械たちは、プログラムされた通りに原料を採掘し、加工し、詰め込み、そしてこうして末端の自販機まで運び続けているのだろうか。

 その巨大で虚無なシステムを想像すると、少しだけ背筋が寒くなる。


「でもまあ、酸ヶ湯温泉の瓶牛乳もそうだったしね」

「ん。あれも新鮮だった」


 温泉で飲んだフルーツ牛乳も、消費期限内だった。

 ということは、日本のどこかで、今も牛の世話をするロボットがいて、牛乳瓶を詰めるラインが動いているということだ。


「スマホの時間とか日付、だいぶ合っているのかもしれないね」

「ん。合ってると思う」

「その心は?」


 一番疑っていたのはルナだったはずだ。


「衛星システムを掌握したときに、内部クロックと同期した」

「あー、なるほど」


 それなら間違いない。やはりスマホの日付は正しかったのだ。今日は12月某日。そしてこのコーラは、賞味期限内。


「よし、飲んでみるか」

「ん……成分分析できないから不安ではあるけど。気をつけて」

「うん」


 女は度胸!

 いや、度胸を使う場所を間違っている気がしないでもないけれど。プシュッ、と軽快な音を立ててプルタブを開ける。炭酸の泡が弾ける音が、静かな駅舎に響いた。


「いただきます」


 ゴクリ。

 喉を焼くような強烈な炭酸と、独特の甘み。それは間違いなく、私が知っている「あの味」だった。


「……っはぁ! 美味しい!」

「ん。生きてる?」

「ピンピンしてるよ。ルナも飲む?」


 私が差し出すと、ルナは少し躊躇してから、缶に口をつけた。

 間接キスだね、なんて言うのは野暮だろうか。


「……ん。甘い。ピリピリする」

「でしょ? これが文明の味だよ」


 誰もいない雪の駅で、二人で回し飲みする一本のコーラ。どんな高級料理よりも、今はこれが最高のご馳走に思えた。


(続く)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ