Route:044『神様のいない国と、終わりのない旅』
「……世界は、広いね」
「……いきなりどうしたの? 頭打った?」
「なんか、言い方きつくない?」
「そう? 平常運転」
中々のダメージだ……流石はルナ。
ハンドルを握りながら、私は苦笑する。
別に深い意味はない。ただ、どこまでも続く道路と、代わり映えのしない――けれど少しずつ変化していく廃墟の群れを見ていて、ふと言葉が漏れただけだ。
私たちは日本しか知らない。
でも、世界はきっと、途方もなく広い。
「ねえ、ルナはさ。海外に行ったことってある?」
「ないと思う。パスポートも持ってない」
「そっかー」
私もない。
そもそも海外に行く機会なんて無かったし、ニュースで聞く海外情勢はいつだって不穏だったから、行きたいとも思わなかった。
その点、日本は平和だった……と思う。島国という天然の要塞に守られていたおかげだろうか。
「日本は島国。四方を海に囲まれた引きこもり国家」
「言い方。……でも、そのおかげで防衛はしやすかったのかもね」
「ん。海自と空自が優秀だったから」
陸上自衛隊の影が少し薄い気もするけれど、彼らも最後の砦としてこの地を守っていたはずだ。
まあ、結局は何からも守れず、みんな消えてしまったわけだけど。
「……前も話した気がするけどさ。海外も、同じ感じなのかな」
「どうだろ」
ルナが窓の外、遠くに見える冬の海を見つめる。
「日本だけがピンポイントで滅んだ……ってことはないと思う。もしそうなら、とっくに他国の軍隊や調査団が上陸してるはず」
「だよねぇ。資源とか領土とか、喉から手が出るほど欲しいだろうし」
それがないということは、答えは一つ。
海の向こうも、同じように静まり返っているということだ。どんなに軍事力があっても、経済力があっても、一瞬で「こう」なる。
「……謎の力」
「ん。理不尽」
誰が予想できただろう。
ある日突然、人間だけが神隠しに遭うなんて。
車窓を、古びた鳥居が流れていく。神社の境内だった場所は、枯れ木と雑草に覆われて、本殿は雪の重みで半壊していた。
「ルナは、神様って信じる?」
「分からない。見たことないから」
「まあそうだよね……日本って八百万の神がいるって言うけど」
数え切れないほどの神様がいて、トイレにすら神様がいる国。
それなのに、誰も私たちを助けてはくれなかったし、説明もしてくれなかった。この状況を作り出したのは神様なのか、それとも高度な宇宙人なのか、あるいは暴走したAIなのか。
「やっぱり不思議だよね」
「何が?」
「私たちだけが、こうして残っているのが」
「……前にも言ってた」
「そうだったかも」
何度だって考えてしまう。選ばれたのか、忘れられたのか。あるいは、私たちこそがイレギュラー(バグ)なのか。
「悪くないと思う」
ルナがぽつりと言った。
「考えることはいいこと。ユキのいいところだと思う……たぶん」
「たぶん、かい」
「ん。……でも、運転しながら考え込むのは危ない」
「うっ、それはそうだけど」
AIアシストがあるとはいえ、障害物は多い。倒れた電柱や、崩落した看板。唯一の移動手段であるこの『ポラリス』を壊すわけにはいかない。
「……青森に入ったのはいいけれど、結局走り続けてると分からなくなるよね」
「それは仕方がない。景色が記号化してる」
入ったばかりの頃は新鮮だった景色も、見慣れてしまえば「日本のどこか」という記号に変わる。看板の文字は掠れ、ルナのタブレットの地図データにもノイズが走り始めている。
まるで、世界が「ここから先は作られていません」と言っているみたいだ。
「謎だらけだね」
「ん。第三者の力が働いているかもしれない」
「第三者なんて居る?」
「さあ? でもそれは人間とは限らない。上位存在とか」
「あー……SFチック」
これ以上考えても、答えは出ない。
私たちの手元にある事実は、たった一つだけ。
「私たちは、旅をしている」
「ん。目的は変わらない」
「どの道、終わりなんてないからね……」
「うん」
結局は、ここに行き着く。誰に頼まれたわけでもなく、ゴールがあるわけでもない。
命の終わりという究極の終点はあるけれど、それまでは、こうして二人であっちこっちを彷徨うだけだ。
どれくらい生きられるかは分からない。でも、もしその時が来たら――私はルナの隣で、ルナの手を握って終わりたいと思う。
……まあ、今考えることじゃないか。何かが起きる時は、いつだって突然なのだから。
「それじゃあ、今日も気ままに行こうか」
「ん。あっちこっち」
私はアクセルを踏み直す。
補給できる場所があれば立ち寄り、綺麗な景色があれば車を停める。
それが、私たちの終わりのない旅。
神様のいないこの国で、私たちだけが知っている自由だ。
(続く)




