Route:042『おそろいのふたり』
「……」
「……」
洗濯された服を回収し、夢のような温泉宿を後にした私たちは、再び『ポラリス』の車内に戻っていた。
長くて短い天国だったけれど、私たちの旅路に「停車」の文字はない。あるのは「一時停止」だけだ。
ちなみに、着ていた浴衣は返却しようとしたら、自動ゲートで『お持ち帰りください』という表示が出た。
どうやらアメニティ扱いらしい。
AI女将の粋な計らいに感謝しつつ、私たちは新しいパジャマ代わりに浴衣を持って帰ることにした。
「……じー」
「……」
出発の準備を整え、ソファで一息ついていると、さっきから熱い視線を感じる。犯人は分かっている。というか、口に出してるし。
「ルナ、どうしたの? そんなじっと見てきて……」
顔になにか付いてるかな? ルナに見られるのは嬉しいけれど、こう無言で見つめられると照れる。
「ん。ユキ、髪伸びた」
「あー、確かに」
自分の髪を指先で梳く。
旅に出た当初は肩にかかるくらいだった白髪は、今や背中の真ん中あたりまで伸びていた。切ろう切ろうと思いつつ、日々の忙しさ(と面倒くささ)にかまけて放置していた結果だ。
「もうロングヘアと言っても過言じゃないね。邪魔かな?」
「ううん。ロングのユキも可愛い」
「……」
真顔で直球を投げられると、防御できない。私が赤くなっていると、ルナがソファから立ち上がり、自分のポーチから櫛を取り出した。
「長さもちょうどいい。……ユキ、髪型変えてみない?」
「髪型を?」
「ん。いじらせて」
ルナの目が、新しいおもちゃを見つけた子供のように輝いている。片手で櫛を持ち、もう片方の手はわきわきと動いている。
どうやら、私の髪で遊びたくてうずうずしているらしい。
「いいよ。好きにして」
「ん! こっち向いて」
「はいはい」
私が背中を向けて座り直すと、ルナが嬉しそうに膝立ちになって後ろに回った。
スルッ、と櫛が通る感触。
ルナの手つきは驚くほど優しい。
「ユキの髪、綺麗。雪みたいに真っ白で、絹糸みたい」
「そうかな? 色素薄いだけだよ」
「それがいい。……よし」
ルナが私の髪を二つに分け、慣れた手つきで編み込んでいく。
ゴムで留めて、形を整える。
「できた。見て」
手鏡を渡されて覗き込むと、そこには見慣れない自分がいた。
低い位置で結んだ、ゆるいおさげ髪。
そう、今のルナと同じ髪型だ。
「……おそろい?」
「ん。おそろい」
鏡越しに、ルナが満足げにVサインをしている。
「これをしたかっただけでしょ?」
「バレた?」
「バレバレです。やれやれ……」
ため息をつきつつも、鏡の中の自分とルナを見比べる。姉妹みたいで、ちょっと悪くないなと思ってしまう自分がいる。
「でも、これだけじゃ終わらない。次」
「え、まだあるの?」
「ん。素材がいいから、色々試したい」
ルナはゴムを外し、今度は高い位置で髪をまとめ始めた。
うなじに空気が触れてスースーする。
「ポニーテール」
「おお、活発そう」
「ん。走ると揺れるのがポイント」
次は、ハーフアップ。
そして、お団子ヘア。
「ん。お団子も可愛い。家庭的」
「頭重いけどね」
ルナの「美容室ごっこ」は止まらない。
次々と変わる自分の姿に、私もなんだか楽しくなってきた。
誰に見せるわけでもないけれど、恋人に「可愛い」と言ってもらえるだけで、こんなに満たされるなんて。
「……じゃあ最後。わたしの一番のお気に入り」
ルナが丁寧に髪を下ろし、サイドの一部だけを三つ編みにして後ろでまとめた。清楚で、少しお姫様っぽいハーフアップ・アレンジ。
「どう?」
「うん……これ、すごくいいかも」
「ん。ユキの雰囲気に合ってる。似合う」
ルナが私の肩に顎を乗せ、鏡越しに微笑んだ。
黒髪と白髪。
対照的だけど、並ぶと不思議と絵になる。
「ありがとう、カリスマ美容師さん」
「ん。料金はキス一回で」
「お安い御用で」
私たちは鏡越しに見つめ合ったまま、少しだけ顔を傾けた。新しい髪型で交わすキスは、いつもより少し甘い味がした。
(続く)




