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終わった世界をキャンピングカーで。~白と黒の少女の、気ままな終末紀行~  作者: 月夜るな


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40/60

Route:040『湯けむりと硫黄の香り』



「これが……酸ヶ湯温泉!」

「ん! 着いた」


 樹氷の並ぶ険しい山道を登りきった先。

 雪煙の向こうに、歴史を感じさせる重厚な木造建築が現れた。窓からは温かなオレンジ色の光が漏れ、煙突からは白い湯気が立ち上っている。

 外気温はマイナス5度。でも、あの建物の中はきっと天国だ。


「これはまた……うん。かなり綺麗に残ってるね?」

「ん。老朽化もしてないし、まるで当時のまま時が止まっているみたい」


 私たちは『ポラリス』を建物の正面に停め、はやる気持ちを抑えながら車を降りた。

 硫黄の独特な匂い――ゆで卵のような香り――が鼻をくすぐる。これぞ温泉の証だ。


 中に入ると、そこは別世界だった。

 自動ドアが開き、暖かい空気が私たちを包み込む。


 ロビーは塵一つなく、床は磨き上げられている。壁にはホログラムの施設案内が表示され、無人のフロントではAIロボット(ペッパー君のような形状)がスリープモードで佇んでいた。


「期待できそう」

「ん。見てみよう」


 売店にはお土産の饅頭(さすがに賞味期限切れだろうけど)が並び、自販機のディスプレイも明るく点灯している。

 以前訪れた無人駅や基地跡と同じ、完全に管理された空間だ。


「すごいね。システムが全部動いてる……」

「ん。ハッキングして確認した感じでは、地熱発電と温泉管理AIがリンクして、全て正常に稼働してる」

「……相変わらず、そんなあっさりと凄いことしないでよ」


 ルナがタブレットを操作しながら涼しい顔で言う。

 彼女の前では、どんな強固なセキュリティも紙切れ同然だ。まあ、そのおかげで私たちはこうして恩恵に預かれるわけだけど。


「湯温よし、湯量よし。……いつでも入れる」

「やった!」


 私はガッツポーズをした。

 さあ、いよいよ待ちに待ったお風呂タイムだ。

 私たちは「ヒバ千人風呂」と書かれた大きな暖簾の前に立った。


「よし、男湯を覗こう」

「なんで!?」

「痛いって!」


 私が暖簾をめくろうとすると、ルナの手刀が脳天に落ちてきた。

 お約束のやり取りだ。


「どうせ誰も居ないんだし、社会科見学として……」

「ダメなものはダメ。デリカシーの問題」

「仕方がないにゃあ。……まあ、ここは『混浴』だから、中で繋がってるんだけどね」

「あ……」

「だから、実質覗き放題だよ?」

「……ユキのえっち」


 ルナが耳を赤くして睨んでくる。

 

「まあまあ。冗談はさておき、行こうか。女性用の入り口はこっち」

「ん」


 混浴とはいえ、脱衣所は別々だ。それに同性なので、混浴だろうがなんだろうが関係ないっていう。

 私たちは女性用の脱衣所で服を脱ぎ、タオルを一枚持って、いざ浴室へ。


 ――ギィィ、と重い木の扉を開けた瞬間。

 視界が真っ白な湯気に包まれた。


「うわぁ……」

「すごい……」


 広い。とにかく広い。

 体育館ほどもある巨大な空間に、総ヒバ造りの柱や梁が整然と並んでいる。その中央には、プールのように大きな浴槽が鎮座し、白濁したお湯が波々と溢れていた。高い天井に湯気が篭もり、幻想的な雰囲気を醸し出している。


 これだけ広いと、なんだか泳げそうだ。平泳ぎくらいなら余裕でいける気がする。


「ん。温泉で泳ぐのはマナー違反」

「分かってるってば」


 心を読んだようにルナが釘を刺してくる。誰もいないけれど、歴史ある湯治場だ。敬意を払わないとね。



 そして何より、静かだ。お湯が注がれる音だけが、木霊している。


「千人風呂、貸し切りだね」

「ん。贅沢」


 私たちは掛け湯をして体を流し、ゆっくりと白濁したお湯に足を浸した。


「……んっ」

「はぁ……」


 熱いお湯が、冷え切った手足の先からじわじわと染み込んでいく。

 肩まで浸かると、思わずため息が漏れた。

 硫黄の香りと、ヒバの木の香り。

 旅の疲れが、雪のように溶けていく感覚。


「最高……」

「ん。生きててよかった」


 ルナが隣で、とろんとした目で天井を見上げている。湿気で濡れた黒髪が、白い肌に張り付いて艶めかしい。


「ねえ、ルナ」

「なに?」

「こっちおいで」

「……ん」


 広い浴槽の中、私はルナを引き寄せた。

 誰もいない、二人だけの巨大な温泉。

 お湯の中で肌が触れ合う。


「温泉デート、叶ったね」

「ん。……恥ずかしいけど、嬉しい」

「私もだよ」


 湯気越しに見るルナの顔は、お湯のせいか、それとも照れているせいか、ほんのりと桜色に染まっていた。

 私たちは広いお風呂の片隅で、身を寄せ合いながら、静かな湯浴みの時を楽しんだ。

 外は吹雪いているけれど、ここだけは世界で一番温かい場所だった。


(続く)

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