Route:038『本州の灯りと』
長い長い海上橋を走り抜け、霧が晴れた先に、再び見慣れた陸地の道路が見えてきた。どうやら橋は途中で落ちておらず、無事に渡りきれたようだ。
「おー、渡りきれたね」
「うん。大地だ」
コンクリートの橋脚から、土の上に敷かれたアスファルトへ。
タイヤの走行音が変わり、車体の振動が少し柔らかくなる。そのまま走り続けていると、頭上に青色の案内板が見えてきた。
「……『青森県』」
「うん。ということは……」
「今まで居たところは、やっぱり北海道で間違いなさそう」
「ん。答え合わせ完了」
案内板の塗料は風化してカサカサになっていたけれど、地名は読み取れた。
私たちは津軽海峡を越え、本州に入ったのだ。このまま国道を南下していけば、いつかはかつての首都、東京にも行けるだろう。
……まあ、そこにも人は居ないだろうけど。
「今何時?」
「ん……19時」
「もうそんな時間かー」
外は既に帳が下り、真っ暗だ。
けれど、完全な闇ではない。道路沿いの街灯が等間隔で灯り、私たちの行く先を導くように光の道を作っている。
「本州に入っても、電気は生きてるんだね」
「ん。むしろ北海道より安定してるかも」
「送電ケーブルだけじゃなくて、ワイヤレス送電してる可能性もあるよね」
私は窓の外、ガードレールの支柱に埋め込まれた発光ユニットを見ながら言った。主要幹線道路の地下には、長距離送電用のコイルが埋設されているという話を聞いたことがある。
断線リスクのないワイヤレス送電は、メンテナンスフリーで数百年持つと言われていた画期的なインフラだ。
「発電所も、やっぱり生きてるのかな」
「どうだろ? 前にも話したけど、太陽光や風力、地熱といった自然エネルギー系は自律稼働してると思う」
「火力とか水力は?」
「燃料供給が自動化されていれば、AIが動かしてるかも。あるいは、どこかの巨大な蓄電施設が生きてるか」
「あーね」
理由はどうあれ、電気が使えるのはありがたい。文明の恩恵に感謝しつつ、私たちは今夜の宿を探した。
「さてと、今日はあそこの店跡で休むとしますか」
「ん。駐車場が広い」
私たちは道路沿いにあった小さなお店――恐らくコンビニか商店だろう――の跡地に『ポラリス』を滑り込ませた。
ここの街灯も生きていて、駐車場を昼間のように明るく照らしている。
エンジンを切り、リビングスペースへ移動する。戦利品で少し手狭になった空間だけど、それが逆に秘密基地っぽくて落ち着く。
さて、今夜のディナーだ。
「よし。今日はこれにしようか」
「基地跡で回収したやつ」
「そ!」
私が棚から取り出したのは、自衛隊基地の冷凍庫から救出した『携行型食糧Ⅲ型 Type-A』。
海鮮料理系パックだ。
「今回は……これだ!」
「まぐろ丼」
「ん。最高」
パッケージには、美味しそうな赤身の写真(イメージ図)が載っている。
まぐろは大好物だ。ルナも目を輝かせている。
早速調理開始といっても、手間はいらない。
パックの中には、フリーズドライのご飯と、真空パックされたタレ漬けの切り身が入っている。
ご飯にお湯を注いで戻し、その上に切り身を乗せるだけ。この切り身が凄い。特殊な冷凍技術とタレのコーティングで、解凍しても生のような食感が蘇るらしいのだ。
「いい匂い……」
「ん。醤油と出汁の香り」
テーブルに二人分の丼を置く。基地での大量回収のせいでテーブル周りが少し窮屈だけど、二人で食べるならこの距離感も悪くない。
急須にお茶っ葉を入れ、熱いお湯を注ぐ。湯気とともに、緑茶の香ばしい匂いが漂った。
「じゃあ、食べよっか」
「ん」
私たちは手を合わせる。
「いただきます」
箸で切り身とご飯を一緒に掴み、口へと運ぶ。
……!
「美味しい!」
「ん……! これ、本当に保存食?」
「すごいね、ちゃんと食感がある。タレも染みてるし」
口の中でとろける旨味。
ブロックのレーションとは次元が違う、本物の「食事」だ。温かいお茶を啜ると、冷えた体に染み渡る。
「本州一発目の食事がまぐろ丼なんて、贅沢だね」
「ん。幸先がいい」
誰もいないコンビニの駐車場。
外は冬の海風が吹いているけれど、ここには温かいご飯と、向かい合って笑い合える相手がいる。私たちは幸せを噛み締めるように、丼を空にしていった。
(続く)




