Route:037『北と青の境界線』
「これは……」
「ん。橋だね。……すごく大きい」
雪原を抜け、代わり映えのない国道を走行していた私たちは、突如現れた巨大な構造物に圧倒されていた。
視界の先、灰色の海に向かって、白い巨塔のような橋脚が延々と続いている。
先の方は霞んでいて見えないけれど、対岸が見えないほどの距離があることは確かだ。
「ん……潮の匂い」
ルナが窓を少し開けて、鼻をひくつかせた。
冷たい風に乗って、独特の磯の香りが車内に入ってくる。
「ってことは、この下に見える水は海?」
「たぶん」
海。
今までは山や平原、あるいは湖ばかりだったから、なんだか新鮮だ。世界が終わった後の海を見るのは、これが初めてかもしれない。
波の音は静かで、ただ鉛色の水面がどこまでも広がっている。
「ずっと道路は続いているように見えるけど……」
対向4車線の立派なハイウェイだ。
この先に陸地が見えないということは、これは島と島を繋ぐ橋なのだろうか?
「あ、見て。あそこの看板」
「ん」
橋の入り口ゲートの手前に、巨大な青看板が立っていた。
風雪に晒されてボロボロだけど、特殊塗料なのか、文字の部分だけは辛うじて判読できそうだ。
「掠れ切ってるけど……読めそう」
「ん。……『北青連絡大橋』?」
「あれ、聞いたことあるね、その名前」
「ん、同じく」
北青連絡大橋。
歴史の教科書か、ニュースで見たような記憶がある。
だいぶ有名な、国家プロジェクト級の橋だったような……あ。
そこで私は、漢字の意味に気づいた。
「北と、青?」
「……あ」
ルナも同時に気づいたようだ。記憶が鮮明に蘇る。
北青連絡大橋――別称『ノース・ブルー・ブリッジ』。
北海道と青森を繋ぐ、津軽海峡上の全長20キロを超える超巨大吊り橋だ。かつては青函トンネルしかなかった場所に、最新の架橋技術で作られた夢の懸け橋。
それはつまり……。
「不思議。ここの地図データ、バグってない」
「え?」
「ん。見て」
ルナがタブレットをこちらに向ける。
今まで「■■県」とか「文字化け」していたエリア名が、ここではっきりと表示されていた。
――現在地:北海道側起点
――接続:北青連絡大橋
看板の文字と完全に一致した。間違いない。
「私たち、北海道に居たんだね」
「うん。そうだね」
まさか北海道とは。
でもよくよく考えれば、あの広大な砂漠や深い森、そして早い冬の訪れにも納得がいく。私たちは知らず知らずのうちに、北の大地を一周していたのかもしれない。
「……ねえ、思ったんだけど」
「なに?」
「実は私たちは魔法か何かで、どこか別の世界に飛ばされたってだけで、本当の世界は別に存在しているのかも」
「ファンタジー読みすぎ」
「いや、そこまで読んでいた訳ではないんだけどね」
広大な海と、現実離れした巨大な橋を前にして、ふとそんな妄想が頭をよぎった。
私たちが暮らしていた科学の世界とは、別の方向へ進化した世界。魔法で誰もいなくなった世界。
「でも、科学でも『転移』は理論上可能って言われてたし。エネルギーや質量の保存則が難しいだけで、不可能ではないって」
「だねぇ。宇宙への進出も進んでいたもんね。結局、ワープ技術までは確立されなかったけど」
「ん」
まあ、そんなことを今考えても意味がない。
ここが異世界だろうが、未来の地球だろうが、やることは一つだ。
「この橋、最後まで繋がっていると思う?」
「どうだろ」
ルナが双眼鏡を取り出して覗き込む。
「……霧が出てる。中間地点から先が見えない」
「さっきまでは無かったのにね」
海峡の天気は変わりやすい。
白い霧が、橋の行く手を隠すように立ち込めている。まるで、ここから先は別のステージだと言わんばかりに。
「行ってみれば分かる」
「まあそうだね」
途中で落ちていたら、引き返せばいいだけだ。
それに、もし繋がっていれば……。
「繋がっていたら、本土(本州)に行けそうだね」
「ん。どの道、人は居ないと思うけど」
「それはそうだね」
世界から人が消えたのなら、東京に行こうが大阪に行こうが、結果は同じだろう。それでも、「新しい土地」に行けるというのはワクワクする。
「じゃあ、行ってみよー」
「ん」
私たちは『ポラリス』に乗り込んだ。
運転席の脇には、基地で拝借したエネルギーライフルを立てかけておく。念の為だ。
「ちゃんとライトを付けましょう、なんてね」
「ん、交通ルール大事」
誰もいない料金所(ETCゲート)を通過する。
バーは上がったままだ。
アクセルを踏み込むと、タイヤが継ぎ目を越える音がリズミカルに響き始めた。
左右は海。前方は霧。まるで空の上を走っているような浮遊感。
「逆方向の可能性もあるのかな」
「青森側から北海道側に行く可能性? ……でも、今までの寒さを考えると、やっぱり北から南だと思う」
「だよね。少しは暖かくなるといいなあ」
行ってからのお楽しみ。
私たちは期待と少しの不安を乗せて、北と青を繋ぐ長い橋へと走り出した。
霧の向こうに待つのが、希望か、それともただの続きか。
それを確かめるために――
(続く)




