Route:036『物理メディアと固定された思い出』
「……なんで、プリンターなんて旧時代の遺物があるの?」
寒空の下での撮影会を終え、温かい車内に戻った私たちは、リビングのテーブルで作業をしていた。
私が棚の奥から引っ張り出してきたのは、長方形の箱型機械。インクジェットプリンターだ。
「遺物って……失礼な。いやまあ、3Dプリンターとか、空中に投影するホログラムフォトが普及した時代から見れば、過去の遺物かもしれないけどさ」
私は愛おしそうにプラスチックの筐体を撫でた。
「これもこれで、味があっていいんだよ? インクの匂いとか、紙の質感とか」
「ん……まあ、ユキの趣味なら否定しない」
私は自分のスマホとプリンターを、USBケーブルで物理的に接続した。無線通信が当たり前のこの時代に、あえて有線。
「ん。しかもUSBケーブル……。無線で飛ばせばいいのに」
「分かってないなぁ、ルナは。この『繋いでる感』がいいんじゃん。データの転送を肌で感じるというか、有線の安心感というか」
「ん……それは、まあ分からなくもない」
エンジニア気質のルナも、有線接続の信頼性については理解があるらしい。
私は給紙トレイを開き、大切に保管していた「写真用紙」をセットした。表面がツルツルしていて、裏面が少しザラついている、懐かしいあの紙だ。
「そもそもね、最新の立体映像技術だって、元を辿ればこの『紙に印刷する』技術が進化したものなんだから。これがなかったら生まれてないよ。先人の知恵に敬礼」
「ん。未来人なわたしたちが、過去の技術で遊ぶのも一興」
当時の人々からすれば、私たちは未来人だ。
でも、やっていることは昭和や平成の人々と変わらない。
「よし、印刷開始」
私がスマホの画面をタップすると、プリンターが低い駆動音を立て始めた。
ウィーン、ガシャッ。ジーーー、ジーーー。
ヘッドが左右に動く独特の音が、静かな車内に響く。
「……遅い」
「この待ち時間がいいの!」
数分後。
排紙トレイに、一枚の光沢紙がゆっくりと吐き出された。
「おぉ……綺麗」
出来たての写真は、ほんのりとインクの匂いがした。
白銀に染まる廃墟をバックに、満面の笑みでピースする私。その隣で、少し頬を赤らめて控えめにポーズを取るルナ。
そして真ん中には、私たちが作った傑作『雪原の微笑み(相合傘付き)』が鎮座している。
「これ、写真立てに入れてテーブルの上に飾らない?」
「ん。ユキがしたいなら……でも、走行中に落ちない?」
「あー、確かに。悪路でガタガタ揺れるしね」
せっかく飾っても、床に落ちて割れてしまったら縁起が悪い。私は少し考えて、工具箱を取りに行った。
「まあ、そこは物理的に解決しよう」
「物理?」
私は何処かの雑貨屋で拝借した木製のフォトフレームに写真を入れ、リビングのテーブル中央に置いた。
そして、工具箱から小さな釘とハンマーを取り出す。
「……まさか」
「そのまさか」
写真立ての台座部分に釘をあてがい、ハンマーを振り下ろす。
トン、トン、トン。
軽快な音が響き、写真立てはテーブルにガッチリと固定された。
「これで、逆立ちしても落ちないでしょ」
「ん。……テーブルに穴が開いたけど」
「いいのいいの。どうせ私たちの車なんだから」
傷一つない綺麗な家具もいいけれど、こうやって手を加えて「生活の痕跡」が増えていくのが、家らしくていい。
「いいね」
「うん」
車内には何枚か、過去に撮った風景写真も飾ってあるけれど、それはあくまでインテリアの一部だった。
でも、この雪だるまの写真は違う。私たちがここにいて、笑い合った証拠だ。
無機質な車内の空気が、少しだけ色づいた気がする。
「……じゃあ、行こうか」
「うん」
私は窓の外を見た。
雪は小降りになり、薄日が差してきている。雪だるまは、いつか溶けて消えてしまうだろう。
でも、この写真の中では、ずっと溶けずに笑っている。
「バイバイ、雪だるまさん」
「ん。元気で」
私たちは運転席へと移動し、エンジンを始動させた。テーブルの上で揺れる写真立てに見守られながら、『ポラリス』は再び雪原へと車輪を進めた。
(続く)




