Route:003『星降る廃線と廃駅と』
「おー、星が綺麗だねー」
「ん……」
『ポラリス』の屋根の上。
停車中に屋根の一部を展開することで現れる、通称「屋根裏部屋」。テント素材とメッシュの窓で作られたその狭い空間で、私とルナは寝袋にくるまっていた。
日中ずっと降り続いていた雨はいつの間にか止み、夜空は洗われたように澄んでいる。小窓から見上げれば、満点の星空。そして、欠けた月が白く輝いていた。
本来なら下のベッドで寝るのが基本だけど、今夜はなんとなく、空に近い場所で眠りたい気分だったのだ。
私たちが今、車を停めているのは、昼間に通りかかった古い廃駅の近くだ。ここに来るまで結構な距離を走ったから、前の場所からは随分遠くに来た気がする。
昼間に見た駅舎は、木造のレトロな作りだった。
窓ガラスは割れ、待合室のベンチは腐り落ちていたけれど、そこには確かにかつて誰かがいた「生活の匂い」の残骸があった。
錆びついた線路は、背の高い雑草と絡まる蔦に飲み込まれ、ここが人間の場所ではなく植物の領土になったことを静かに主張している。
遠くに見えたビル群も、崩れて苔むしていたっけ。
「……町中ってさ、時々電気が生きてたりするよね」
私は寝袋から手を出して、窓の外を指さした。
闇に沈む廃駅の入り口に、一つだけ、自動販売機の明かりが灯っているのが見える。
「ん。不思議」
「ルナもそう思う?」
「ん」
「そっかそっか。あれ、どこから電気来てるんだろうね?」
昼間、あそこで飲み物を買おうとしたけれど、あいにく二人とも小銭なんて持っていなかった。電子マネーもサーバーダウンで使えないし、ただ明るいだけの鉄の箱だ。
「多分、ソーラーパネルとか、独立型の自動発電が稼働している……んだと思う」
「あー、なるほど」
確かに。すっかり忘れていたけれど、この時代には至る所に高効率のソーラーパネルが設置されていたんだった。
太陽さえあれば電気が生まれる。たとえ使う人間がいなくても、機械たちは律儀に光を食べて、夜を照らし続けているわけだ。
「……この車にもあるし」
「うん、あったね……」
私たちの『ポラリス』も、屋根にソーラーパネル、床下にサブバッテリー、そしてメインの核融合炉を持っている。電気に関しては、動く発電所みたいなものだ。
「電気が通ってるところと無いところの差は、やっぱりパネルが生き残ってるかどうかかな」
「ん……多分? 正直、配線までは分からない」
「まあそうだよね」
道路の信号機もそうだった。チカチカと頼りなく点滅しているものもあれば、完全に沈黙しているものもある。
まるで、街全体が巨大なイルミネーションの残骸みたいだ。
「これ、線路沿いにずっと進んでいったら何処に出るのかな」
「分からないけど……地形が変わってなければ、最終的には海に出るんじゃない?」
「海かぁ。それもいいね」
実は南極大陸まで続いている場所だったりして。
「南極とかに出たらどうしよっか」
「……流石にないと思うけど」
ルナが呆れたようにため息をつく。
「その時は引き返した方がいいかも」
「だよね。流石にキャンピングカーの暖房でも限度があるし。普通に凍死しちゃう」
南極というのは冗談のつもりではあったけど、でもあり得なくもない……気がする。それはともかく、最終的には海にぶつかるだろう。
「船とか、用意した方がいいのかな」
「……それ、いる?」
「いらないかも」
ふふ、と二人で小さく笑う。
だってこの『ポラリス』は、当時の最新鋭探査車両だ。
ボタン一つで車輪を格納し、フロートを展開する「水上モード」に切り替えられるし、なんなら完全密閉の「潜水モード」だってある。
まあ、しばらく使ってないから、パッキンが劣化していないか稼働テストは必要だろうけど。
「ん、データだけでは分からないこともある」
「まあ、それはその時でいっか」
「ん。どうせ当分は陸路」
その時はその時。車を捨てる選択肢はないし、私たちに船の操縦なんてできない。もし機能が壊れていたら? それもまた運命だ。なるようにしかならない。
「もしダメだったら……その時は、ルナと一緒にお墓の場所を決めようか」
「……」
隣で、衣擦れの音が止まった気配がした。
「縁起が悪いこと、言わないで」
「ごめんごめん。でも、最終的には、ね」
「そう、だけど」
どのみち……私達だって不死じゃない。いつか寿命が来るのか、事故にあうのか、病気になるのか。終わりは確実にやってくる。それが明日なのか、数十年後なのかの違いだけで。
「でも、まだまだ死ぬつもりはないよ。行ってない温泉もあるし」
「ん」
月明かりの下、ルナの強張っていた表情が少しだけ緩んだのが分かった。冗談のつもりだったけど、ちょっと急すぎたかな。
「今日はここで寝よっか」
「ん」
私が目を閉じようとすると、隣でもぞもぞと動く気配がした。
「……ルナ?」
「手、つないでいい?」
消え入りそうな、小さな声。
「……いいよ」
私が手を差し出すと、冷たくて小さな手が、私の指に絡んできた。ぎゅっと握り返す。じんわりと、お互いの体温が伝わってくる。
「ん。ありがと」
「おやすみ、ルナ」
私たちは手を繋いだまま、狭い屋根裏部屋でまどろみに落ちていく。世界には誰もいないけれど、この手の温度だけあれば、怖い夢は見ないで済みそうだ。




