Route:026『翌朝と世界を洗う豪雨』
翌朝。
目が覚めると、視界に黒いうさ耳が入ってきた。
私たちは昨夜、ワインの勢いもあって、バニーガールの衣装のままリビングのソファで眠ってしまったらしい。
「……背中痛い」
「ん……」
狭いソファで重なり合って寝ていたせいで、体はバキバキだ。
でも、腕の中にあるルナの体温が心地よくて、二度寝の誘惑に駆られる。ルナの白いうさ耳が、私の鼻先をくすぐった。
「相変わらずだったなぁ、ルナ」
普段は大人しいくせに、昨夜は積極的だった。
まだすやすやと眠っている白うさぎの髪を、愛おしさを込めて撫でる。
まあ、最初――告白しあった時は生まれたままの姿だったから、布面積が少ないとはいえ服を着ているだけマシ……かな?
ルナを起こした後、私たちはお互いの尻尾が絡まらないように苦労しながらバニー衣装を脱ぎ、洗濯籠へと放り込んだ。
いつものパーカーとスカートに着替えると、ようやく「冒険者」のスイッチが入る。
モーニングコーヒーを淹れ、リビングのテーブルに置く。
私はブラック。ルナはスティックシュガーを一本入れて、スプーンでくるくると回すのが日課だ。
「なんか、思ったより長くここに居ちゃったね」
「ん。水陸両用テストも終わったし、安心しちゃったのかも」
「だろうね。……あと、お酒も入ったし」
「ん。……それはノーカウント」
ルナがマグカップで口元を隠す。
川岸のキャンプポイントには、結局丸二日ほど滞在してしまった。
そろそろ旅を再開しよう。いつ海にぶつかっても大丈夫な準備は整ったけれど、地図を見る限り、当分はまだ陸路が続くはずだ。
「よし、そろそろ出発しよっか」
「ん!」
簡単な朝食を済ませた私たちは、運転席と助手席へと移動し、『ポラリス』のエンジンを始動させた。
出発して一時間ほど経った頃だろうか。
空が急激に暗くなり、黒い雲が頭上を覆ったかと思うと――
ババララララッ!!
まるで大量の小石を投げつけられたような音が響き、視界が真っ白になった。
雨だ。それもただの雨じゃない。バケツをひっくり返したような、いや、滝の中に突っ込んだような豪雨だ。
「うわっ、すごい雨!」
「警告。視界不良。路面状況、危険レベル」
「だよね!」
AIのアラートが出るまでもない。ワイパーを最速にしても、拭き取るそばから水がガラスを叩きつける。
道路が川のようになり、タイヤが水膜の上を滑る感覚が伝わってくる。
「これは無理。止まろう」
「ん。賛成」
私はハザードランプを点け、慎重に車を路肩の広いスペースへと寄せた。
停車してもなお、車体を叩く雨音は轟音となって響いている。
「……梅雨の時より酷いね」
「あの時の比じゃない。……これ、スコール?」
「ん。熱帯地方特有の突発的な豪雨。でも厳密にいえば、スコールは雨じゃなくて突風のことを指す用語らしいけど」
「へぇ……ルナ物知り」
外の木々は暴風に煽られ、折れんばかりにしなっている。もし外にいたら、数秒でずぶ濡れどころか息もできないレベルだ。
運が悪かったけれど、このキャンピングカーの中にいれば安全だ。
「これはしばらく止みそうにないなぁ」
「うん。通り雨ならすぐ抜けるけど……雨雲レーダー、真っ赤」
ルナがタブレットを見せてくる。どうやらこの雨雲は広範囲に渡って停滞しているらしい。
無理に進んで事故を起こすリスクを冒す必要はない。私たちは顔を見合わせた。
「……映画でも見る?」
「ん。見たい」
私たちは運転席から後ろのリビングスペースへ移動した。
窓のシェードを下ろして外の景色を遮断すると、そこは完全なプライベートシアターだ。プロジェクターを起動し、壁のスクリーンに昔の映画を投影する。
ついでに、キッチンの棚からポップコーンの素を取り出した。
「外は嵐、中は映画とポップコーン。……なんか贅沢だね」
「ん。最高の休日」
ポン、ポン、とポップコーンが弾ける音と、バターの香りが車内に広がる。
外では世界を洗うような豪雨が続いているけれど、ここには温かいコーヒーと、面白い映画と、大好きな恋人がいる。
旅の足止めも、こうして過ごせば悪くない。
私たちは肩を寄せ合い、古い映画のオープニングロールを見つめた。
(続く)




