Route:025『ふたりのうさぎ』
「……」
リビングの真ん中で、もじもじと顔を赤らめている一匹の白うさぎ――ルナ。
以前、あのドン・ペンギン(仮)で私が魔が差してカゴに入れた、バニーガールの衣装だ。まさか本当に着てくれるとは思わなかったけれど。
「かわいい、ルナ。世界一可愛いうさぎさんだね!」
「は、はずかしい……」
「ルナの黒髪には、白いバニーガールがすごく似合うよ」
「ん……」
外気温は一桁台まで下がっているけれど、車内は最新の空調システムによって常春の楽園だ。
だからこそ、こんな露出の多い格好でも寒くはない。
網タイツに包まれた脚のラインや、背中のラインが眩しい。
「痛い痛い」
私がまじまじと見ていると、白うさぎさんがポコポコと私の肩を叩いてきた。
「わたしだけはずるい。ユキも着る」
「え」
「不公平。そもそも2着あるから、元から着るつもりだったのでは?」
「……どうだろうね」
鋭い。
もしかしたら、黒い方もルナに着せて「白黒どっちもいいね!」と楽しむつもりだったかもしれないし、自分も着て並びたかったのかもしれない。
「問答無用」
「あ、ちょ……くすぐったいって!」
ルナがもう片方の衣装――黒をベースにしたオーソドックスなタイプ――を手に取り、私の服を強制的に脱がしにかかる。
普段はおとなしいのに、こういう時の行動力は凄い。
「着る! 着て!」
「わかった、わかったから!」
私は観念して、パーカーを脱ぎ捨てた。
光沢のあるレオタードに足を通し、網タイツを履く。
……うん、スースーする。
ちょっと恥ずかしいけれど、この世界には二人しかいないし、窓ガラスは全て電子シェードで遮断されている(中からは見えるけど、外からは真っ黒に見えるマジックミラー状態)。
誰に見られる心配もない。
最後にうさ耳カチューシャをつければ、黒うさぎの完成だ。
姿見の前に並んで立ってみれば、鏡の中には黒と白、対照的な二人のバニーガールが映っていた。
「……たまにはこういうのも、いいかもね」
「ん……少し恥ずかしいけど。ユキ、似合う」
「ありがとう。ルナも最高だよ」
お互いの姿を確認し合って、少しの間、奇妙な沈黙が流れる。さて、着たはいいけど、これからどうしようか。
「……せっかくだから、一杯飲む?」
「ん。賛成」
私はキッチンから、以前の探索で手に入れたヴィンテージワインと、グラスを二つ取り出した。
照明を少し落として、ムーディーな雰囲気に切り替える。
即席の『Bar Polaris』開店だ。
「いらっしゃいませ、お客様」
「ん。……おすすめは?」
「年代物の赤ワインとなっております」
バニーガール姿でワインを注ぐ。非日常感がすごい。
グラスを傾け、乾杯する。豊かな香りが鼻腔をくすぐった。
「ん……美味しい」
「でしょ? 何十年も眠ってたやつだからね」
ソファに並んで座り、私たちは肩を寄せ合う。衣装のうさぎの尻尾が、背もたれに当たって少し邪魔だけど、それもまた愛嬌だ。
「ねえ、ルナ」
「なに?」
「尻尾、触っていい?」
「……変態」
「減るもんじゃないし」
ルナが仕方なさそうに、でも少し期待するように背中を向けた。白くて丸いファーの尻尾を、指先でモフモフと撫でる。
「……んっ」
「あ、なんか可愛い声出た」
「うるさい……ユキのも触る」
「どうぞどうぞ」
今度はルナが、私の黒い尻尾をいじり始める。
くすぐったいような、こそばゆいような感覚。
お酒も入って、体温が少しずつ上がっていく。
窓の外は、凍えるような暗闇と廃墟。
でも、ここだけは別世界だ。
バニーガールのうさぎが二匹、グラスを片手にじゃれ合っている。
こんなふざけた終末世界も、悪くない。
「……ユキ」
「ん?」
「酔っ払ったかも」
「一杯だけで?」
「……ユキに、酔った」
ルナがとろんとした目で私を見上げて、胸元に頭を預けてくる。
これは、長い夜になりそうだ。私はグラスをテーブルに置き、可愛い白うさぎを抱きしめた。
(続く)




