Route:024『洗濯機と防衛機構』
無事に水中散歩を終えた私たちは、『ポラリス』を陸に戻し、今一度車全体の点検を行った。
水漏れなし、シールド発生器の過熱なし。
こういうのは念入りにチェックするに越したことはない。
確認が終わり、私たちは車内に戻って濡れた(蒸れた?)メイド服を脱ぎ捨てた。
備え付けの小型ドラム式洗濯機に、メイド服と、ついでに溜まっていたタオル類を放り込む。スイッチを押せば、ウィーンと静かな音で洗濯が始まった。
もちろん、電力は『ポラリス』から供給されている。
「……文明の利器だねぇ」
「ん。全自動万歳」
車内設備は基本的にどれも当時の最新型だ。
よくもまあ、ここまでの装備を一個人の趣味で詰め込んだものだと、我ながら感心する。当時の私は、世界が滅ぶことを予見していたのだろうか? さすがにそれはないない。
洗濯が終わるまでの間、私たちは順番にシャワーを浴びた。
さて、ここで問題になるのが排水だ。一定量は「グレータンク(排水タンク)」に溜め込めるけれど、限界がある。
近くにあった側溝を使わせてもらい、バルブを開放する。
ここで登場するのが、飲水用とは別の「排水専用浄水ユニット」だ。シャンプーや洗剤で汚れた水を、環境に影響がないレベルまで濾過して排出する。
誰も見ていないし、法律もない世界だけど、行く先々で水を汚して回るのは気分が悪いからね。
「ふう……さっぱりした」
「ん」
全ての片付けを終えた私たちは、リアベッドに向かい合うように横になった。久しぶりの本格的な点検作業で、心地よい疲労感が体を包んでいる。
到着した時はまだ明るかった空も、今はすっかり墨汁を流したような闇に覆われていた。
窓の外を見る。
今までの町とは違い、ここは川沿いの僻地だ。
遠くに微かな街灯が一つ光っているだけで、あとは完全な暗闇。
けれど、『ポラリス』の車外には四方にLEDライトが灯っており、周囲を明るく照らしている。
「……眩しくない?」
「ん? 防犯用」
「そう。閉店したお店が電気をつけておくのと同じ理屈」
光があるところには、人は近づきにくい。野生動物なら尚更だ。
それに――もし敵意ある「何か」が近づいてきたとしても、この車なら大丈夫。
(防衛システム、スタンバイOK……と)
私は枕元のモニターを横目で確認した。
『ポラリス』の四隅には、高感度の動体センサーと、格納式の迎撃タレットが内蔵されている。
通常は「威嚇モード」。光と音で追い払う。それでも近づく輩には「非殺傷モード」。ゴム弾や電流で気絶させる。
そして、それでも止まらない明確な脅威に対しては――「排除モード」に自動で切り替わる。
熊だろうが、武装した暴徒だろうが、この車に傷をつける前に蜂の巣だ。そんな物騒な機能、使う機会がないことを祈るけれど。
この絶対的な防御力があるからこそ、私たちはこの闇の中でも安眠できる。
「ユキ、まだ起きてる?」
「起きてるよー」
新しいパジャマの襟元を直しながら、ルナがぼんやりとこちらを見ている。
私たち以外誰もいない世界。外には獣がいるかもしれない闇。けれど、この布団の中だけは安全で、暖かい。
「疲れたけど……眠くない」
「同感。脳が興奮してるのかも」
色っぽいことをする体力は残っていないけれど、すぐに意識を手放すのも惜しい。私たちは手を繋ぎ、とりとめのない話をぽつりぽつりと交わした。
水中の景色のこと。
明日の朝ごはんのこと。
次に目指す場所のこと。
そんな穏やかな会話は、いつしか寝息へと変わり、森の中の要塞は静かな眠りについたのだった。
(続く)




