Route:023『光の繭、静寂の水中散歩』
「休憩おわり。……テスト再開」
川辺でお茶とお菓子を楽しみ、英気を養った私たちは、再びタブレットの前に戻ってきた。川面には、相変わらず『ポラリス』がエアクッションの力でプカプカと浮いている。
「次は水中モード。ここからが本番だね」
「ん。これが成功すれば、海も渡れる」
ルナの表情が引き締まる。
――潜水艦機能。
ただのキャンピングカーに求めるには過剰すぎる機能だが、世界が終わった今となっては、これこそが希望の鍵だ。
「システム、潜行モードへ移行。……シールド展開」
ルナがコマンドを入力すると、『ポラリス』の周囲の空気が揺らいだ。
車体の四隅にある発生機から、青白い光の粒子が放出され、瞬く間に車体全体を卵の殻のように包み込んでいく。
「おぉ……きれい」
「『対水圧・偏向エネルギーシールド』。物理的な装甲だけじゃなくて、このエネルギーの膜で水圧と浸水を完全に遮断する」
「なるほどね。これなら窓ガラスが割れる心配もないし、ドアの隙間から水が入ることもないわけだ」
SF映画で宇宙船がバリアを張るのと同じ原理だ。
物理的に変形して密閉するよりも、こちらのほうが遥かに安全で、構造的にもスマートだ。当時の技術者たち、本当にいい仕事をしている。
「バラストタンク注水。……潜行開始」
ブクブク、と泡を吐き出しながら、光の膜に包まれた『ポラリス』がゆっくりと水面下へと沈んでいく。
ルナのタブレットには、車載カメラからの映像が送られてきている。緑色の濁った水の中、川底の石や水草が映し出された。
浸水アラートは鳴らない。内圧も正常だ。
「……深度5メートル。着底」
「どう? 漏れてない?」
「ん。シールド出力安定。艦内気圧正常。完璧」
水底に鎮座する我が家。
シュールな光景だが、頼もしいことこの上ない。
「推進テスト。ハイドロジェット起動」
ホバー用に使っていたスラスターがモードチェンジし、今度は水を吸い込んで後方へ噴射する水流ジェットへと切り替わった。
音もなく、ポラリスが水中を滑るように移動する。
スクリューじゃないから、水草を巻き込む心配も少ない。
「よし……浮上させる」
排水が行われ、再び水面に『ポラリス』が顔を出した。
シールドが解除されると、車体は濡れてすらいなかった。水滴一つ残さず、エネルギー膜が弾いてくれたのだ。
「すごい……大成功じゃん!」
「ん。これならいける」
私たちは顔を見合わせて頷いた。
無人テストは完璧だ。なら、次は――。
「乗ってみる?」
「……ん。乗る」
ゴムボート(これは備え付けのがあった)で『ポラリス』まで移動し、私たちは乗り込んだ。
中に入ればいつものリビングだ。
けれど、これから外は水の世界になる。
「準備はいい?」
「ん。いつでも」
運転席に私が座り、助手席でルナがシステムを制御する。
再びシールドが展開され、窓の外が青白く輝いた。
「潜行」
視界が水面の下へと沈んでいく。
フロントガラスの向こう側を、水泡が立ち上っていく。
本来なら恐怖を感じるはずの光景なのに、不思議と怖くはない。
光の膜一枚隔てた向こうにある「死の世界(水中)」と、こちらの「生の世界(車内)」の対比が、ゾクゾクするほど美しかったからだ。
「……わぁ」
完全に沈みきると、そこは静寂の世界だった。
エンジン音も、風の音もしない。
差し込む太陽の光が、水中でカーテンのように揺らめいている。小魚の群れが、物珍しそうに光る車体に近づいてきては、シールドに触れて逃げていく。
「見てルナ、魚がいるよ」
「ん……可愛い」
「水の中って、こんなに静かなんだね」
まるで、世界の時間を止めた場所に、私たちだけが迷い込んだみたいだ。窓の外は冷たい水底。でも、中はエアコンが効いていて快適で、隣には大好きな人がいる。
「これなら、海も渡れるね」
「ん。世界の果てまで行ける」
水中で揺れる光に照らされたルナの横顔は、人魚姫よりも綺麗に見えた。
私たちはしばらくの間、言葉もなく、ただ揺らめく水底の景色に見入っていた。
(続く)




