Route:021『秋色の風、終わりの予感』
遊園地での一夜から、季節は静かに、けれど確実に巡っていった。
車窓を流れる木々の色は、鮮やかな緑から、少しずつ黄色や赤へと染まり始めている。
「……早いね、季節が過ぎるの」
「ん」
私がハンドルを握りながら呟くと、助手席のルナがホットココアを啜りながら頷いた。
スマホのカレンダーは9月の半ばを指している。正確な日付かどうかは神のみぞ知るけれど、少なくともあの夜から3ヶ月近くが経過したことは確かだ。
毎日、規則正しく太陽が昇り、沈んでいくのだから。
「朝と夜、それから昼間の温度差が大きくなってきたよね」
「だね。でも、それが秋というもの。……まあ、これが本当に秋なのかは分からないけど」
ルナと恋人同士になったからといって、劇的に生活が変わったわけではない。
相変わらずキャンピングカー『ポラリス』で廃墟を巡り、物資を探し、絶景ポイントで車を停める。
変わったことといえば――
「ユキ、口にチョコついてる」
「え、どこ?」
「ん……取れた」
ルナが身を乗り出し、私の唇を自分の唇でついばむように触れたことくらいか。毎日の「おはよう」と「おやすみ」のキス。
それに、少し余裕がある夜には、身体を重ねて温め合う時間が増えたこと。
……まあ、詳細は伏せるけれど。
互いの距離がゼロになっても、やるべきことは変わらない。ただ、旅の色彩がより鮮やかになっただけだ。
「まあ、明らかに気温は下がったよね」
「ん。外気温、18度」
ルナがモニターを見て言う。
やはり、あの少し前の季節は夏で間違いなかったのだろう。そして今、世界は秋(仮)を迎えている。
ただ、かつて言われていたような「残暑」は皆無だ。
今年の夏も、最高気温はせいぜい26度止まりだった。夜になれば10度台まで下がることも珍しくなかったし、今はもう上着がないと肌寒い。
「過ごしやすいからいいけど」
「うん。でも、このペースで下がると……」
「冬になったら、結構寒くなりそうだよね」
「そうかも。氷河期みたいになる可能性もある」
「うわあ、あり得そう」
温暖化だなんだと騒がれていた時代が懐かしい。
人類という熱源が消えた地球は、むしろ寒冷化に向かっているのかもしれない。
『ポラリス』の暖房設備と断熱材は優秀だけれど、燃料の残量管理には気をつけないといけないな。
「地球の気候が戻ったら、またヒトとかも出てくるのかな」
枯れ葉が舞う道路を見つめながら、ふと疑問を口にする。
「どうだろ」
「また縄文時代みたいなところからやり直して、進化して、文明を築いて……人間って、また同じことを繰り返すのかな」
「ん……歴史は繰り返す、って言うし」
私たちが取り残された理由は分からない。新人類の祖先になれるわけでもない。
ただ、前の時代の「失敗」の記憶として、ここに置かれているだけなのかもしれない。
「見届けることも出来ないだろうしね」
「うん」
私たちの寿命がいつ尽きるかは分からない。病気かもしれないし、事故かもしれない。あるいは老衰まで生きるかもしれない。
でも、もしその時が来たら――ルナと一緒がいいなと思う。
「ルナは、この旅のゴールってどこだと思う?」
「……分からない」
ルナがココアのマグカップを両手で包み込む。
「でも、いずれは陸がなくなる」
「そうだよね」
日本は島国だ。どんなに広くても、走り続ければいつかは海にぶつかる。道路は途切れ、その先には青い絶望が広がっているはずだ。
「そうなったら、どうしよっか」
「……」
「大丈夫大丈夫。前みたいに『お墓を決めよう』なんて言わないから」
「……ん。分かってる」
ルナが少し安心したように息を吐く。海に行き当たったら、そこで終わり?
……いやいや、そんなのつまらない。
「そろそろ、水上モードと水中モードのチェックをする時が来たかもね」
「ん。ずっと使ってない機能」
「でしょ? 海に出る前に、どこかでテストしておかないと」
いきなり荒波の日本海に突っ込んで「故障してました」では笑えない。沈没即終了のサバイバルだ。
「次の休憩ポイントが見つかったら、そこで確認してみようか。近くに大きめの池か川があればいいんだけど」
「ん。探しておく」
ルナが頼もしくタブレットを操作し始めた。
――旅はまだ終わらない。
陸が終わるなら、海へ行けばいい。空へ行けばいい。二人なら、どこへだって行ける気がした。
(続く)




