Route:020『星と花火、天上の✕✕』
メリーゴーランド、ティーカップ、そしてジェットコースターのレール下を散歩して、私たちはついに遊園地の最奥部へと辿り着いた。
目の前にそびえ立つのは、この楽園の王様。大観覧車だ。
「……近くで見ると、余計に迫力があるね」
「うん。これ、国内でも最大級のサイズかも」
首が90度曲がりそうな勢いで見上げるけれど、てっぺんは夜闇に溶けていてよく見えない。ただ、巨大な鉄骨の骨組みが、ゆっくりと、厳かに回転しているのだけは分かる。
ゴンドラの窓から漏れる光が、まるで星の巡りのようだ。
「乗ってみたい気はあるんだけど……」
「ん。安全性は未知数。でも、耐久データを見る限り、構造的な欠陥は見当たらない」
ルナがタブレットをかざして、構造スキャンを行っている。
私も、支柱の根元にある駆動部をチェックした。モーターの異音なし。錆の進行も表面だけ。
「んー、かなり丈夫に作られてるね。まあ、人を乗せるものだし、安全率は高めに設計されてるはず」
「経年劣化はあるけど、今すぐに崩壊するような数値じゃない。……多分、大丈夫」
ざっくりとした診断だけど、これ以上の精密検査は不可能だ。ゴンドラは全部で60基以上ある。一つ一つ見て回っていたら夜が明けてしまう。
「女は度胸……乗ってみようか」
「ユキが言うなら……でも、リスクはある」
「そうだけど、せっかく来たんだし。世界で一番高い場所からの景色、ルナと一緒に見たいな」
「……」
ルナが少しだけ目を伏せて、それから上目遣いで私を見た。
「ん……それ、ずるい」
「ふふ。ルナこそ、さっきコーヒーカップでずるいこと言ったでしょ」
私たちは顔を見合わせて笑った。
リスクはある。でも、それ以上のロマンがある。
「一応、念の為あれを装備していこうか」
「うん。賛成」
私はリュックから、二つのポーチを取り出した。
当時の技術の結晶、『緊急脱出用超小型パラシュート』だ。
見た目はただのウエストポーチだけど、展開すれば高度50メートルからでも安全に着地できる優れもの。
こういうのを準備しているあたり、我ながら自分の慎重さ(と遊び心)を褒めてあげたい。
「よし、装着完了。じゃあ、行こうか」
「ん!」
お互いのハーネスをチェックした後、私たちはゆっくりと流れてきた赤いゴンドラの扉を開けた。
ガタン、という軽い衝撃と共に、ゴンドラが地面を離れる。密閉された小さな箱が、ふわりと宙に浮いた。
向かい合って座るのがセオリーだけど、ルナは当然のように私の隣に座った。肩と肩が触れ合う距離。狭い空間に、二人だけの体温が満ちていく。
「きれい……」
「うん、そうだね」
高度が上がるにつれて、眼下の景色が一変する。
森の中に埋もれていた遊園地の全貌が見えてきた。メリーゴーランドの暖色、ゲートのイルミネーション、野生化した植物の深い緑。それらが混ざり合って、まるで宝石箱をひっくり返したようだ。
ゴンドラは静かに昇り続ける。地上の音が遠ざかり、風の音だけが聞こえる世界。
やがて、私たちは――頂点の高さに到達した。
その瞬間だった。
――ヒュルルルル……ドンッ!
突然、目の前の夜空が弾けた。赤、青、黄色。大輪の花火が、私たちの目の高さで炸裂したのだ。
「えっ……!?」
「花火……!」
続けて二発、三発と、光のシャワーがゴンドラを包み込む。ガラス越しに見る花火は、手を伸ばせば届きそうなほど近い。
「これは、とんだサプライズだな……」
「ん! きれい」
ルナが子供みたいに目を輝かせている。
どういう仕組みなのか。いや、仕組み自体は想像がつく。問題は、なぜ今打ち上がったのかだ。
「多分、ゴンドラの重量センサーか、熱源探知機が反応したのかも」
「あー! なるほど」
遊園地には誰もいない。
だから、システムはずっとスリープモードだった。
けれど今、久しぶりに「人間」という客が訪れたことを感知して、歓迎のプログラムを実行したのだ。
数十年、あるいはもっと長い間、誰にも見られることなく眠っていた花火たちが、たった二人の観客のために咲き誇る。
「ふふ。機械たちからの祝福だね」
「うん……」
最後の大きな黄金色の花火が消えて、夜空に静寂が戻る。
残像が目に焼き付いている。
私たちは自然と見つめ合った。逆光に照らされたルナの頬は、花火よりも赤く染まっていて、瞳は潤んでいる。
その目が、期待に揺れているのが分かった。
「……ん」
「ん」
言葉はいらない。
私たちはゆっくりと顔を寄せ合い、頂上の空中で唇を重ねた。
甘くて、長くて、深いキス。誰もいない世界の、一番高い場所で。
この瞬間だけは、星空も、終わった世界も、全てが私たち二人だけのものだった。
(続く)




