Route:019『楽園の残響、回る珈琲カップ』
「おー!」
「ん。広い」
森の中から頭を出していた観覧車を目印に、私たちは旧道を進んだ。
錆びついたフェンスに沿って走ると、やがて広大な駐車場と、立派なメインゲートが現れた。
ゲートのアーチには、無数の電飾がちかちかと点滅している。
一部の電球が切れていたり、プラスチックのカバーが割れて剥き出しになっていたりするけれど、その輝きはここが「遊園地」だったことを必死に主張していた。
看板の文字は蔦に覆われていて読めないけれど、まあ、名前なんてどうでもいい。
「思ったより埋もれてないね」
「ん。意外と綺麗。駐車場のアスファルトも生きてる」
私たちはゲートに最も近い、身体障害者用スペースのさらに横のゼブラゾーンに『ポラリス』を停めた。
普通なら警備員が飛んできそうな停め方だけど、私たちを咎めるホイッスルの音は聞こえない。
「……まるで営業中だね」
「ん。この前の駅よりも賑やか」
車を降りると、そこは音に満ちていた。
スピーカーからは、少しノイズ混じりの軽快なマーチが流れている。
ゲートの横では、ホログラムのマスコットキャラクター――シルクハットを被った猫のような生き物――が、誰もいない空間に向かって手を振り、お辞儀を繰り返していた。
「いらっしゃいませ! 夢と魔法の王国へようこそ!」
合成音声が虚しく響く。
「誰もいないねえ」
「ん」
チケット売り場の窓口には「営業中」のランプが灯っているけれど、中にスタッフの姿はない。
私たちはフリーパス(無料)で、回転式のゲートを抜けた。バーを押し込むと、カラカラと乾いた音がして、私たちは園内へと足を踏み入れた。
「自然遊園地、って感じ?」
「言い得て妙だね」
園内は、不思議な光景だった。
整備されていたはずの遊歩道は、敷石の隙間から雑草が伸び放題で、まるで草原のようになっている。
花壇の花は野生化して道まで溢れ出し、ベンチは蔦に覆われて緑のソファになっていた。
「あれって、高いところから落ちるやつだよね」
私が指差したのは、空に向かってそびえ立つ垂直の塔。ドロップタワーだ。
「……あれ、苦手」
「意外だなぁ。ルナなら顔色一つ変えずに乗りそうなのに」
「そんなことない。内臓が浮く感じ、気持ち悪い」
「あはは、確かにね。あの『ヒュンッ』ってなる浮遊感は、独特だもんね」
見上げてみるけれど、ゴンドラは一番上で止まったままだ。ライトも消えている。どうやらあれは動いていないらしい。
ルナがほっとしたように胸を撫で下ろした。
「……あ! 見て、これコーヒーカップだよ!」
「ん」
少し歩くと、巨大なティーポットを中心にしたアトラクションが見えた。色とりどりのカップが、音楽に合わせて優雅に回転している。
こっちは生きているみたいだ。
「これなら怖くないでしょ? 乗ってみようよ!」
「ん……ユキがそう言うなら」
「じゃあ決まり!」
私たちは柵を乗り越え(入口まで回るのが面倒だった)、ピンク色のカップに二人で乗り込んだ。
座席に座ると、ガクンと一度揺れて、重量センサーが反応した。
ブザーが鳴り、ゆっくりと床が回り始める。
「おー、回る回る」
真ん中のハンドルを回せば回転速度を上げられるけれど、今は自動回転に身を任せることにした。
景色がゆっくりと流れていく。
キラキラした電飾と、野生化した植物の影が混ざり合って、幻想的なマーブル模様を描いている。
「こういうのもいいねえ」
「ん。ユキと一緒、楽しい」
「ふふ。私もだよ」
遠心力に逆らわず、自然と肩が触れ合う。
どちらからともなく体を寄せて、私たちはくっついた。ちょっと照れくさいけれど、私たちはもう恋人同士なわけだし。これくらいの密着は役得だ。
ふと空を見上げる。
遊園地の照明が明るいせいで、森の中で見た時より星の数は少ない。それでも、人工の光と天然の星明かりが混ざり合う夜空は、宝石箱みたいに綺麗だった。
「数は少ないけど、星も綺麗だね」
「ん。……ユキのほうが綺麗」
「ぶっ!?」
不意打ちの言葉に、変な声が出た。
隣を見れば、ルナが真剣な瞳で私を見つめている。
「な、なんかルナ、付き合ってからかなり積極的になってない?」
「ん……こういうのは嫌?」
「……いや、全然。むしろ嬉しいけど」
「ん。ならいい」
ルナが私の腕に頬をすり寄せる。
甘える猫みたいだ。
こんな一面があったなんて、付き合ってみないと分からなかったな。
誰もいない遊園地、回るコーヒーカップ。
世界で一番贅沢なデートスポットで、私たちは夜が更けるまで、甘い回転に身を委ねていた。
(続く)




