Route:018『森に沈む観覧車と赤信号』
「あれは……」
幽霊列車の走る駅を後にして、国道をしばらく走っていた時のこと。
フロントガラス越しの遠景に、巨大な円形のオブジェクトが見えた。
「ん?」
「観覧車、だよねアレ」
「どれ……ん。そうだね、観覧車」
ルナが目を細めて同意する。
目立つ大きさの大観覧車だ。ただ、その立地が凄まじい。
かつては埋立地の公園か何かだったのだろうか。今は完全に深い森に飲み込まれていて、緑の海から錆びついた鉄骨の上半分だけが突き出しているように見える。
そして、目を凝らしてみれば――
「……動いてる?」
「ん。すごくゆっくりだけど、回ってる気がする」
亡霊のように回転する、巨大な鉄の輪。あんな場所まで行けるのだろうか。
「ん。道はある」
私の意図を察したのか、ルナが手元のタブレットで地図を拡大した。
「この先の信号を左折して、旧道に入れば行けるはず」
「ふむふむ。よし、行ってみよう」
「ん」
遊園地だろうか? それとも単に観覧車だけがある公園だろうか? ここからでは判断できないけれど、動いているなら近くで見てみたい。
急ぐ旅でもないし、こういう寄り道こそが旅の醍醐味だ。
もし遊園地なら、ちょっとルナと一緒に回ってみたいし……いわゆる「遊園地デート」というやつができるかもしれない。
まあ、安全性が保証できないアトラクションに乗る勇気はないけれど。
「ここ?」
「うん。ここを左折」
「りょーかい!」
ウィンカーを出さなくても、対向車も後続車もいない。けれど私はいつもの癖でレバーを弾き、カチカチという音と共にハンドルを切った。
左折してしばらくは、廃墟となった住宅街が続いた。
庭木が伸び放題になって屋根を覆っている家、壁が崩れ落ちて家具が丸見えになっているアパート。
全体的に見れば「死んだ街」だ。
けれど、所々の家の軒先でソーラーライトが点灯していたり、街灯が薄暗い道を照らしていたりと、生活の灯火(残り火)のようなものが感じられる。
「あ」
「ん……」
次の交差点に差し掛かろうとした時、頭上の信号機が無慈悲にも青から黄色へ、そして赤へと変わった。
日常的に染みついた条件反射は、理性よりも早い。
私は反射的にブレーキを踏み、薄れて消えかけた停止線の手前で『ポラリス』を停車させた。
「……なんか、これ虚しいねぇ」
ハンドルを握ったまま、私は苦笑する。
「ん。機械は生きてるから」
「まあそうだね。電力が生きていれば、プログラム通りに赤にするよね」
「うん」
目の前を横切る車なんて一台もない。歩行者もいない。猫一匹通らない。
ただ信号機だけが、誰もいない交差点の交通整理を厳格に続けている。本来なら無視して突っ切っても、AIがアラームを鳴らすだけで誰にも怒られないのに。
「……でも、いいと思う」
ルナがぽつりと呟いた。
「なにが?」
「ユキがルールを守るところ。人間らしくて、いい」
「そっか。……ありがとう」
赤信号が変わるまでの数分間。
私たちはただ静かに、誰も通らない交差点を眺めていた。この無意味な待ち時間さえも、二人なら悪くないと思える。
「よし、青になった。進もうか」
信号が青に変わり、私はアクセルを踏んだ。
再び動き出した景色は、相変わらずの廃墟だ。自然に侵食された建物、アスファルトを突き破る雑草、傾いた標識。
見慣れた崩壊の景色だけれど、不思議と飽きることはない。
「あそこの看板、面白い形してる」とか「あの屋根の上の植物、花が咲いてる」とか、細かい違いを探すのが私の密かな楽しみだからだ。
そうこうしているうちに、森の向こうに観覧車のシルエットが大きく迫ってきた。
近くで見ると、その巨大さに圧倒される。
赤と白のゴンドラが、ギィ……ギィ……と低い悲鳴のような音を立てながら、ゆっくりと空を回っていた。
やはり、機械は生きている。
その動力が尽きるまで、誰もいない空を回り続けるつもりらしい。
「ちょっと楽しみだね」
「ん。貸し切り遊園地」
私たちは期待を胸に、観覧車へと続く最後の坂道を登り始めた。
(続く)




